第17話 その名前を捨てた日

スズメという名前に不満はなかった。

 その意味が例え天ノ家に稲を運ぶか弱い鳥を願われたとしても……自分には特別な才があった。

 幼きスズメは、兄弟に勝ったあの日……倉庫に閉じ込められていた。

 その時……声が聞こえた。


【こっちに来て】


何かの聞き間違いだと思い、その場でじっとしたが…それでも声は聞こえた。

 はっきりと、自分を呼んでいる声が聞こえる。


「……」


無意識だった。何もかも諦めていた自分に光が照らされた気がした。

 月明りが照らす中、何故か空いている倉庫のドアを開けそのまま声の方へ走った。

 ずっと、ずっと遠く……明け方になろうとした時、声の主は姿を見せた。


「契約を」


白い髪に鋭い目つき……二人の巫女を連れた女性がスズメを待っていた。

 右側の巫女には刀を、左側の巫女は大きな袋をもっていた。


「あなたは刀を選んで、自由を手にする。代償に故郷を失う」


右側の巫女は低い声でそう告げた。


「あなたは富を選んで、幸せを手にする。代償に自由を失う」


左側の巫女は嬉しそうに袋を開け、一生遊んで暮らせる程の金貨を見せた。


「どちらを手にしてもいい。その代わりいずれ私を助けてほしい」


白い髪の女性はスズメに選択を迫った。

 状況が理解できないスズメは、巫女を見つめるが…白い布で顔が隠れており、表情を伺うことは出来ない。

 だが、その巫女が口蛇の神社の巫女であることは理解できた。


「刀を……自由を手にします」


自分の才に気づき、それを求めたいと思った。

 この時スズメは何となくそう思った…と振り返るが、それでも運命のような何かを感じた。

 刀を手にしたスズメに、巫女は最低限の旅道具を与えた。


「ここから中央大陸を超えた先……ヴィクトリア王国に向かいなさい」

「ヴィクトリア…王国?」


はじめて聞く国の名前に、スズメが戸惑っていると、巫女たちが後ろに下がり白い髪の女性がスズメの首元に触れた。


「いずれそなたはここに戻ってくる。その時童を手伝ってほしい。童もそなたを助けよう」


女性はそのまま立ち去り、スズメはヴィクトリア王国を目指した。

 おおよそ1年半かけてそこにたどり着いた時…自分が契約したのは口蛇ということを知った。


※※※


「……」


長い夢が目覚め、自分の家の天井を見つめるスズメ。

 全身に痛みを感じる中…左手に温もりを感じた。

 視線を向けると、そこにはタクミが自分の手を握ったまま眠っていた。

 おぼろげな記憶を辿ると、ビギルを倒したことを思いだした。

 その後…おそらくこのケガでなんとか助かったのだろう。


「いたっ…」


タクミを撫でようと右手を動かすも、痛みが走るばかりで中々動いてくれない。

 これは重症だ…と笑いがこみあげてくる。

 今まで戦った敵の中でまぎれもなくて一番固く、強かった。

 切る度強度が増し、再生した箇所は耐性を獲得する敵など戦ったことなかった。

 勝った……と言い難い。最後に夢中で繰り出した天ノスズメの舞。あの感覚…斬るという感覚をはじめて知った気がしたが。


「あれ……また出せるかな」


感触はまだ残っている。だが再現できるかというと自分でも疑問が残る。

 闘気を研ぎ澄ましたその先……自分の知らない何かがある。


「ご、ご主人様…」


偶然様子を見にきたメイド長のサラはスズメが起きている姿を目にした。

 長い眠りから覚めた彼女は、タクミが起きないように静かに人差し指を口に置くと、小声で伝えた。


「白湯が……ほしいかも」

「はい…すぐにお持ちしますね」


サラは涙ぐみながらも嬉しそうに部屋を後にした。

 しばらくして、タクミの泣き声が聞こえたのは、また別の話だった。


※※※


タクミが退席した後、ミーシャとクロトがスズメの部屋に来た。

 持ってきた果物を切るクロトと、スズメをじっと見つめるミーシャ……

 なんだか気まずい空気が流れる中、スズメは口を開いた。


「天ノ家は、イズモの国にある三部の一つ炎に所属しているの」


イズモの国では将軍が国を治め、その将軍を助けるために三部という組織が存在する。

 炎、山、水それぞれの組織は、烈火のような強さを意味する炎。

 山のような富を意味する山。そし流れる川のような清らかさを意味する水。

 それぞれ軍事、経済、祭事を管理する部門だが……現在イズモの国は争いが少なく、軍事の炎は毎年予算を削減され、以前程の富や名声はない。


「その状態に軍事の名門天ノ家は謀反を考えるほど不満を抱いているってことね」

「うん。私は天ノ家の長女……兄が二人、弟が一人いる。天ノ家の中では女性は邪魔でしかなかったらしいの。本来私はどこかに嫁がされて天ノ家に稲という名の富を持ってくる鳥になる予定だった」


あの日…兄弟に偶然勝ってしまい、自分の才能に気づいた。

 そして、倉庫で閉じ込められていた時に口蛇が自分を呼びイズモの国から逃がした。


「口蛇との契約……それが何かは分からない。でも、その時が今でないことはわかる」

「……」


スズメの話を聞いたミーシャとクロトはしばらく考えこんだ。

 彼女が眠っていた間、産業都市の領主であるウィルナスに調べてもらいイズモの国が今どういう状態か知っていたからだった。


「スズメ、今から話すことは機密情報だけど。落ち着いて聞いて」


ウィルナスの調べによると、天ノ家が謀反を起こし、天ノ家の長男が将軍として名をあげ、その他勢力を制圧している途中だと判明した。

 その話を聞いたスズメは目を見開き「ありえない」と否定した。

 それは、天ノ家が出来るはずではない…というものではなく。


「天ノ家が将軍になることは出来ない…だって、将軍は口蛇と契約した人のみが与えられる名前なはず……」

「口蛇と将軍の契約関係は知っています。ですが…将軍と名乗っているということは――口蛇がそれを許したという解釈になります」


クロトの言葉どおり、口蛇が天ノ家を将軍として認めた…だが、ことはそう単純な話ではなかった。


「ウィルナスの情報によると、口蛇神社から将軍の襲名式典に巫女が一人も参加してなかったらしいの」

「巫女が一人も?式典は口蛇と契約を交わす場なのに……」

「口蛇自体も居たか怪しいから、多分何かがおかしい…としか思えないかな」


それ以上有力な情報はなく、イズモの国は現在厳しく情報統制がされている。

 物や人の行き来が極端に規制され、完全に封鎖されている状態に近い。


「王国はどう考えているの?」

「現在外交を担当している大臣からは様子見という言葉しかないですね」

「まあ、イズモの国自体元々交流があったわけではないからね…」


ヴィクトリア王国とイズモの国に国交はない。

 東方の島国の一つ…しかも鎖国しているところとわざわざ国交を持ち掛けはしないのが妥当だ。

 これ以上情報を得ることは難しいが、スズメは口蛇との契約関係にある。

 その契約が今でないなら一体いつなのか、不安はあるものの、話題はスズメの負傷に変わった。


「そのことだけど――」


スズメには休息が必要。それは明確だったが、彼女から出た提案は二人を驚かせた。


「…数年程時間が欲しい」

「数年?!」


休みの期間は長くても1年以上はかかるだろうと覚悟していたミーシャだが、数年という言葉に驚きを見せた。


「そんなに体動かないの……?」


医師の言葉では後遺症が残る可能性はあると言われた。

 その症状が想定より重いのか…二人の心配の中、スズメは首を横に振り否定する。


「ビギルと戦って思ったの。私は弱い。これからビギルのような奴らが出てきたら対応できない」


ビギルは特殊例だったとはいえ、未知の力が王国を脅かしているのは確か。

 そして、その力はタクミと深い関係にある。


「私強くなりたい。だから少し修行する時間がほしいの」

「…そういうことでしたら反対はしません。ですが、体が完治してからになりますよ」

「そうそう、焦ってケガしたら元も子もないから」


スズメの想定よりすんなり休みを承諾した二人。

 何だかんだ承諾してくれると感じていたが、二人にも何か思うところがあるようだった。


「修行って具体的に何を考えてるの?」

「色々、とりあえずサラに勉強教えてもらうつもり」

「それはよいことです。いっそのことイレイニア学院とかに通ってみては?」

「それはパス。王国最高峰の学院とはいうけど…私の戦闘の師匠は決めてるから」

「「?」」


師匠が決まっている……その言葉に疑問はあるものの、スズメの休暇は正式に決まった。

 その噂は王国中を駆け巡り、色々な場所で噂が立った。

 「刀姫はもう再起不能」などと根も葉もない噂が立つ中、スズメは歩ける程まで回復した。

 そんなある日……一人で木刀を持ち森の中へと向かった。


「…」


手にはモモの種。今スズメが住んでいる地域では栽培されていないが、一部で手に入るこの果実の種は、スズメが大好きな果物だった。


「ヤマネコ、いるんでしょう」


しばらく森を進むと、ヤマネコの気配に気づき種を投げた。

 すると、その種を受け取ったヤマネコは口に咥え不思議そうにスズメを見つめる。


「白蛇からの伝言。「あなたの力が必要な時が来ました」だって」


眠っている最中、口蛇の意思が伝わった。

 自分が好きな果実の種を持ってヤマネコのところに迎え…そして「あなたの力が必要な時が来ました」と告げろと。


「にゃあ」


ヤマネコはしばらく立ち止まり、種を見つめていると――その種をボリボリと食べ始めた。


「(なんのために強くなる?)」


種を食べ終わったヤマネコの言葉がスズメの脳内に直接伝わる。

 少し奇妙な感覚に一瞬驚いたが、スズメは答えた。


「か弱い鳥でいるわけにはいかない。大切なものを守りたい」

「にゃぁー」


スズメの覚悟を聞いたヤマネコは彼女の頭に乗ると尻尾でぺちぺちと顔を叩き前に進むように指示した。

 少しイラ立ちつつ、スズメは頭に乗ったヤマネコを抱きかかえ前に進んだ。


「よろしく師匠」

「にゃあー」


こうして、スズメの修行が開始した。

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