1.5章 鳥をやめた日
第15話 その名前を与えられた日
ビギルとの戦闘で大きく負傷したスズメは、王都で治療を受け深い眠りについた。
あれから3日……一命を取り留めたスズメだが、後遺症が残る可能性は低くないという。
だが、それでも命をつなぎ留められたのは、ミーシャの役割が大きいだろう。
王都に移送する中、ずっとスズメに治療魔法をかけ続けた。
移送中、ミーシャの魔力が底を尽きるのは目に見えて明らかだった。
いくら天才ミーシャとはいえ、魔力に限界がある。
だが、彼女は無我夢中で己のすべてを振り絞ってスズメを繋ぎ留めた。
「以上、報告です」
「刀姫パーティーが2名意識不明……全体未聞の大事件だな」
報告を終えたクロトに、リューグは山積みになった書類を見ながらため息をつく。
「とりあえず二人とも容態が安定してよかった。クロトも疲れているだろう。しばらく休むといい」
「…ええ。ですが、リューグ。この事件ここでほんとに終わりですか?」
ビギルが死んだことにより、この事件の幕は閉じようとしている。
もしかすると、ここまでが黒幕のシナリオだったのかもしれない。
この事件に関わった多くのものがそう思っているにも関わらず、事件の幕はゆっくり下りている。
「貴族派閥も王族派も今回ばかりは口を揃えて事件を終わらせることを望んでいる。これは内部に潜んでいる黒幕の影響もあるが、何より国民の不安が大きいからだ。王もそう決断せざるを得ないだろう」
「私たちも水面下で動くしかないですね」
「ああ、諦めはしないさ。野放しするときっと後悔することになる。そんな予感がするんだ」
リューグは書類の束から一つの報告書を手渡した。
それはビギルの遺体の解剖結果だった。
体は魔物のように変質していることがわかるが、それにしてもあそこで強大な力を出せた理由が分からない。
そして、クロトたちが対峙した子供のような魔物……その魔物からは魔物より人の特徴が色濃く表れていた。
「……謎ですね」
「単純に魔物化して強くなったでは結論付けることは出来ない。そして、ビギルの遺体からは血液がほとんど残っていなかった。もしかすると、力の根源は血なのかもしれない」
「血と魔物……太古に滅びたヴァンパイアとかでしょうか」
「その線も考えたが、魔力の特徴が一致しなかった。もっと深い何かがあるのかもしれないな」
大人の悩みは絶えない。
多くの問題を残した現状を一気に片づけることが出来ないのは二人ともよくわかっている。
だからこそ、一つずつ取り込んでいく…今最優先は――
「刀姫はまだ目覚めないのかな?」
「…はい。一命は取り留めましたが、意識が回復しないですね。ミーシャは一日の大半を寝て過ごしています。魔力が戻りきらないのでしょう」
「そうか…心労が多いだろうが、お前まで倒れたらそれこそ刀姫パーティーは全滅だ」
「ええ、ゆっくりさせて頂きます」
クロトは苦笑いしつつ、部屋を後にした。
そして、自室に戻ったクロトはまだ途中の手紙に手をつけた。
エルフの森に送る手紙……森が囁いていた神獣ユグドラシル、そしてその眷属であるカラクラという夢魔の妖精。
「謎は深まるばかりですね」
手紙の内容を思い悩んだクロトは窓の外をみつめた。
暖かい日差しが差し込む穏やかな日常。
守れたのだろうか?その疑問を心に押し込め手紙の続きを書くのであった。
※※※
スズメが目覚めないままさらに3日が経過した。
ミーシャは少しずつ眠る時間が減り、今では通常通り活動出来ている。
だが――
「しばらく魔法が使えない」
起きたばかりで背伸びをしながらサラッと衝撃的な発言をするミーシャに、クロトは唖然とした。
「まだどこか悪いのですか?」
不安そうなクロトとは別にミーシャはさも当たり前のことのように言う。
「クロトはエルフだし、精霊魔法を使うから分からないかもしれないけど…一般的な魔法使いには魔力回路っていうものが存在するの」
魔力回路、それは心臓を起点として全身に血管のように張り巡らされている魔法使いにとって生命線ともいえる器官。
最初は心臓付近でしかない回路を少しずつ全身に巡らせていくことから魔法使いへの道が始まる。
基礎中の基礎ともいえるその魔力回路だが――今回ミーシャはその回路が損傷してしまったということだった。
「ほら、体とか動かしてないところをいきなり動かすと筋肉痛になるでしょう?それ同じ。普段使ってない回路まで魔力を過剰に注いだから焼き切れちゃったの」
「焼き切れた回路はどうなるのですか…?」
「自然治癒でしばらくすると元に戻るわよ。その間魔法を使うと治りが遅くなるから使わないってだけ」
精霊魔法と一般的な魔法との違いに少し驚くクロト。
そもそも回路が焼き切れること自体珍しくない症状で、無理して戦った日の翌朝に焼き切れが発生した…なんてよくある話。
ただ今まで刀姫パーティーにそのことがなかったのは、単にミーシャが他の冒険者と一線を画すほど強固な魔力回路を持っていたからである。
「スズメは?」
「まだ目覚めてはいません。傷の状態はよくないですが…安定してきているので、命の別状はないと」
「そう…」
ミーシャは暗い表情を隠すように上着を羽織って立ち上がる。
「少し飲んでくる」
「ええ、あまり遅くならないように」
今回だけは注意のしようもないクロトは適当に羽織った服をきちんと直して送り出した。
刀姫の名前をパーティー名にしたぐらいスズメの存在は大きい。
だが…自分たち以上に今、スズメを必要としている人がいる。
「さて…」
クロトは悩んだ末に書き終えた手紙をエルフの森に出した。
そして、スズメが眠っている部屋に向かうと、思いつめた表情を隠し笑顔でドアを開けた。
「タクミ君、ご飯の時間ですよ」
「うん…」
スズメが眠る部屋…そのベッドのそばの椅子でずっと彼女が起きるのを待つ少年。
ご飯の時間以外その場所を離れることはなく、ただひたすらに祈るようにスズメの手を握り締めている。
「おねえちゃん…大丈夫だよね?」
もう何度も繰り返えされる質問は不安の現れ。
医者からは命に別状ないと言われても、目覚めない姉に心を痛める。
エルフは長寿で、数も少ない。そしてその多くがエルフの森で生涯を過ごす。
家族に囲まれ、ずっと当たり前だと思っていた変わらない生活……外に世界に出て如何に自分が恵まれていたか。目を逸らしたくなるほど痛感した。
「タクミ君……」
大丈夫と声をかけても、彼の不安が消えることがないのをよく知っている。
言葉なんてとても簡単だ。簡単だからこそ忘れられ、通じず、苦しむ。
人は人の苦しみを理解することなんてできやしない……伝わるのは言葉だけで、その痛みを共感することは出来ない。
「君のお姉さんは、この国最強の剣士です」
クロトはタクミの隣に座り、今までの冒険談を少しずつ話した。
はじめてスズメに出会った時……彼女は落武者のようにボロボロの装備と刀を持って森で暮らしていた。
光を失った瞳と、獣のように鋭い殺気。それだけで彼女がここにたどり着くまでにどれ程苦労したか伺えた。
最初会話を試みたが、言葉が通じず結局戦闘になった。
「私もミーシャも刀姫を侮っていました。子供一人に負けるはずがないと」
結果は大苦戦、パーティーとしての敗北を経験したのはそれがはじめてだった。
確かに手加減はしていたが……それはほんの一瞬のこと。
終盤になるとクロトでき近接戦で抑えることができず、ミーシャの援護を受けてなおまだ押される状況に陥った。
「最終的にスズメがこと切れたかのように倒れてしまって……それで命拾いしました。あのまま戦っていたら私もミーシャも命はなかったでしょう」
異常なまでの強さに驚きつつ、スズメを保護した二人。
そこからは長い時間をかけて心を開いて今に至る。
だが……スズメは自分がイズモに居た頃のことは何一つ話してくれない。
「東方にある島国の一つ。イズモの国は神獣口蛇が脱皮した皮が土地になったと伝えられています。その国では口蛇との契約は絶対です。だから話せないものだと思っていましたが……スズメはずっと苦しんでいるんでしょう。私はいつも傍観してばかりです」
エルフの森の使者として森を出た時、ミーシャに出会った時、スズメに出会った時……今までの冒険の中で何度も危険はあった。
だが……状況を傍観しているかのように、楽観している自分が居たことに気づいた。
「タクミ君。君のお姉さんは強いです。こんなところで終わる人ではないです。だから……一緒に刀姫を信じてあげましょう」
「…うん」
涙を飲みこみ、きりっとするタクミにクロトは笑顔で彼の頭を撫でた。
傍観者になんてなりたくない。だからこそ森を出た。
クロトは自分の思いを再び確認し、ゆっくりスズメに視線を移した。
「…みんな心配してますよ。お姫様」
※※※
スズメが意識を取り戻さないまま、2週間が経過しようとしていた。
定期健診で命に別条がないことはわかっている。
いつ目を覚めてもおかしくない彼女だが――
「…」
魔力回路の焼き切れが治ったミーシャは、「気になったことがある」と。スズメの体を魔法で調べていた。
「やっぱり、ちょっと見てクロト」
男性陣に後ろを向かせていたミーシャがクロトを呼んだ。
ミーシャはスズメの髪をかき上げ、首筋に蛇の模様の印が浮き上がっている様子を見せた。
「これは……」
「ちょっとイズモのこと調べたけど。これ蛇結びっていう最上位の契約なの」
イズモの国では口結び、指結び、蛇結びと3つの契約が存在する。
口結びは日常でもよく使われる軽い契約、蛇結びは産業などにも使われる強い契約…そして蛇結びは。
「蛇結びは神獣口蛇もその契約に加わる契約者2人もしくは口蛇本人と契約する一般人には絶対に出来ない契約。スズメの体に治癒魔法をかけている時気づいたの」
長い時間治癒魔法をかけている時に、スズメの体に魔力が全くないことに気づいた。
東方の人間の一部は神通力と呼ばれる魔力と異なる力を持って生まれるそうだが、スズメは本人からはそういう力はないと聞いていた。
そうなると、魔力が全くないことに違和感がある。どんなものであれ。この世界に存在するものには魔力が宿る。
それがない……それはあり得ない話だった。
「スズメは魔力がないわけじゃあない。隠されているの」
「なるほど口蛇との契約で何かを隠蔽されていると……」
「うん、口蛇と契約しているのは間違いない。だってスズメは天ノ流の刀術を使えているから」
イズモの国では口蛇と職人たちの契約で国外に技術を持ちだすことは出来ない。
だが、スズメは天ノ流の刀術を使うことが出来ている。
「もしかして、刀姫が目覚めないのは――」
「口蛇が絡んでいる可能性が高いかな」
「……」
タクミを異様なまでに気にかける神獣ヤマネコ。
先の戦いで謎の魔物を知っている様子だった神獣ユグドラシル。
そして、スズメと契約を交わした神獣口蛇。
こんなに神獣が人に関わることがあるだろうか?否、それはきっと偶然という言葉ではない。
「今確認中の情報ですが――」
クロトはミーシャに森で聞いた神獣ユグドラシルの眷属、カラクラが「赤き申し子」を探していることを知らせた。
ミーシャは情報を聞いて、クロトと同じ偶然ではない出来事が動きはじめていることを知る。
「夢魔の妖精カラクラが探している赤き申し子……うーん、謎が広がるばかりだけ――」
ミーシャはタクミを見つめ――いや、タクミに抱かれ気持ちよさそうにゴロゴロと鳴き声を出しているヤマネコを見た。
「何か知ってそうだけど、話してくれないよね」
「ヤマネコ先生…何かしらないですか」
ミーシャの言葉にタクミはヤマネコに話しかけた。
問は理解している様子だが、ヤマネコはそれに答えることなく、尻尾でペチペチとタクミの足を叩くばかりだ。
「教えてくれないみたいです…」
「だよね…さて。これ以上は仕方ないから、出来ることをやりましょうか」
ミーシャとクロトが部屋を後にし、タクミが椅子に腰かけた時――ヤマネコはスズメに近づきおでこに手を当てた。
「にゃあー」
すると片方の足でタクミを近づくように言う。
タクミは不思議そうにヤマネコに近づくとヤマネコはタクミの頭に手を当てた。
「ふぇ?」
何が起きたかよくわからないが、意識が一瞬途切れた。
先ほどまで居た部屋はなく……そこには知らない景色が広がっていた。
「こ、ここは?!」
タクミが慌てていると、ヤマネコはタクミの頭に乗ってポンポンと頭を叩いた。
「にゃあー」
進め……と言っているようで、タクミは知らない道を進み始めた。
ヤマネコ村の家と全く違う建物が並ぶ…本で少しふれた東方にイズモの国に酷似していると考えつつ、進んでいると。
「ひ、広い…」
とてつもなく広い屋敷にたどり着いた。
警備兵がいたため入ることをためらっていると、ヤマネコが先陣を切って進んでゆく。
警備兵たちは二人が見えていないのか、目の前を通っても気づくことはなかった。
「や、ヤマネコ先生どこにいくのですか――」
恐る恐るヤマネコの後ろに続くタクミは、縁側で座っている一人の少女に気づく。
容姿こそ今と違うが…それは間違いなく――
「スズメ、休憩は終わりですよ」
「はい…おばあ様」
女性に連れられ縁側を離れる少女……それは幼き日の姉、天ノスズメであった。
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