第3話 ヤマネコ村

ヤマネコ村へと向かう馬車……唐突な神獣の登場に一向は未だ混乱している。

 唯一、エルフであるクロトがヤマネコと意思疎通が可能のようで……時より話しかけている様子だが、問題のヤマネコはというと―――


『ゴロロロロ』


気持ちよさそうな鳴き声を上げ、タクミのお腹の上に乗っている。

 以外と軽いのかタクミは苦しい様子もなく熱も引いて静かに眠っていた。


「ダメですね…どうして現れたのかについては教えてくれそうにないです」

「そう……ってクロト、確認だけど……」


ミーシャはタクミのお腹に乗っているヤマネコを心配そうに見つめクロトに尋ねる。


「ホントにこれが神獣なの……?」

「はい、間違いないですよ…私も初めてみましたが、可愛らしい姿ですね」


困惑する二人を他所にスズメはタクミの頭に手を当てて頻繫に熱を確かめる。

 確かめ終わると、落ち着かない様子で刀をいじってまた熱を確認する。

 不器用ながらもかなり心配していることが分かる行動に二人はそっとスズメに近づいた。


「ヤマネコのおかげかはよく分からないけど……容態は安定しているから」

「そんなに心配なら手を握っていてあげたらどうですか?」

「……なんの意味があるの?」

「意味はないよ。ただそうした方がいいかなって思う」

「……」


スズメは刀を手放しタクミの手をそっと両手で包む。

 彼女のごつごつとした手がタクミの傷だらけの手に当たる。

 心の中に何故か同じものを感じたスズメは祈るように彼の手を握りしめ離さなかった。


『にゃーーん』


そんな彼女にヤマネコは前足をちょこんと上に乗せゴロゴロと鳴き声を上げる。


「デブ猫……」


ヤマネコの行動が頭にきたのか、スズメは噛みつく勢いの鋭い視線を送る。

 そんなことも気にせずヤマネコはポンポンとスズメの頭を叩き煽っている……その様子にクロトは苦笑いしつつスズメにたずねる。


「刀姫はあまり驚いていない様子でしたが……面識があるのですか?」

「まあ、……今は叩き切らなくて良かったと思ってる」


スズメの言葉にクロトは青ざめながら笑うしかなかった。

 ヤマネコとの初対面はスズメが刀姫の称号を授与し、それと同時に土地を与えられることとなった。

 ヤマネコが生息している森は貴重な薬草が取れることから、各方面から土地の権利を主張されていたが…刀姫に授与することで、それらをかいくぐり、税として薬草を収める。上記が王国の狙いであった。

 スズメはそんな都合のいい駒としてこの地に来たわけだが…森を抜けることが出来ない。


『……』


ルート通りに進んでも村にたどり着くことが出来ない…

異状な現象にスズメはすぐにヤマネコの存在を疑った。


『にゃー』


低い声とともに目の前に現れたまるまると太った猫。

 最初は無視して進もうとしたが、猫はスズメの後をついていき尻尾でぺちぺちと足を叩く。


『なに、私を村に入れる気はないの?』


スズメの言葉に猫はこくりと頷く。

 そして―――


「襲いかかってきたからしばらく遊んであげた」

「?!」「はぁ?!」


スズメの言葉にクロトとミーシャは驚きを隠せなかった。

 神獣と戦った?スズメがいくら強いとしても、あまりにも非現実的な話である。

 各個体ごとに戦闘能力は違うものの……最低でも人智を凌駕していることは間違いない。

 ヤマネコとしてはスズメを試すつもりだったのかもしれないが……それもまたスズメでないと敵わない話である。


「あなたと一緒に居てもうこういうのには慣れたと思っていたけど…」

「流石刀姫…そう片付けるにはあまりにも驚愕の事実ですね」


驚く二人をよそに馬車は順調に村に向かって進んだ。

 ヤマネコ村の付近に着くと、村人の一人が馬車に気付いて手を振った。


「刀姫様!おかえりなさい!」

「……」


スズメがそれに小さく手を振ると、村人は嬉しそうに大きく手を振った。

 村についてからもスズメはかなりの人気で、野菜や果物のおすそ分け合戦が始まった。


「スズメの領地にははじめて来たけど……以外と人望はあるのね」

「そうですね…これは意外です」


スズメはおすそ分けをもらいながら軽く会釈し、「ありがとう」と口にする。

その姿にクロトとミーシャは微笑ましいつつ、馬車に残っているタクミとヤマネコに視線を向ける。


「とりあえずスズメの家で今後の会議かな…」

「そうですね。刀姫がタクミ君を引き取るとなったのであれば、他人事ではないですから」

「……」

「ミーシャ?」


言葉を詰まらせたように頭を抱えるミーシャ。

 何故彼女がタクミに固執するのかはよく分からなかった。

 だが……移動中ずっとタクミの手を握りしめ彼を見つめていたスズメの姿は、刀を振るっている彼女よりも彼女らしさを感じた。


「私、分からないけど。いいんじゃあないかな」

「最初かなり反対してたのに……どういう風の吹き回しですか?」

「うーんん……分からない。説明するのが難しいけど。なんとなくスズメには適任じゃあないんかなって思えてきたの」

「そうですね…でも、私もミーシャと同じ意見です」


今までのスズメを見てきた二人だから言える言葉かもしれない。

 そう思いつつ、スズメに声をかけ屋敷へと移動した。


※※※


星空が広がる夜の村……明かりは少ないが、村で唯一の大きな屋敷に明かりが灯っている。

 その一室に眠っているタクミとヤマネコ……そして別室ではクロト、ミーシャ、スズメの三人が今後のことについて話し合っていた。


「とりあえずタクミの容態は落ち着いたから……これからのことを話しましょう」

「色々考えないといけないことが多いですからね」

「……意外。初手から反対してくると思ってたのに」


スズメの言葉に、ミーシャとクロトは顔を見合わせて思わず笑い声を出す。

 そして、ミーシャはスズメの頭を撫で質問した。


「じゃあスズメは反対したらタクミと離れるの?」

「離れない」

「じゃあそれが答えだよ。スズメは言い出すと聞かないし~」

「それに、ここまで移動してくる間に考えが変りました。でもしっかりタクミ君のことを考えてあげないとダメですよ」

「……うん。責任はとる」


それから順調に話し合いが始まり、まずタクミに家庭教師をつける案が出た。


「同じ年ごろの子供たちと話が合うぐらいにはなりたいよね」

「そうですね…体調面も含め、いきなり学校は厳しいと思います。それにミーシャは当てがありますよね?」

「うん、中央大陸で学者をしていた人が今手が空いているから…依頼すれば大丈夫だと思いう」

「……」

「あとは……正式にスズメの家族として受け入れるための書類の手配」

「屋敷に使用人を雇って刀姫の負担を減らすのもいいですね」

「確かに……スズメ料理できないし…掃除も……うーん、村の人なら心よく受けてくれそうだしいいかもね」


と……スズメは話をついていけず二人の話を聞くばかりだった。

 そのうち俯き、悔しそうに拳を握りしめる。

 自分が出来ることが少ない…それは分かっていた。

 それでもスズメは自分の無力さに今までない感情を抱えていた。


「スズメ」

「刀姫」


その様子をみて二人は一度会話を中断し、スズメの手を掴む。


「私たちが出来ることはするよ。でも逆に私たちは二人のための環境を整えてあげることしかできない」

「ミーシャのいう通りです。刀姫、タクミ君に愛情を注いであげられるのはあなただけですよ」

「愛情……」


スズメは不安そうに二人の手を握り返す。

 心臓が縛り付けられるように痛み、彼女の不安を煽る。

 はじめての感情にスズメは戸惑いつつ口をひらく。


「私……ちゃんとできるかな?」


刀を振るい、敵を一瞬で両断する。誰もが王国最強と認める刀姫。

 はじめての対人任務でも一切の躊躇もなく敵を切り捨て、クロトとミーシャはその冷酷さに恐怖していた。

 だが…今目の前にいるのは純粋に弟と接することに不安を覚えている姉……

 二人はそれが本来あるべきだったスズメの姿のような気がしてならない。

 スズメが家族からどんな仕打ちをうけていたのかは知っている。

 そんな彼女が……今、姉になろうとしている。


「怖い?」

「うん…」

「じゃあ…大丈夫だよ」


ミーシャはゆっくりスズメを抱きしめ頭を撫でる。

 普段なら嫌がるスズメだが…今はおとなしく彼女を抱き返し震える。


「私も弟妹がいたけど……ずっとどう接していいか分からなかった。最後は喧嘩別れしただけに後悔も多いよ。だから、スズメには魔法の呪文を教えてあげる」

「私…魔法は使えない」

「大丈夫、これは誰でも使える最強の魔法だから」

「…?」


きょとんとするスズメにミーシャは優しく呟いた。

 その言葉を聞いてスズメは困惑するも、ミーシャの顔を見て強く頷いた。


「分かった……私頑張る」

「そう来なくちゃ」

「さて、では会議を再開しますか…っとその前に村長から言伝を受けてまして」


クロトはカバンから一枚の手紙を取り出して読み始めた。

 そこにはスズメが帰ってきたことを祝って宴を開催するという知らせだった。

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