2章 故郷への巡礼

第18話 安否

刀姫パーティーが活動停止を宣言して早6ヶ月。

 ミーシャとクロトは個々で活動しているものの、刀姫である天ノスズメは療養中とのことで、世間では「戦線復帰不可」との噂も流れている。

 そんな中、王国では新たな刀姫として名前が上がったものが居た。


「マリア、王国騎士団最年少合格おめでとう」


マリア・アルトリアニアが王国騎士団に最年少で合格し、他を圧倒する実力を見せつけた。

 その華麗なる剣技は次の刀姫になりうると称賛の声が上がる。

 だが、彼女自身はその言葉を頑なに否定し今日も訓練に勤しむ。


「お父様…お父様は刀姫様の安否をご存じですか?」


いつもはとても嬉しそうに褒め言葉を受け取る彼女も、最近はとても不安そうにしている。

 父として嫉妬してしまうが、刀姫の技は確かに美しいと言えるほど可憐で磨きあげられている。

 ロイアスは咳払いしつつ、口を開く。


「……詳しくは知らないが、無事であることは知っている。少し落ち着いたら手紙を送ろうとしていたところで――」

「わ、ワタクシも手紙を送ってもよろしいでしょうか?!」


食い気味でロイアスの手をつかむマリア。

 これには彼も刀姫に嫌味の一つでも言ってやらねばとため息をつきつつ、マリアの申し出を承諾した。

 その手紙が届いたのは3日後――ヤマネコ村では今日もタクミが勉強を重ね、ブラックスミスの技術は村で一番となっていた。


「うーん」


たまたま館に来ていたミーシャはタクミが作った剣を見てサラに視線を向ける。


「これ、どう思う?」


サラはお茶を入れ、彼女に差し出した。

 精工に作り上げられた剣、たった数ヶ月で「ここまで到達するとは」と村の鍛冶士も泣く程の出来売。

 正直、王国騎士団に献上しても問題ない品だからこそ、彼の才能が恐ろしく。

 この村ではその才能を生かすことも出来ないだろうと確信している。


「タクミにはもっと広い世界を見てほしいです。でもそれが本人の望むところなのか分からないです」

「……」

「村で人に会う時、まだ少し怖がっている気がします。彼の傷は私たちでは計り知れないでしょう」


外の世界を知らず、ずっと盗賊団のアジトで奴隷のように暮らしていたタクミ。

 彼が見たはじめての世界は、好奇心よりまだ恐怖のほうが強い。


「まあ、本人意思だよね。勉強もサラが教えているから事足りてるし」

「私はそれで終わってほしくないのが本音ですね」

「……それタクミに言ってあげないよ」

「まだ時期ではない……かなと」

「…それもそうね」


ミーシャはタクミが作った剣を元の場所に戻すと、紅茶を口にする。

 瞬間ミーシャは顔色を変え、ゆっくりとカップを置くとサラを見つめた。


「サラ…友達としていうと。紅茶の入れ方もう少し勉強した方がいいかも…」


ストレートな言葉だが、サラは特に驚く様子もなく。今あるティーカップを下げ新しい紅茶を入れた。


「そうね。だから今入れて出してるの」


※※※


夕暮れ、スズメがボロボロになって戻ってくる。

 練習着として来て言った新品同然の服が破れ、泥を被り、擦り切れている。

 今回は木刀が折れていないが、数ヶ月前までは毎日一本折れていた。


「お帰りスズメ」


そんな彼女を出迎えたミーシャ。

 スズメはボロボロの木刀を手放し、館に踏み入れる。


「ごめん、待たせた」

「いいよ。いつも修行に行ってるのは知ってたから」


ミーシャは汚れたスズメをタオルで軽く包み込み汚れを落とす。

 傷が癒えてから間もないというのに、スズメは毎日ボロボロの状態になって帰ってくる。

 サラはかなり心配しているが、スズメをここまでコテンパンに出来る相手も決まっているので、ミーシャとクロトは特段心配などはしていなかった。


「今日クロトは?」

「別件で王都に行ってるの。私は転移装置の点検に来た感じ」

「そう…ありがとう」

「どういたしまして、お風呂入っておいで。ご飯食べながらゆっくり話そう」


タオルを手にスズメはコクリと頷きそのまま浴室へと向かった。

 ミーシャは館から見える森の奥に微かに感じる魔力をみて、今回の修行もかなり激しいものだったことを知る。

 相手は神獣…頼もしい師匠だとミーシャは笑顔を浮かべた。


※※※


「以上、不在の間の郵便です」


食事後、仕分けが終わった郵便物をサラが差し出す。

 細かい書類や、村に関すること…そして――


「ロイアスから……」


ロイアスと、マリアの連名で差し出された手紙に目を通す。


「あ、マリア様最年少で騎士団入りしたらしいね…流石と思ったよ」


ミーシャは食後のフルーツを口にしつつ、そうつぶやく。

 最年少で騎士団入り……彼女はスズメとした約束を果たした。

 指切りで約束したそのことはスズメももちろん覚えている。


「……」


スズメはしばらく悩んだのち、サラに返事の手紙を書く用意を頼んだ。

 必要な書類を確認しているさまは、立派な領主…まだまだサポートが必要だが、スズメは着実に成長している。

 戦闘の方は未知数だが、ここ半年どんなに疲れていてもタクミと一緒にサラの授業を受け、領地を治めるための勉強を欠かさない。

 冒険者を休業してから、スズメは水面下で力をつけているのであった。


「最後に……」


書類の確認と返信が必要なものが終わると、最後にロイアスとマリアの手紙の返事を書く。

 約束は必ず果たす。だが…スズメはまだ自分が目標としていることにたどり着けていない。


「…こんな感じでどう。サラ」

「拝見します」


サラは手紙を手に取り黙読する。

 しばらく確認したのち、スズメに手紙を返し…


「意図は十分伝わりますので、大丈夫かと」

「ありがとう。それじゃあこれでお願い」

「はい、では明日の便で手配致します」


サラは書類と手紙を預かり、退室する。

 手紙の内容が気になったミーシャはフォークを置いてスズメに尋ねた。


「なんて返事したの?」

「来年の誕生日に約束を守りに行くって伝えた」

「そう……修行の方はどうなの実際」

「手応えがないわけではない…でも、どうしてもあの感覚が掴めない」


あの感覚、それはビギルにトドメの一撃を入れた「天ノスズメの舞」自分の全てをかけた渾身の一撃。

 無我夢中で繰り出したその一撃は、スズメの中でずっと探し求めていた「斬る」ということへの答え。

 あの斬撃を普通に出せるようになりたい…と、日中は実戦、夜は座学と日夜追い求めているが、中々スズメが納得できる形になっていない。


「スズメもタクミもどんどん成長していくからお姉さんは嬉しいよ。しくしく」

「どういうこと……」


呆れつつもミーシャに視線を向けたスズメは少し気が付いたことがあった。

 ミーシャも妹弟がいたと聞いているが……どんな人たちだったのだろうか?

 今の面倒見のよいミーシャは長女だったからこその優しさなのかと、少し疑問に思った。


「そういえば、タクミの作った剣みた?」


スズメからの疑問を先にかわすように、ミーシャは台座に飾られているタクミが作った剣を指さした。


「うん、いい出来」

「スズメ的にはどうなの?タクミがこのままこの村でくすぶっているの」

「……」


今は自分のことで忙しくはあるが、タクミの成長は日々実感している。

 物を作るということへの明らかな異質な才を感じる。

 それは自分の刀術と同じような才能だろうとも思っている。

 だが――


「タクミが望むなら色々なことを学べばいいと思っている」

「様子見って感じ?」

「そうとも言えるかな。正直私にはまだ分からない」


正直、スズメもタクミの心境を全て理解してあげられないことに悩んでいる。

 本人ではないため、その体験をコッソリそのまま完璧に理解することなど出来ないが。

 時よりタクミは枕を持って自分の部屋を訪ねてくる。

 それはきっと…まだ恐怖がタクミの足を捉えているのだろう。


「切ってあげることは簡単……でも、自分で切らないと意味がないものばかりだよ」

「……いいお姉ちゃんだよ。スズメは」


逃げた先で思わぬ刺客に出会ったかのように…質問をかわすための言葉だったが、ミーシャはスズメ成長を喜んだ。


「今は聞かないけど。ミーシャも自分のこと教えてよ。妹弟のこととか。ぐれてた頃のこととか」


質問をかわしたことを見抜かれていたミーシャは、申し訳なさそうに苦笑いした。

 だが――


「あー……ね。うん。話すよもちろん。ただ…」


ミーシャは恥ずかしそうに頬をかくと、視線を逸らしながら口にした。


「ぐれてた頃は言えないかな…めちゃめちゃ恥ずかしい」

「……まあ、いいげと」


少し拍子抜けしたスズメは、お茶を飲みほし席を立った。


「先に休む。帰りは明日?」

「うん、また出る時に声かけるよ」

「分かった」


ミーシャとの会話を終え、自室に向かったスズメは一息つくとベッドに倒れた。

 修行……自分が求めている感覚。その答えは見つからないまま今日も眠りにつく。

 その様子を遠くの森の木から見ているヤマネコの姿があった。

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