刀姫の刀鍛冶
白雪の無白
1章 隠された血
第1話 平等
人は平等ではない。
それは、誰もがいずれ行き着く答えであり。
それは、誰もが当たり前のように知っている真実。
それでも、人は現状に幸せを見出し…バタ足でも、見苦しくても精一杯生きる姿を美しいと称賛する。
仮に受賞されるものであるならば……今5歳の彼は真っ先に候補に上がるだろう。
目の前で死んだ母親の死体を黙々と片付ける彼は―――名の無き少年。
ここは、大規模な盗賊団アジトの一つにある地下牢獄。
攫われた村娘たちが、望まぬ生を授かるこの世で最も穢れた場所の一つと言っても過言ではない。
名の無き少年の母親も同じくここに囚われた多くの村娘と同様に望まぬ生を授かった。
少年は自分の母を愛し、励まし、尽くした。
だが――母は少年を愛せず殺そうとした。
それもそのはず……彼女にとって息子とは汚点の象徴であり、存在自体に憎しみを覚えるもの……そんなものが自分を母と慕い、好意を寄せてくる……
こんな地獄のような環境で、その愛情は彼女を酷く歪ませた。
騒ぎに気付いた警備の一人が狂った母を目の前で殴り殺した。
その時―――たった5歳の少年でも理解できるほどに……自分が生まれてくるべきではなかったことを知る。
生まれてくるべきでもなく、生きるべきでも無かった……母親の死を間近に、言葉を知らない少年はただ母がよく口にしていた言葉をまねる。
「ごめん……なさい……」
人は平等ではない。
それは、誰もがいずれ行き着く答えであり。
それは、誰もが当たり前のように知っている真実。
だがそれは、5歳の少年にはあまりにも重く、辛い現実であった。
人生には波がある。
どん底から変われる救いの糸は、必ずしも自分から見つけ出すとは限らない―――
それは少年が10歳になった頃――――手先が器用な少年は、道具の整備や修理を任され毎日必死に生きていた。
生きている意味も、そうするべきでないことも知っていたが――それでも生きていた。
その日はやけに騒がしく―――酒に酔った盗賊団に殴られ後、倉庫で道具を整理していた。
また人が沢山連れて来られた……沢山の悲鳴や泣き声が遠くの倉庫まで鮮明に響く。
少年の枯れた目からは何もこぼれず……ただひたすらに道具を修理することに専念していた。
悲鳴……泣き声、叫び声、笑い声、悲鳴、悲鳴……押し寄せる波が如く聞こえる色んな声は少年の精神を壊すには十分だった。
ふと手にしたナイフが―――自分の首元にあることに気付かない程に。
「何してるの」
声がした。
それは女性の声だった。
振り向いた少年が目にしたのは、鮮血が垂れる刀を持った女の子。
自分と2~3つ離れているだろうか……少女は、見たこともない長い袖の服を着こなし、自分の背丈の半分ほどもある刀を手に自分に問いかけていた。
「あ……え……」
月明かりが倉庫の天井を照らし始めた倉庫―――少女の顔がはっきりと見える。
鋭いまなざしに黒より深い漆黒の髪を束ね……花柄の服と長いスカートを身に着けた少女は足音も無く静かに近づき、少年からナイフを取り上げる。
「……こんなところで死んだら、悔しくない?」
悔しい……?
少年は少女の言葉が理解できずに、ただ見つめるだけだった。
そして―――彼女の後ろには大量の血の跡が散乱しており、さっきまで聞こえていた悲鳴も、泣き声も、笑い声も……何もかもが消え、静寂に包まれていた。
「名前は?」
「ない……です……」
「どこから来たの?」
「どこ……?」
短い質疑応答が続き、少女は少年がこの場所で生まれた子供ということを知る。
すると少女は納刀し、彼に手を差し伸べる。
「私は天ノ スズメ。一緒にいきましょう」
半ば強引に引っ張られたその手は、強く少年の手を掴み……倉庫の外に散らばっている肉片を認識する間もなく急ぎ足で森の中に進む。
※※※
しばらく森を進むと、遠くに明かりが見えてきた。
明かりの近くにはテントが設営され、多くの女性が毛布と食べ物をもらって、怪我をしている人は手当てを受け、周辺には鎧を着た兵士たちが警備にあたっていた。
そんな中……杖を持った赤髪の女性が少女を見るなり慌てて駆け寄った。
「心配したのよ!帰りが遅いから……もうほんとに」
「余計なお世話、逃げ遅れた人がいたから連れて来ただけ。人命優先」
「もう、愛想の無い子……で、その子が最後の一人?」
「多分、他の施設も無いし、残党も処理した」
「そう……」
鉄のように冷たい彼女の報告にため息をつきつつも、状況が把握出来ていない少年に気付いた女性はしゃがみこんで彼に手を伸ばす。
「私はミーシャ、冒険者協会所属のメイジよ。もう大丈夫、今まで辛かったでしょう……家に帰れるからね」
「あ……」
そこで少年は気づいた。
盗賊団が掃討され中にいた人が全員救出されたのだと……
喜びはあった……だが、それよりも少年が憂いていたのは……
「君名前は?どこの村から来たとか覚えてる?」
少年には帰る場所がない。
盗賊団のアジトで生まれ、手先が器用で道具を修理できたから今まで生かされていただけ。
少年には家族も、帰る場所も…….名前すらもない。
「ミーシャ、ちょっと」
「え、何……」
スズメはため息をつきつつ、ミーシャに耳打ちする。
すると、彼女は目を見開き強く拳を握りしめ震える。
「そう……か」
十数年も討伐されなかった巨大な盗賊団……年月が経つにつれ大きくなる被害はまだ氷山の一角でしかない。
それを再び痛感することとなったミーシャだが―――少年の前では笑顔を見せテントへと案内する。
「お腹空いてない?お姉さんが料理もってきてあげるからここで待っててね」
「は……はい……」
未だ状況が上手く飲み込めていない少年ではあったが……それでもこのテントが安全なことは分かっていた。
泣きながら喜ぶ女性たち……負傷しながらも笑顔を浮かべる兵士たち。
そして―――
「名前、ないと不便じゃあない?」
いつの間にか隣に座っていた自分を救ってくれたスズメという少女。
彼女は何故か少年に固執しているように見えた。
「名前……」
「今まではなんて呼ばれてたの?」
「おい……とか……お前……とか……」
「ふーん」
だが、少女は時より何かが欠落しているように同意も感情も示さない。
少年に興味がある。だが、少年の感情に興味はない……そんな局所的な好奇心を抱きながらも固執する部分もある……なんとも厄介な考えを持ち合わせていた。
「……とりあえず天ノって名乗りなさい」
「天ノ……?」
「私の名字、私はその名前で呼ばれないからとりあえずで名乗っていいよ」
「分かりました……」
「寒くない?」
「大丈夫です……」
「そう」
スズメは通りかかった兵士に食べ物を要求し、もらったチョコレートを半分に分け天ノに渡す。
「美味しいよ」
「ありがとうございます……」
「しばらく休むから何かあったら起こして」
「は……はい……」
自由気ままというか強引というか……だが、誰一人として彼女の行動に異議を唱えることなく。むしろ彼女を尊敬し、尊重しているように感じた。
刀を抱きつつ座ったまま寝ているスズメを横に人生で初めてチョコレートを口にした天ノは……
「美味しい……」
※※※
夜が明け、いつの間にか眠ってしまった天ノはゆっくり目を覚ます。
周りの兵士が焚き火の近くで談笑しているが…話の内容から一晩中警備をしている様子だった。
この人たちは誰だろう……なんで自分を助けてくれたのだろう……
盗賊団のアジトの中の世界しか知らない天ノはただ現実を飲み込めずにいた。
その時、一人の兵士が近づき隣で座っているスズメに声をかける。
「刀姫(けんひ)、指揮官がお呼びです」
その言葉にスズメはゆっくり立ち上がり、少年に手を差し伸べる。
「行くよ」
「え……?」
兵士も天ノも疑問を浮かべるが、スズメに連れられるまま指揮官がいる中央テントに向かった。
テント内にはいかにも強そうな人たち……そして昨日みたミーシャも揃っていた。
「ちょっと、その子は……」
スズメが連れてきた天ノを見てミーシャは声をかけるが、スズメは無言で席に着き少年には隣にいるように命じる。
「まあ、いいでしょう。刀姫さん意見曲げないですし」
指揮官らしき中年の男が笑いながらミーシャに告げる。
すると、彼女はため息交じりで返答をする。
「それでは、討伐任務報告と事後処理について話していきます」
坦々と話が進む中、少年は自分が居た盗賊団が『ビギル』という人がボスだったことを知る。
そして、そのビギルの行方は知れず…死体もないことから、逃亡したものと断定された。
盗賊団内部の情報として、他にアジトはなく…ビギル盗賊団は壊滅と見ていいとのこと。
だが、引き続きビギルの行方を追うと決定された。
「さて……今回保護した人たちですが身元の確認が取れ次第順序故郷へ送ることにしてます。それまでギルドの臨時宿舎で保護しましょう」
「指揮官」
話の中、ミーシャは手をあげ発言を求める。
指揮官は軽く頷き彼女に注目すると――
「身元が確認できない人はどうしますか」
その話題は少年にとっても大事な話……天ノと名前を仮で頂いたものの、少年に帰る場所など存在しない。
震える少年に気付いたスズメはそっと手を握り、挙手する。
「いないでしょう。全員確認できる」
「スズメ……それはそうだけど」
一晩のうちに保護された全員の出身地などは判明している。
元々攫われた人たちだ……友人や家族が待って帰る場所はある。
だが―――ミーシャ含むその場の全員が心配しているのは、明らかに少年のことであった。
「ふむ、とりあえず事後処理はまだまだ残っている。身元不明者についてはまた改めてギルドで協議しよう」
ミーシャとスズメの表情を伺った指揮官は咳払いしつつ、話題を変えた。
その後、1時間程度で会議は終わり、各自役割が与えられ事後処理へと向かった。
今のテントは少なくとも午後までには撤収し、近くの都市に移動するとのこと。
移動先が決まった各テントは慌ただしく準備が始まっていた。
「さて」
会議を終えたスズメは、天ノを見つめる。
不安げな彼の表情をじーっと見つめていたスズメは、懐からチョコレートを取り出し渡す。
「ちょっと仕事してくるから、さっきのテントで待ってて」
「は、はい……」
突然チョコレートを渡された彼がキョトンとしている間、スズメはどこかへと歩いて行った。
※※※
一方……受け入れ先の都市からの馬車や物資などの手配を任されたミーシャは一緒に作業しているエルフの男性に愚痴をこぼしていた。
「スズメったら……どういうつもりなのかしら」
「さっきの会議の発言ですか?」
ミーシャが言葉を濁してはいたが、身元不明者は現在一名……あの少年のみである。
そんな中、全員確認できると発言したスズメの意図が読み取れず……事務仕事と重なりため息をこぼすばかりのミーシャ。
「ね、クロト…まさかあの子を自分が引き取るとか言わないでしょうね……」
「まさか……刀姫はまだ13歳ですよ。いくら王国最強と言われる彼女でも…流石に……」
クロトは困惑したように言葉を止める。
だが、今までの行動……何故か少年をそばに置き、会議では身元不明者がいないと発言した。
二人は顔を合わせ、「まさか」と言わんばかりに息を飲み込む。
「と、とりあえず仕事が終わったら刀姫に聞いてみましょう……」
「そうね……早く終わらせましょう」
二人は書類に手をつけ始め、黙々と手続きを進めていく。
だが、心の中には「まさか」の事態への不安が溜まっていくばかりであった。
※※※
予定どおり多くの馬車で臨時のテントが全て撤収され、保護した人たちを順番に誘導する。
今回討伐任務にあたって中心メンバーはもちろんその人たちとは別の馬車なわけだが―――
「スズメ……その子もとりあえず別の馬車に――」
「子供一人ぐらい乗れるでしょう」
スズメは天ノの手を強く握りしめ、離そうとしない。
「その子は一旦ギルドが用意した宿泊施設で預かってから……」
「何で」
「何でって、その子は身寄りがないから……どうするかはこれからギルドで決めるのよ」
「必要ない」
「え?」
「この子は私の弟だから」
その場に居たミーシャ含めた全員がスズメの発言に驚く。
ミーシャは氷のように固まり、クロトはため息をつきつつも笑顔を見せる。
他の人達は疑問が頭を埋め尽くし、スズメに視線を向ける。
「お、お、弟って!ど、どういうこと?!」
「義姉弟?そんなのもあったでしょう。この子のは私が引き取るって言ってるの。頭悪いの?ミーシャ」
「あなたね!自分が言ってること分かってるの?!わがままとかそういう次元の話じゃあないのよ!」
「別にわがままじゃあないし」
感情的になったミーシャと兎に角少年を引き取ろうとするスズメ……話が進まないと判断したスズメは少年を連れて別の馬車に向かう。
「じゃあまた後で」
「ちょっ、スズメ!スズメったら!!」
「まあまあ、ミーシャさんとりあえず落ち着いて……刀姫、またギルドでゆっくり話しましょう」
クロトがミーシャを止め、スズメに視線を向けそう告げる。
刀姫は軽く頷きながら馬車に乗り込み、しばらくすると近隣都市への移動が開始された。
「あ、あの……」
天ノはスズメに声をかける。
すると、彼女は少年を見つめ口を開く。
「嫌だった?」
「い、いえ……でも……迷惑……で」
現状をよく知らない少年でも、自分のせいで揉め事が起きていることはハッキリと分かる。
落ち込む天ノに、スズメは両頬を包み顔を引き上げる。
「あなたが今欲しいのは、居場所?家族?そういうのじゃあないの」
「ふ、ふぁい……」
少年には行く場所も待つ人もいない。
だから……欲しいとは思う。だが――それは――
「欲しい物があるなら貫きなさい。悔しくないの?あんなところで死ぬ思いまでして、幸せになりたいと思うわないの?」
最初に出会った時……スズメは自分の死を止めた。
その死に意味はなく……生きることに意味があったのであれば。
天ノの頬に熱い雫が流れる。
心の底……どこかで願っていた。
幸せ……その形は知らずとも、少年は初めての優しさを知った。
チョコレートのように甘く……美味しく……そして――――幸せだった。
「わたし……も……お母さんと……一緒に……でもお母さんはいなくて……」
母は自分を望まなかった。
でも、天ノは母に愛してもらいたかった。笑って欲しかった。生きて欲しかった。
もし……自分が生きていたことが間違いではないなら―――
「それでも…………生きたいです……」
「……私の手を取りなさい。これからあなたは天ノスズメの弟。あなたの生きる意味を見つけなさい」
スズメは少年の頬から手を離し、手を差し伸べる。
差し伸べられた手を強く掴んだ天ノは……その手がとてもごつごつとしていることに気付く。
どれだけ刀を振ったのだろうか……スズメは無言で少年を引き寄せ頭を撫でる。
「しばらく休みなさい」
「はい……」
「敬語はなし、私は姉だから。家族だから」
「……うん……おねえちゃん……」
安心した天ノはゆっくり目を閉じスズメに体重を預ける。
受け止めたスズメは、あまりにも軽すぎるその体が離れないように……強く抱きしめるのであった。
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