第6話 実力

刀姫の宣戦布告から1週間、それまで無いに等しかったビギルの足跡が次々と出てくる。

 やはり、ビギルを匿っていた者がいたが…刀姫が全面的に出てきた今、それが出来なくなってしまったのだろう。

 追い詰められたビギルは強硬手段で検問を突破しようとしたり、各地で事件を起こしては姿をくらましていた。

 その行動と情報のラグが段々と少なくなっていく……ビギルの行動を先読みすることも出来るようになって来たある時。

 スズメたちは館で久々に任務に出る準備をしていた。

 第一目標はビギル……とはいえ、情報が不確かなまま刀姫が頻繫に動くわけにもいかず、通常通り依頼を受ける必要もあった。


「…」


荷物を詰めている横でタクミは不思議そうにスズメを見つめる。

 今回は野営も必要なため、道具はいつもより多め……冒険者が必要とする基本的なセットに加えパーティーで一番力持ちのスズメが多くの荷物を持つこととなった。

 一番小柄なスズメが自分の身の丈ほどのバックを坦々と準備している様子はまさに異様ともいえるだろう。


「お姉ちゃん…手伝う?」

「…そうね」


スズメが気になって仕方ないタクミのためにスズメは冒険者セットのリストを渡した。


「これちゃんと入ってるか確認できる?」

「うん!」


タクミは目を輝かせて冒険者セットの出してはリストと睨めっこする。

 可愛らしい姿にスズメは思わず笑顔になりつつ、最後にサバイバルナイフの確認をした。


「っ……」


少し年表の入ったそのナイフは、スズメが最初の任務を終えた時にミーシャとクロトからもらったお気に入りのナイフ。

しかし…頻繫かつ長く使っているせいかガタが来ている。今回の使用で限界だろうと判断した。


「新しいの…どうしようか」


任務帰りに街によって買うなどの案が出る中、ふとタクミに視線を向けた。

 最近彼は街の鍛冶屋に弟子入りし、家庭教師の事業の合間にブラックスミスを教わっている。

 成長には驚くものがあり、鍛冶屋の主アルドゥー曰く「2ヵ月もしたら自分を超える」とのことだった。

 アルドゥーは少し大袈裟なところはあるが…タクミの器用さと作ることへの才能はスズメと同じ他とは一線を画すものがある。

 天からの授かりもの…そうとしか思えない才能に皆が関心する中、スズメだけはその際の異質さに気付きはじめている。


「タクミ」


冒険者セットを確認しているタクミを呼び、サバイバルナイフを手に取らせる。

 そして、スズメは彼の目の奥の覗くように真っ直ぐと言葉を伝える。


「宿題、私が帰ってくるまでこれと似たようなナイフを作ってみて」


アルドゥーに任せても同じようなものが作れるだろう。

 だが、あえてそれを幼いタクミに任せた。

 大切なナイフということもあるが…何よりもタクミが作ることに意味がある。

 才を見極めることでも、そして……


「うん!!」


嬉しそうに頷くタクミはナイフを抱きしめる。

 きっとタクミが作ったナイフは今までのミーシャとクロトのように自分が何処にいてもタクミと自分を繋いでくれるはず。

 そう思いつつ、喜ぶタクミの頭を優しく撫でた。


※※※


館を出発する前…スズメは森に来ていた。

 木刀と手にはまだ熟れてない果実……迷うこともなくどんどん森の奥へと足を踏み入れるスズメ。

 その時、突然スズメは何かを感じたように立ち止まると真上に果実を投げる。


「にゃぁー」


そしてその果実にヤマネコが飛びつきボリボリと食べ始めた。

 まだかなり固く味もそんなにしないはずのものを美味しそうに食べ終えたヤマネコはスズメに向かってお尻を向けてオナラをする。


「そんなに叩き切られたいならいいけど?」

「にゃぁー」


心のない笑顔を向けるスズメに対して挑発的な行動を取るヤマネコ。

 この二人、想像以上に相性が悪い。


「はあ…なんで館の周りウロウロしているのか分からないけど」


スズメは木刀を腰にかけヤマネコに頭を下げる。


「留守の間、タクミをお願い」

「……ゴロゴロ」


ヤマネコはしばらくその場に留まり、尻尾でペチペチと地面を叩く。


「それじゃあ」


挨拶を終えたスズメは館へと戻って行った。

 その様子をじっと見つめたヤマネコはそのあとにコッソリ続くのであった。


※※※


パーティー刀姫、冒険者協会の最大戦力にして切り札。

 パーティーリーダを務めるのは長い間二人組で活躍していた傍ら。

 炎の魔女、ミーシャ・クロイツ。

 そのミーシャと長年二人組で活躍していたエルフ。

 緑星、クロト・ラライヤ。

 そして、王国最年少かつ初の女性で剣聖の名を手にした。

 刀姫、天ノスズメ。

 構成メンバーは他のパーティーに比べ少ないものの、個々の圧倒的な実力から冒険者協会のトップに君臨している。


「大猪ねー」


今回の討伐目標である魔物化した大猪……山単位で食い荒らし、生態系を崩壊させているため、討伐要請が出た。

 その巨体は10m以上…単身で村や街を壊滅させられるほどの圧倒的なパワーで、並みの冒険者では手がつけられないとのことだった。


「酒の当てになればいいんだけど」

「大きいと大味になってしまうと聞きますが…どうでしょうね」


と、言った感じで…刀姫のパーティーにかかれば既に調理の方法を考えられるほどの余裕がある。


「まあ、大きいし肉は取れるよ。焼いたり…鍋にしたり…燻製とかもいいかもね」


ミーシャが一人調理に悩んでいる中、荷物をもって進んでいたスズメが思い出したかのように振り向きミーシャに聞いた。


「ウィルナスに肉、送れば。この間のお礼もあるし」


刀姫の戦線布告を裏社会の隅々まで素早く情報を流してくれたウィルナス。

 その言葉を聞いてミーシャはしばらく考えると…


「まあ、それもいいかもね」

「ちゃんと会ってお礼したいけど、中々忙しいみたいだし」

「ま、まあ…産業都市の裏も表も握ってたらそうもなるよ」


スズメの言葉にミーシャは若干冷や汗をかく。

 というのも、ウィルナスは刀姫との面会を断固拒否している。


『敵を作りやすい顔をしている私が、刀姫様にお会いするなど!!おこがましいです!!』


と…言っているが、本心怖くて仕方ないのだろう。

 それを直接スズメに伝えるわけにもいかないミーシャは「忙しい」ということで誤魔化している。


「しかし、妙ですね」


クロトは足を止め周りの草木を見る。

 枯れ始めている大地は大猪が食い荒らした証だが……異様に早い気がする。


「……これ、二体ぐらいいる気がします」

「ええ……そんな食べれないよ」

「二体……」


報告では大猪は一体とされている。

 だが、食い荒らされた山を進んでいると一体ではないような痕跡が次々と見つかる。

 生え始めのような毛……大きな牙の跡と、それより二回りほど小さい牙跡。


「子供…ですかね」

「子供の方が美味しそう」

「ミーシャ、少しは真面目にやって」


痕跡を探す中で子供の大猪が一体、そして母親らしき大猪が一体の合計二体がいることが判明した。

 そこで刀姫のパーティーは二手に分かれて大猪を討伐することになった。

 単身でも問題ないスズメが子供の大猪を追う。

 そして詠唱に時間がいるミーシャとサポートのためにクロトが大人の大猪を追うこととなった。


母親の大猪を追跡しているクロトとミーシャは痕跡を頼りに道を進む。

 山を食い荒らしている。その言葉は比喩表現ではないことを進むごとに実感する。

 なぎ倒された木々…乱雑に食い荒らされた動物の死骸、山が悲鳴を上げているように冷たい風だけが道を横切る。


「ひどいわね…」

「ええ…早く見つけましょう」


道を急ぐ二人は森を進み川辺に到着した。

 足跡はこの付近で曖昧になっており、二人は同時に同じことを考えた。


「これ、誘い込まれた?」

「そのようですね…ずいぶんと賢いようです」


クロトは素早く弓を持ち、周りに何かの種を撒く。

 そして、ゆっくり目を閉じ長い耳を少し動かしながら索敵を始める。

 数秒……クロトは微動だにせず音を聞いていると――


「西方向30m先で猪が足踏みしてます。こちらに突進してくるかと」

「分かった」


ミーシャはクロトが撒いた種の付近に立つと詠唱を開始する。

 それと同時に木々が倒れていく音が聞こえる。

 音は段々と近づき、クロトは近くの木に移動し弓を6発放った。

 その全てが正確に猪の急所に当たるも、脂肪が多いせいで浅い……

 矢は目にもあたったが、片目が潰れたぐらいでは怯む様子もない。


「ミーシャ、とんでもなくタフです。山火事を気にしている場合ではないかもしれません」


情報を聞いたミーシャは詠唱を変更しそれと同時にもう一つ別の詠唱を始める。

 複数の詠唱を同時に出来る人は少なくはない……だが、ミーシャは発動時点で既に3つの詠唱を開始しており、それに4つ目を追加した。

 3つの同時詠唱が可能なものは天才…そこから先は人間種では一握りもいないほどの才能……だが4つの魔法を詠唱しているミーシャはまだ余裕がある。


「森の精霊に告げる……我、森林を支配するものなり」


クロトは矢を放つと同時に精霊術を行使し、先ほど撒いた種から途轍もない量の木がまるで流れるように芽生えめる。

 巨大なツルの植物も同時に生え、猪の行く手を阻むと同時にその巨体を縛り上げ空高く投げ飛ばした。


「ミーシャ!」

「膨張せよ!ウォーターフィールド!」


流れる川がミーシャの魔力によって水量が増えあたり一帯を湖へと変える。

 そして、ミーシャクロトに防壁を張り、自分を空へ浮かばせた。


「焼き尽くせ! ファイアーフウァールウインド!!」


空に浮いた猪はミーシャが放った魔法によってその巨体の数百倍ある炎の旋風によって飲み込まれた。

 一帯は高温により生成された湖が蒸発し雨雲を作る。

 旋風がおさまった頃には雨が降り出し、地面に巨大な骨が落ちてきた。


「ああ…肉欲しかったのに」

「お疲れ様です。とりあえず山火事の心配はなさそうですし…刀姫に連絡して合流しますか」

「スズメに肉は確保しておいって言って…当てがなくなっちゃうよ」


一仕事終えたミーシャは地面に寝そべりぐううとお腹を鳴らす。

 その様子に呆れつつもクロトはスズメに連絡を取る。


「スズメ、こちらは終わりました。そちらの合流します」


小さな水晶玉に声をかけるクロト、すると水晶玉が光声が返ってくる。


『今接敵したところ、合流任ポイントせた』


どうやらスズメも大猪と接敵したようで、クロトは骨をつんつんと枝でつついているミーシャに声をかけた。


「ミーシャ、合流しますよ」

「ねえクロト、こいつ。子供だよ」

「え?」


通信を終えたクロトは、起き上がったミーシャと骨を観察した。

 ミーシャのいうとおり、骨は未発達の部位も多く…子供と推定することが出来た。


「それじゃあ…今刀姫が接敵しているのは――」

「ちょっと急ごう」


ミーシャはクロトの背中を軽く叩き、スズメの魔力を探知して走り出した。

 子供でも報告にあった10m以上……20mに達するほどの巨体を持っていた。

 その成獣個体である大猪は―――


※※※


「…」


スズメは通信を終え突進してきた大猪の攻撃を軽々と回避する。

 突進する度山全体に振動が走る。

 かなり怒っているのか、パータンは単調…だが、攻撃範囲とスピードは通常では避けきれないほど。


「…こうじゃあないかな」


猛攻の最中でもスズメは何かを考えているように刀を少し振る。

 何かを探っているかのようだが…数十回と攻撃し地形が変わるほど戦闘しているが、大猪の攻撃はスズメにかすり傷すら与えられない。


「はあ…流石にすぐはダメかな」


スズメは多きくため息をすると、両手で刀を握り大猪と向き合った。

 今まで散々もてあそばれた大猪は本能的に怒りを覚えたのか、その場で激しく足踏みすると今までにない速度で突進してきた。


「ふう…」


凄まじいスピードでこちらに向かっている大猪にスズメは冷静に息を吐いて刀を大きく振り下ろす。

 すると、大猪の巨体が真っ二つに割れ大量の血が雨のように降り注ぐ。

 割れた死体はどん!と大きな音をたてスズメの後ろにあった壁にぶつかり、そのまま倒れた。


「違うんだけどな」


降りかかった血を拭いながら刀を見るスズメは深くため息をする。

 自分の技について……タクミの言葉を機に考えているが、染み付いた動作しか出ない。

 基本的な姿勢は学んだものの、技は見て盗んだに過ぎない。

 スズメは己の限界を感じはじめていた。


※※※


クロトもミーシャと合流したスズメは、一晩野営をすることにしてキャンプを設営した。

 夜ご飯は大猪の肉、味は……あまり美味なものではないらしく。


「弾力がありすぎてゴムみたい…しかも獣臭が酷くてハーブでも誤魔化せてない」


とミーシャ早々にもってきた酒を閉じふて寝した。

 味の感想についてはクロト、スズメも同じらしく…残った肉をどうするかと頭を悩ました。


「持ち込んで肥料にして、被害を受けた山に撒く…流石に手間が掛かり過ぎますね」

「いっそのこと明日ミーシャに消してもらったら」

「冒険者協会と相談になりますが、一番いい方法かもしれません…」


方針を決めたスズメは立ち上がり刀を持つ。


「水浴びしてくる。流石に臭くて寝れない」

「そうですね…警備は――」

「ミーシャ寝てるからそっちのほうがいいよ。いざとなったら声あげるから」

「分かりました。護身用にこれだけは持って行ってください」


そう言ってクロトはは種がいくつか入った小袋を刀姫に持たせた。

 スズメはそれを首にかけ近くの川辺へ向かう。


川辺の近くの茂美に着替えを隠しスズメは川で体を洗う。

 時より濃い獣臭が鼻をつき、もう既に何度も洗い流してはいるが、当分取れないと確信する。


「首だけ落とせばよかった……」


と、スズメは若干後悔しつつ夜空に視線を向けた。

 今頃タクミは寝ているだろうか……ご飯はちゃんと食べられただろうか?

 任務に集中していても、どうしてもタクミのことが頭から離れない。

 だから、任務中は余計にピリピリしてしまう。

 普段なら…ミーシャと同じぐらいの感覚で任務をしていたはずが、異常に集中してしまう。


「……」


これが自分にとっていい変化なのか、悪い変化なのか。

 その答えは出ない。だが……確実なのは――


「私はまだ足りない……」


技を磨く……スズメはそう決心し顔を叩く。


「しっかりしなさいスズメ…お姉ちゃんでしょう」


タクミのお姉ちゃんになった日。

 タクミのお姉ちゃんとして自覚を持った日。

 タクミのお姉ちゃんとして生きることの難しさを知った日……最近は自分の無力さばかり実感する。

 それでも……自分の刀だけは信じたい。そう思うスズメであった。

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