第5話 追跡とお礼

産業都市ウィルナス。

 ヴィクトリア王国で随一の産業都市であり、「ここにくれば揃わないものはない」と言われるほど多くの商人と商店が並ぶ。

 中央大陸から鎖国状態に近い東方の品まで……ここは、商人にとって楽園と言える場所だろう。

 そんな大都市に、赤いローブをまとい迷わずどこかに向かっている女性がいた。

 真紅の髪と長身で美形の女性、ミーシャ・クロイツ。

 彼女はとある高級ホテルのカウンターにつくと、一枚の黒いカードを差し出した。


「予約していた赤よ」

「お待ちしておりました。お部屋にご案内します」


カウンターから案内人の一人が出てきてミーシャをエレベーターまで案内する。

 客室は4階より上だが……何故か案内人は鍵で施錠されていた隠しボタンを押し、エレベーターは地下へと向かった。


「赤様、支配人よりこちらお預かりしております」


案内人はミーシャに高級感溢れる細かい装飾が施された銀色の封筒を渡し、彼女は苦笑いしながら受け取った。


「毎回毎回こんな高そうな封筒よく用意するわね」

「支配人の趣味ですから」


案内人も苦笑いしつつ、ミーシャに背向ける。

 封筒の中身は一通の手紙……それを読み終えたミーシャは封筒ごと手紙を灰にした。


「ごめんなさい、灰皿頂ける?」

「はい、こちらに」


手紙の内容が気に入るものでなかったのか、ミーシャは不機嫌そうではあるが大きくため息をつき感情を切り替える。


「ではごゆっくりどうぞ」


地下に到着したエレベーターからミーシャが降りると、案内人は深々と一礼し、地上へと戻っていった。

 通路には案内板があり、この空間にかなりの数の部屋があることが分かる。

ミーシャは迷うことなく目的地に向かうが、通りかかるドアから悲鳴のような音が聞こえたり、優雅な音楽が聞こえたりしていた。

 そのうちミーシャは一番奥にある大きな扉の前で足を止め、ノックをして部屋に入る。


「これはこれはミーシャ様、お待ちしておりました」


中にはゴブリンと思われるスーツを着た長身の魔物が立っており、ミーシャに深々とお辞儀をすると向かい側の席に手を伸ばした。


「ウィルナス、元気そうね」

「はい、おかげ様で」


ミーシャは抵抗する様子なく静かに着席すると、大き目な袋を差し出す。


「数はあってるはずだから確かめて」

「毎度ありがとうございます」


ウィルナスは袋を受け取ると、中身を確認したのち袋を閉じる。


「数えなくてもいいの?」

「はい、重さでだいたいわかりますから」

「なんか変な技能ね……」

「あはは、私は欲深いもので…こういう小賢しい技術ばかり身についてしまうのです」


ウィルナスは袋を一旦奥の机に置くと再び席についた。


「途中案内人から手紙は受け取りましたか?」

「無駄に封筒が凝ったやつね」

「あはは、気に入って頂けましたか」

「毎回燃やすのに躊躇するからやめてほしいんだけど」

「封筒は別によろしいではないですか」

「ダメ、何が痕跡になるかわかったもんじゃあないから」


ミーシャは少し睨みつけたるようにウィルナスに言うと、彼は額の汗をぬぐいながら続けた。


「まあまあ、こちらとして申し訳ないという気持ちの表れと受け取って頂ければ」

「別に責めているわけじゃあないのよ?流石にビギルのバックを探るのは難しいだろうから」

「ええ、痕跡一つ残さず消えておりました…確実にプロですね。むしろ私たちより手慣れている気もします」

「まあ、でも今回うちのお姫様が本気だからね」


彼女の言葉にウィルナスは首を傾げた。

 ミーシャは彼に一枚の書類を取り出し見せた。

 冒険者協会の印が押してある正式な声明文……難しい言葉で飾ってはいるが、ウィルナスはその声明文の意図を一瞬で理解した。


「ま、まさか刀姫様がこれ程までに執着するとは……」

「……スズメにもスズメなりの理由があるのよ。この声明文は冒険者協会が届く範囲に片っ端から送ってるから」

「いよいよビギルも追い詰められましたね……これを目にして彼を助ける組織もいないでしょう」


声明文の内容はざっくりビギルを助けることは刀姫と敵対することになる。

 単純な言葉だが、この国で刀姫と敵対できる存在はそういない。

 つまり最も強い圧力が今ビギルにかかっていることになる。


「これを踏まえた上でウィルナス、再度ビギルの足跡を追ってくれない?」

「ええ、問題ありません。ここまでして頂ければあとは時間の問題でしょう」

「…見込みは?」

「3日ほど頂ければ確実かと」


ウィルナスの言葉にミーシャは机に一つの水晶を置いた。


「これは…?」

「前払いよ。何かあったらまた知らせて」


水晶は今だ燃えている炎ような形をしており、ウィルナスはそれを見るなり飛びついて水晶を鑑定した。


「これほど高純度の炎火水晶みたことがありません……これ一つで豪邸が立ちます」

「私には必要ないものだから、じゃあ頼んだわよ」

「は、はい!っと……お待ちを!お見送り致します」


ウィルナスとの取引を終えたミーシャは地上に戻ると大きく背伸びして一息つく。


「さて、出せる駒は出した……一旦合流かな」


ビギルへの追い込みが加速する。

 事が大きく動く前にと、ミーシャは思い出したように一通の手紙を見る。

 それは、タクミの家庭教師としてスカウトしたある学者からの返事だった。


『刀姫様の庇護を受けられるなら喜んでお受け致します。』


※※※


ミーシャがヤマネコ村を出て数日が立った。

 タクミは順調に体力を回復し、庭で木刀を振っているスズメをまじまじと見つめていた。


「……」


スズメはその視線に慣れていないのか、時々タクミに視線を向けてはまた木刀を振る。

 基本の姿勢から有り得ない速度で繰り出される型に刀姫と名高い理由も納得してしまう。

 だが、スズメが繰り出す型は二つのみ、それ以外の型を使わないことに剣術を全く知らないタクミでも少しは分かってきた様子で―――


「お姉ちゃんは…なんで二つしか使わないの?」


不思議そうに尋ねるタクミにスズメは手を止め視線を向ける。

 そして自身のごつごつとした手を見ながら…ゆっくり答えた。


「二つしか使えないからだよ」


そう、刀姫であるスズメが使える天ノ流の型は二つのみ。

 常人では切られたことすら認識できない抜刀から相手の首を切り落とすことに特化した時雨。

 そして無数の斬撃を繰り出し、相手を切り刻む村雨。


「私は別に天ノ流の刀術をちゃんと習ったわけじゃあないんだ。遠くで見てたのをマネしているだけ……だからよく見ていた型の二つしか使えない」


タクミはその言葉を聞いてスズメに近づくとそっと彼女の手を掴んだ。


「お姉ちゃん…悲しいの…?」

「……どうだろう。今はどうでもよくなったかな」


スズメは表情を変えないままタクミの手を握り返した。

 自分と同じぐらいごつごつした手……彼もまた生きるため道具を直す器用さを身に着けた。

 そのために一体どのくらい努力したのだろうか…タクミ自身分かっていないが、それは自分と同じ異質な才能を秘めていることをスズメは理解した。


「……お姉ちゃんの剣不識だね」

「刀のこと?そうだね。アルトリア王国では滅多にみないからね」

「刀……」

「ずっと遠くの国……東方大陸の島国、イズモってところの武器だよ」

「お姉ちゃんが居た国?」

「うん」


遠い異国…中央大陸を超え海を渡った先にいる神獣である口蛇が縄張りとしている土地イズモ。

 スズメはそんな遠い場所から何故ここ、西方のアルトリア王国に来たのだろうか?

 そんな疑問をタクミは頭を振って消し去った。

 聞くべきではない……自分の手を握ってくれるスズメを見てタクミはふとそう思ったのであった。


『刀姫、タクミーご飯ですよ』


屋敷の窓からクロトが手を振る。

 声を聞いた二人は顔を合わせ笑顔を見せると手を握ったまま屋敷へと向かった。

 その間、タクミはずっとスズメの木刀を見ており…スズメは何か考えているように空を見ていた。


※※※


日が暮れた夜……タクミが寝ていることを確認したスズメはこっそりと部屋を抜けだしクロトの部屋のドアをノックする。


「刀姫…?もうお休みになったのかと」

「…ちょっといい?」


スズメは庭の方向に視線を向け歩き出した。

 突然の誘いにクロトは不思議そうにその後に続いた。

 庭に着くとスズメは木刀をクロトに渡すと設置されている椅子に腰かけた。


「タクミ、昼間に結構刀に興味あるみたいで。本人が言い出した時のために…どっか鍛冶屋とか当てってみてくれない?」

「別に構いませんが…刀の技術は口蛇の契約で持ち出せないはずですよね?」

「刀でなくても…まあ、鍛冶師とか、アイテム制作とか、タクミにはそういうの向いてる気がしたから」


自分のごつごつした手を握りながらそう答えるスズメに、クロトは笑顔で近づいた。


「ちゃんとタクミ君のこと考えてあげられてるじゃあないですか」

「お姉ちゃん…だからね」

「立派です。確か村の鍛冶屋の人が面度見のいい方なので、見てくれると思います」

「それならよかった」


スズメはほっと安心したように一息つくと、立ち上がり空を見つめる。

 星が輝く空に手を伸ばして彼女は問う。


「ミーシャはいつ帰ってくれるの?」

「明日の夕方ぐらいには合流出来るかと」

「協会からは?」

「特に変わった情報はないですね…でも、追い詰めているのは確実です」


ビギルを倒す。スズメの中で一つ大きな目標が出来ている。

 それはタクミのためであることは明確だが……それでも今まで誰かのために怒るスズメをみたことは無かった。

 クロトはそんな彼女の成長に複雑ながらも嬉しい感情を抱えていた。


『にゃーぁー』


そんな時…森の奥、ヤマネコの声が響く。


「珍しいですね……ヤマネコ様がこんな近くまで」

「どうせ私かタクミを隠れて見張ってるんでしょう。あのデブ猫」

「まあまあ…ご加護があるってことで」


少しイラッとした様子のスズメをなだめるクロトの言葉に、スズメは早足で館に一度戻り、早足で戻ってきた。

 片手に持っている籠には果物がたくさん入っており、庭の端にそっと置いて森に向かって告げた。


「タクミを助けてくれたお礼」


そう言ってスズメはイライラした様子で館に戻って行った。

 クロトは呆れつつも、森に向かって一礼しスズメの後に続いた。


翌日、その籠は空になっており…籠には大きな肉球の跡がついていた。

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