第2話 進展

冒険者協会通称ギルドの支部は各地に点在しており、その規模もまちまちであるが……現在スズメと天ノを乗せて向かっている場所はリュートという街のギルドに向かっている。


 馬車が心地よく揺れる中、ミーシャはため息をこぼしながら読んでいた本を閉じる。




「あの子……何を考えているのかしら」




天ノ スズメ、彼女は13歳ながら今回の討伐任務に参加した剣士。


 人々からは刀姫と呼ばれているが……その称号は王国全土で剣の達人に与えられる「剣聖」という称号と同じもの。


 スズメが11歳の時に受賞し、それまで女性の受賞者がいなかったこと、そして最年少での受賞であることから敬意を表し「刀姫」と名付けられた。


 そんな偉業を持つスズメではあるが……まだ13歳のか弱い少女。


 ミーシャはギルドでスズメのサポート役としてこれまで色々なわがままに付き合ってきたが―――




「まあ、刀姫も何か思うことがあったのでしょう。彼を保護したのは刀姫ですし」




膝を抱えため息をつくミーシャに、クロトは肩を軽く叩き励ます。


 それでもミーシャの心配は尽きることなく―――




「別に私もスズメが引き取ることに反対ではないけど……心配なのよ。だってスズメは――」


「……確かに刀姫は人の感情が欠けている気がしますからね」




今回初めての対人任務……これまで魔物などの討伐任務を行ったことはあるが、人を殺めるかもしれない今回の任務を彼女は顔色一つ変えず受け入れた。


 そして―――




「冒険者はどこかで区切りをつけてます。自分の大切なものと、そうでないもの。だからこそ何かを奪う結果になっても自分を正当化する……でも刀姫は違います。元々境界線がない……彼女は何かを奪うことに対し何も感じていないかもしれませんね」




クロトの言葉にミーシャは息を飲み込む。


 討伐任務後、テントに帰ってきた彼女は顔色一つ変わっていなかった。


 悪人とはいえ、多くの人間の命を奪ってきたはずなのに……たった13歳の少女が平然としていたことに、彼女は恐怖を覚えてしまった。




「まあ、人それぞれ大切なものは違います。刀姫はそれがもう出来ている……と私は考えたいですね。私は彼女の優しさを信じてます。だから、ミーシャ。あなたも少し期待してみませんか?我らの姫様を」




微笑みながらミーシャに手を伸ばすクロト。


 彼女はため息交じりで笑いつつ、その手を叩いた。




「分かったよ。クロト……やっぱり長年の余裕は違うものね」


「年寄っていいたいのでしたらやめてくださいよーまだまだ若いエルフのつもりですから」




少し余裕が出来たのか、ミーシャは冗談を交わしながら馬車の先を見つめる。


 リュートについたら……スズメとちゃんと話し合おうと誓いながら。




※※※




冒険者組合リュート支部の宿舎。


 多くの冒険者が宿替わりに利用するこの場所は、今盗賊団に攫われた人たちの一時保護施設となっていた。


 事前に連絡を受けたギルドの人間が慌ただしく動く中、スズメと天ノは木陰で兵士からもらったチョコレートを食べていた。




「名前、作らないとね」


「名前……」


「天ノは名前じゃあないから。あなたの名前……まあ後で考えるとして―――」




スズメは遠くで誘導を指揮しているミーシャを見つめつつチョコレートをかじる。


 真っ先に話が来ると思いきや、「二人で休んでて」と声をかけら時は少し動揺した。


 とはいえ、スズメや天ノがすることがないのは事実……こうして木陰で暇を持て余しているのが何よりも現実を表している。




「これからのことは分からないけど……とりあえず私が住んでる村に行くかな」


「おねえちゃんの……?」


「うん、ここからそう離れてないヤマネコって村があるの。私はそこに土地をもらってる」


「……?」




刀姫の称号と一緒に与えられた土地だが……もちろん天ノがそれを知るはずはない。


 するとスズメは持っていた手帳を開き、天ノに問う。




「あなた盗賊団に居た時、何をしてたの?」


「してたこと……?」


「そう、何かやってたんじゃあないの?」


「……道具の修理……とか…」


「へえ……器用なのね。それじゃあ……」




スズメは手帳に文字を書きそれを破り切って天ノに渡す。




「字は読める?」


「少し……」


「それがあなたの名前、勝手に決めさせてもらった」


「天ノ……たくみ…」




手帳には天ノ タクミと大きく書かれた文字に少年は目を輝かせる。




「名は体を表す。名前はその人のことをよく表しているって意味の言葉よ。私はあなたにモノ作りの才があると思う……だからそうなってほしいって思ったの」




タクミはスズメからもらった紙を大事に抱え彼女の袖を強く掴む。




「ありがとう……おねえちゃん……」




涙を流すタクミに、スズメは優しく頭を撫でる。


 しばらくすると、泣き疲れたタクミはスズメの隣で眠っていた。


 だが、その手には自分の名前の紙が強く握られていた。




「お待たせスズメ、少しいいかな?」


「……」




タクミの頭を撫でていたスズメは鋭い目でミーシャを警戒する。


 だが、彼女は平然とスズメを見つめクロトが手を振っている小屋を示した。




「少し狭いけど、話すには大丈夫かなって」


「……わかった」




寝ているタクミをスズメは軽々と背負い、小屋へと向かう。


 その後ろ姿をみて、ミーシャは思い出す……自分も姉と過ごした時こんな感じだったと。




「……ねえ、スズメ。その子の名前は?」


「……タクミ、天ノタクミ」


「そう。いい名前をつけてあげたね」




頭を軽く撫でたミーシャに、スズメは驚く。


 反対しているとは思っていた……が、何か考えが変わった?


 小屋へとついたスズメは藁の置き場にタクミを寝かせて二人を見つめる。




「反対してるでしょう」




第一声からかなり警戒気味の彼女に、二人は困ったように笑う。




「そりゃあね。あなたまだ13歳だし、いきなり知らない子を引き取るって言い出したらね」


「ミーシャも私もあなたの事を尊敬しています。ですが、また幼いあなたに人に人生の重みを理解できるのかと……心配しているのです」




二人は率直な気持ちをスズメに伝える。


 スズメは刀を置き、その場に座り込む。


 そして、懐から血がついた短剣を取り出した


 使い古されたその短剣は、先端に血が滲みつき錆びている。




「なにこれ…?」




ミーシャの質問にスズメはタクミの首元を見るように示した。


 彼の首元は絞め跡、擦り傷などがあるが……それより目立ったのは―――




「刺し傷……これって……」


「この子を見つけた時、この子は死のうとしてた。この短剣で」




彼は何度も生を諦めようとしていた。そして、その事が出来た。


 それでも彼は生きていた……スズメが見つけるその時まで。




「私は家族に見捨てられたから……愛情とかそんなのよく分からない。なんでこんなにこの子に構うのが自分でも分からない。でも…この子は必至に生きてた。生きようとしていた。最後まで逃げなかった……だから……私もこの子から逃げたくない」




スズメの言葉に二人は胸を刺される部分があった。


 彼女は家族に見捨てられた……たった一人で刀の道を歩み認められ今ここにいる。


 詳しくはしらないが……天ノ家では彼女は異端として扱われ酷い仕打ちを受けていたと聞く。


 そんな彼女が地上最年少で刀姫の称号を得て……トップクラスの冒険者として活躍している。


 ここまで来るまで流した汗や涙は数しれず……血を吐くような思いで刀を握っていた。




「スズメ……あなた……」




彼女は無意識にタクミと自分を重ねている。


 どこか人の気持ちが理解出来ない彼女であるが、善であることは今までも見てきた。


 だが……今回は善意ではない。好奇心……自分が足りないものに手を伸ばしているのだ。


 きちんと…自分の感情と向き合おうとしている。




「……ふう」




ミーシャはクロトを見つめると、彼は笑いながら頷いた。


 そして、彼女はスズメと視線を合わせて告げる。




「理由は分かった。でも……弟にするってことは言葉のように簡単じゃあないの。お金がどうこうじゃあない……あなたはタクミくんのことを受け入れられる?」


「受け入れる…?」


「そう、彼がどんな考えをしていても、どんな行動をしても。それを正すだけじゃあなく受け入れることも出来る?家族の愛情を……あなたはタクミくんに与えることが出来る?」




ミーシャの言葉にスズメはしばらく沈黙する。


 そして―――静かに頭を下げた。




「分からないです……でも……教えてください。姉としてどうするべきか……私がタクミに何をしてあげるべきか、少しでもいいから……一緒に―――」




言葉の途中、ミーシャはスズメを強く抱きしめ頭を撫でる。




「100点よ。スズメ……その言葉を聞いて安心した」




クロトは軽く涙を拭いながら軽く拍手する。


 二人の言動にキョトンとするスズメであったが、一先ず話はまとまりギルドにも保護した少年はスズメが引き取ると報告が上がった。




※※※




2日後、事後処理が終わろうとしている中…スズメはギルドの会議に出席し逃げたビギルの行方を訪ねる




「ビギル……今のところ行方を掴むすべはないな」




討伐任務で指揮官をしていた中年の男性リュークはそう答える。




「……じゃあこう宣伝出来ないかな?刀姫がビギルを追っているって」


「君の名前を全面に出して行方を探すってことかな?何故そこまで―――」




もちろん刀姫の名前を出すことについては効果がある。


 どこの組織も王国最強の剣士とされる刀姫を敵に回したくはない。


 その刀姫がビギルを狙っていると知れば……かくまう場所も限定され特定しやすくなる。


 だが、刀姫の名前を使ってまでスズメに何のメリットがあるのか……それは。




「あいつは過去にしなくちゃいけない……タクミのためにも」




毛が逆立つほどの殺気を見せたスズメに、リュークは息を飲み込み答える。




「ギルドとしてはありがたいことだけど……あまり感情的になるのはおすすめしないな」


「分かってる。でもそれだけじゃあない。おかしいな点もあるでしょう」


「……?」




スズメの言葉にクロトが挙手し発言を求める。


 そして、ミーシャが各員に資料を配り説明を始めた。




「攫われた女性たちは必要以上に性交をされてました。これに疑問点があるとクロトと私は考えてます」


「まあ……性欲の捌け口にしては程度が過ぎる点はあるが――」


「ええ、最大の疑問は生まれた子供はどこにもいないんです。タクミくん以外」


「……それはつまり、子供を何かに利用していたってことかな?」




リュークの言葉に二人は頷く。




「ミーシャが保護した女性たちから聞き取りを行ってくれました。その時、生まれた子供は連れていかれたということでした」


「……ふむ、連れていかれた子供は何処に行ったのか、何故タクミくんは連れて行かれなかったのか」




まるで牧場のように子供をどこかに出荷していたと思える状況。


 謎が深まる事態にリュークは資料を読み終え決断する。




「ギルドに追加の調査必要と報告し、人員を手配しよう。ミーシャ、クロトは引き続き頼むことになるがいいかな?」


「はい」「もちろん」




二人の承諾を得たリュークはスズメを見つめ、少し咳払いする。




「では、刀姫の言葉どおり宣伝するが……感情的になり過ぎないように」


「はーい」


「こらスズメ!返事はちゃんとする!」


「はいはい」


「はいは一回でしょう!」




めんどくさそうなスズメとそれを叱るミーシャ、まるで親子のようなやりとりに場の空気が少し和む。


 だが、リュークは眉間にしわを寄せ資料を読み返す。


 何を目的にしていたのか……その鍵は例外であったタクミにあるかもしれないと。




※※※




リュークが自室に戻ろうとしていたところ、ギルドの受付の人が声をかける。




「リュークさん、ギルドから追加人員についての書類が…」


「…うむ」




追加人員の要請はまだしていなかった……リュークは首を傾げながら書類に目を通す。




「なんだこれは……これじゃあまるで……」




追加人員の選抜を優遇する……必要であれば経費拡大……どれも追加調査にしては過剰すぎるとも取れるギルドの措置にリュークは疑惑の目を向ける。




「この事件……一枚岩ではないということだな」




リュークは直ぐに先ほどの会議メンバーを招集する手配を進める。


 どうか感が外れますように。彼は毎度ながら叶わぬ願いを胸に会議室へと向かった。




※※※




3日後……一台の馬車が街から離れゆっくりと走っていく。


 馬車にはスズメ、タクミ、クロト、ミーシャが乗車しており……目的地は刀姫が住むのどかな村、ヤマネコへと向かっていた。




「タクミの様子は?」




スズメは中央で眠っているタクミを心配そうに見つめる。


 彼は3日前から発熱し、以後ずっと高熱にうなされていた。


 原因は不明……薬草などで一時的な措置は取れるが、熱が治まる気配はなかった。




「正直、体力次第ですね。環境が変わったせいなのか……あるいは今までの付けがまわってきたのか……原因は定かではないですが、このまま高熱が続くと命にかかわります」




今はクロトが作成したエルフの薬でなんとかもっているが、次期効力を失くすとのこと。


 王都に向かうことも提案されたが、現在のタクミの体力ではそこまで持たないと判断し、スズメの家で療養し薬草を取り寄せることとなった。




「ヤマネコ村までは数時間……私の回復魔法込みでこれぐらいの移動で精一杯。悔しいけど今は彼に出来ることは少ないわ」




ミーシャは汗をかいたタクミの顔をタオルで拭いながら答える。


 回復魔法も万能ではない……病気などに対しては自己再生を高めることしか出来ず、今のタクミでは体力が持たないため頻繫にかけることも出来ない。




「……」




スズメは静かにタクミの手を握り自分のおでこに当てる。




「絶対……死なせはしないから」




ヤマネコ村が近づく中、スズメは静かに誓いを立てる。


 すると、森に入った馬車が静かに止まり動かなくなった。




「あれ、どうしたんだい……」




馬車を引いていた男性は突然動かなくなった馬を撫で様子を伺う。


 数秒後、馬は静かに何かに頭を下げた。




「どうしたの?」




ミーシャは杖の握り、前に出る。


 スズメも刀を構え、クロトは腰に忍ばせてている短剣に手をかけつつ、タクミに近づいた。




『うぅぅぅにゃあぁぁぁ』




低い猫の鳴き声が森に響く。


 その鳴き声を聞いたスズメは構えを辞め、ミーシャにも杖を収めるように視線を送る。




「この鳴き声って……」




ミーシャがあたりを見回していると、一瞬馬車が揺れ、クロトが驚きの声を上げる。




「あなたは……」




そこには……まるまると太った大福のような猫が長い尻尾を振り、タクミのお腹に座っていた。




『ごろろろろろ』




気持ちよさそうにあくびをする猫にクロトは戸惑いつつも、頭を下げる。




「初めまして、ヤマネコ様。お会い出来て光栄です」




ヤマネコ……村の名前となった奇妙な猫の登場でも、森は静かに木々を揺らしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る