第14話 隠された血(3)
東方に存在する島国イズモ。
そこは口蛇という神獣の脱皮した皮が島となったとされている。
イズモでは結びと呼ばれる口蛇によって管理される絶対的な契約が根付いた土地だ。
代表的な契約に、イズモの技術を持ち出すことはできない。
いくら学んでもイズモを出たときには忘れ、文献や物も持ち出すことができない。
そんな国は代々口蛇と契約を結んだ将軍が治めている。
現在の将軍はとても優秀で、民衆からの評判もよく、家臣からも厚く信頼されていた。ただ一つの家を除いて。
『お前は天ノ家に稲を運んでくるか弱い鳥でありなさい』
天ノ家に生を受けたスズメが物心ついた頃に教わった言葉。
すべては家のため…自分の名前の意味を知ったスズメだが、大きく驚くことはなかった。
いずれ戦力になる兄や弟はとても厳しくも大事に育てられたことに対して、自分はいつも嫁入りし、天ノ家に稲を運ぶための道具として育てられた。
か弱い鳥でありなさい…天ノ家のために稲を運びなさい。
ずっと……ずっと、スズメは鳥であった。
※※※
「クロトさん!」
スズメの治療を指揮していたメイジの一人がクロトに気づいて手を振った。
クロトは検問から遠く離れた場所から一気に跳躍し、スズメに駆け寄った。
「治療の状況は!」
「間に合わせですが、止血は終わりました。ただ一時的なもので…私たちの魔法程度では急場しのぎにもならないです…申し訳ございません」
メイジの言葉にクロトは首を横に振った。
「止血だけでも助かります。あとは任せて兵士たちを遠ざけてください」
「はい!」
指示を終えたクロトは精霊術を駆使して治療を開始した。
だが、どう考えても即死しなかっただけで奇跡のような傷……このままでは助からないうえ、助かったとしても重い後遺症が残るのは目に見えている。
「っ――」
邪念を振り払いクロトはまず気づいた内臓の治療に取り掛かった。
治療魔法は万能ではない……いうならば自然治癒力を一時的に前借している状態。完全な再生を行うには専用の魔法陣と長時間の詠唱、莫大な魔力を要する。
精霊術は一般の魔法より本人への負担は少ない……が、それもスズメの体力次第。
「刀姫……こんなところで終わらせません」
治療に専念する中……クロトは違和感に気がつく。
それは折れてない方の手で握られていた刀……刀自体はすでに使い物にならないが、スズメはそれを途轍もない握力で握りしめ、微かではあるが、闘気を蓄積しているように見えた。
「まさか…」
まだ諦めていない……誰もがそうであるように、スズメ自身もそうだった。
重症で意識を失ってなお、ビギルを倒すために牙を研いでいる。
その事実にクロトは己を奮い立たせ、一つ一つ、着実に治療を進めた。
「全員検問の中に避難完了しました!」
その時だった、避難を監督していた兵士が叫んだ。
それと同時に周辺の空気が一気に熱されビギルの足元に巨大な魔方陣が描かれた。
「万象すべてを塵とかせ」
常人が気を失うほどの高密度な魔力がミーシャの周辺を漂う。
可視化できるほどに赤く光る魔力が頂点に達した時、魔方陣から一筋の光が天まで届く。
「インフェルノ!!」
超高温の熱線が天まで上り雲おも貫いた。
ビギルの体は真っ二つに焼かれ、引き裂かれた部分は炭化し、崩れ落ちる。
だが…それでもビギルは死ななかった。
炭化した部位を捨て、半分の体でなおまだ暴れていた。
体はまだ焼かれているが、以前ほど効いている様子はない。
「(っ―――炎に対して耐性を獲得している?)」
ミーシャはこれ以上自分の攻撃が有効でないことを知り一歩下がる。
他の属性の魔法を試す…としても、ミーシャは火属性魔法においては王国最強といっても過言ではない。
だが、そんな彼女でも弱点はある……火属性魔法以外の魔法は相性が悪く、相性を互換するためにはどうしても詠唱時間が長くかかってしまう。
スズメの攻撃……ミーシャの攻撃を受けてなおまだ立っている化け物。
これまでのパターンからして、一撃で仕留めきれない攻撃は逆に相手に耐性を獲得させるという厄介つき。
周辺のもろともすべて消し飛ばすなら今のビギルに熱線の雨を降らせることも可能……だが、後ろに兵士たちや負傷したスズメがいる現状ではミーシャは防戦一方。
「こういう時私って弱いって思うんだよね」
冷や汗をかきつつ、ビギルに向けて魔法を放つ準備をする。
クロトの力を借りて足止め出来るとして一体どれぐらい持つだろうか。
足止めしたところで、あの化け物を倒すことができるだろうか?
最善手はどこだろうか?もう…何も失いたくない。
失わず、切り捨てずこの場を切り抜ける手はなのか?
『姉さんは私より優しい人です』
ミーシャの頭の中に亡き妹の声が響く。
そんなんじゃあない……自分はただの欲張りだ。
どうしようもない化け物を目の前にして、後ろにいる人すべてを守りたい。
どうしようもないほど欲張りで、我儘。誰一人としてこの手のひらから零れ落ちてほしくない。
「ミーシャ」
いよいよ思考が追い詰められていたその時、彼女の肩に小さな手が乗る。
「スズメ?!」
そこには止血を終え簡易的な処置を済ませたばかりのスズメが立っていた。
折れた腕は植物で固定されているものの、骨が突き出ているその様はとても見ていられない。
足元もおぼつかない形で、ふらふらとしている彼女……それでも刀を握りしめビギルに向かっていく。
「だっ、だめ!!スズメ!!そんな状態じゃあ!!」
ミーシャは魔法を止めスズメの手を掴む。
だが、スズメはその手を優しく振りほどくと、真っ直ぐミーシャを見つめた。
「この先タクミが大きくなったら沢山のことが壁になると思う。その一つに山賊のアジトで望まれない生を受けたことも強く感じると思う」
スズメは刀を握りしめビギルに向き直る。
闘気を込め、刀を強化、同時に身体を強化し刹那のチャンスを狙う。
「そんな時胸はって言ってあげたいんだ。邪魔者はお姉ちゃんが断ち切ったって」
この過去が過去であるように。
未来と二度と交わらない過去であるように。
「タクミの嫌な記憶はここで私が断ち切る。それが今のお姉ちゃんに出来ることだから」
内臓が潰れているのは自分でもわかっている。
攻撃を受けた時、腕を犠牲にして受け身をとったが、それでも即死しなかっただけ運がよかった。
まして、簡易的な処置で立っている今は奇跡に近い。
それでも……それでもスズメの頭は妙に冴え、感覚が普段より研ぎ澄まされていた。
今ならわかる……どうすればあの首を斬り落とせるのか。
ボロボロの刃でも構わない。自分は今まで勘違いをしていた……切るっということは。
「これは私の刀……天ノ―――」
火炎から解き放たれたビギルが一直線に自分に向かってくる。
隙だらけ……あまりにも無防備なその体にスズメも真っ直ぐ跳躍し向かって行った。
「天ノスズメの舞!」
流れるような斬撃は一瞬でビギルの強化された皮膚や筋肉を切り、手足を切り落とした。
その威力に耐え切れなかった刀が粉々に砕けると、スズメは腰につけていたサバイバルナイフでビギルの首を切り落とした。
その一連の動作はまるで舞のごとく……その場にいた誰もが美しいと感じた。
ビギルの首は地面に落ち、肉体は崩れてゆく。
「もう二度と弟にかかわらないで」
地の落ちたビギルにそう告げると、スズメはふらっとその場に倒れ意識を失った。
すぐにミーシャが駆け寄り治療が開始され、避難していた兵士たちもクロトの指示のもと守りを固めつつミーシャを護衛する。
本人から真相は聞けなかった……だが、タクミの過去を断ち切るというスズメの目的は叶った一件であった。
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