第19話 爪の獣

森の奥、人の侵入を拒むように生い茂った草木たちに隠された場所。

 高速で動く何かと木刀を持ったスズメが戦っている。


「ちっ!」


動きを目で捕捉することは難しく、高速で動く何かはまるで遊んでいるかのようにスズメに打撃を入れる。

 一方的に遊ばれている状況からスズメは抜刀を繰り出し相手の攻撃の刹那に3発斬撃を入れる。

 だが、斬撃は全く効いている様子はなく。相手はゆっくりとスズメの前に現れた。


「グルル」


銀色の体毛をもった大きな狼…隻眼の彼は背中にヤマネコを乗せており。尻尾をペチペチと叩きつけられながらもスズメに敵意を向ける。

 昔この森には3体の獣がそれぞれ縄張りを持っていた。

銀色の狼、雷光のように超高速で飛ぶ鷹、そして―森を制した猫。


「神獣の眷属……まあそりゃあ一筋縄ではいかないけど」


狼と対峙したスズメだが――その圧倒的な速度と頑丈さに呆れていた。

 ヤマネコが出してきた修行は狼に乗っている自分に一発いれること。

 最初は簡単だと思っていたが、この狼…なんど攻撃を入れても怯むことすらない。

 しかも朝から夕方までひたすら動きまわっているにもかかわらず疲れる様子もない。


「師匠なら少しぐらいアドバスくれてもいいんじゃあない…今のところ持久力ばかり向上してる気がするけど」


嫌味のようにあくびをするヤマネコに向けて、スズメは少し苛立ちをみせる。

 そんな彼女の言葉などどこ吹く風…ヤマネコは尻尾で狼の体を叩き、ゆっくりと地面に降りた。

 修行をはじめてから約1年…スズメも焦りを見せていた。

 1年で何か大きく変わることはないと思っていたが、ここまで進展がないと流石に気持ちも焦る。


「にゃあー」


その気持ちを知っているのかどうか…いきなりヤマネコは狼から降りて、ついてくるように言っているようだった。

 しばらくヤマネコのあとに続いて歩くと、大きな滝が見えた。

 森の奥にこんな場所が…と感心しているところ、ヤマネコは滝に向かった爪を出し斬撃を繰り出した。

 なんの変哲も動作から繰り出された斬撃は滝を割り地面を大きく切り離した。

 とてつもない轟音が響く中…唐突に見せられたその斬撃にスズメは何かを感じた。

 斬る…それは紛れもなく自分が求めていた物に限りなく近い。


「あんた…一体何者」

「にゃあー」


ヤマネコは足を舐め手入れすると、そのまま狼を呼びその背中にのって消えていった。

 今日の修行はどうやらここで終わりのようだ。


「……」


ヤマネコが見せた斬撃の跡に驚きながらも、その滝に向かって何度か素振りをする。

 滝を割ることは出来る…だが、あの斬撃は力みも予備動作も何もなく。

 人間に例えるなら自然に刀を振り下ろしたような形であそこまでの力を出すことは出来ない。


「強くならないと」


スズメはそう強く思い木刀を手に館へと戻った。


※※※


館で勉強していたタクミ。窓の外から大きな音が聞こえ、少し驚きつつ近づく。

 すると、ヤマネコが窓を叩き入れてほしそうに鳴いていた。


「あ!ヤマネコ先生!」


タクミは急いで窓を開けヤマネコを迎い入れた。

 館の中に入ったヤマネコはタクミのベッドに一直線に向かいそのまま枕に座った。


「ヤマネコ先生お菓子とってきましょうか?」


いつものようにまた遊びにきてくれた。そう思ったタクミは笑顔でそう問う。


「にゃあー」


だが、ヤマネコはポンポンと自分の前を前足で叩くと座るように促した。

 そして、タクミが座るとゴロゴロと何かを話し始める。


「えっと……つまり私に協力してほしいってことですか?」

「にゃあー」


話を終えたヤマネコに、タクミはしばらく悩む。

 そして、大きく頷きヤマネコの手を取る。


「おねえちゃんのためなら協力したいです…」


その答えを聞くと、ヤマネコは窓の外に向かい下で待機している狼に飛び乗るように指示した。


「え…こ、ここ3階ですよ!ヤマネコ先生!」

「にゃあー」


怖がるタクミを窓から突き落とし、「ひぃっ」と悲鳴が館の中のサラに聞こえる前に狼とともに姿を消した。


「タクミくん?」


彼の悲鳴がサラに聞こえた時…サラはタクミの部屋に入った。

 窓が開いたまま、勉強道具が散乱している…サラは顔を青くして急いでタクミを探した。


※※※


「タクミ様!」

「タクミくん!!」


夕暮れ…サラは人を集めタクミを探していた。

 村のどこに姿はなく、大人たちで森の探索に入ろうとしていたところ…森からかえってくるスズメの姿が見えた。

 スズメは、村人とサラの表情からして、何か起こったことを察して急いでサラに駆け寄った。


「どうしたの」

「ご主人様…それが――」


サラが状況を説明するにつれ、スズメの表情は青くし、森に走って行った。

 暗闇の中、タクミの影を必死に探す。

 何故森に?そんな疑問が浮かぶより先に、タクミの安否が分からない状況に手が震える。


「タクミ!!」


スズメの声が暗い森の中、水の溶けるようにゆっくり消えてゆく。

 静寂な森の中で虫の鳴き声と木々が揺れる音がスズメの不安を助長させる。

 無我夢中で走る中…森の奥地、先ほど修行していた滝までたどり着いた。

 人影はなく、水の流れる音だけが響くその空間に…突如として銀色の狼が現れた。


「…」


狼と無言でにらみ合うスズメ。

 次の瞬間、狼は一枚の布切れをスズメの前に叩きつけた。

 その布をみた瞬間、スズメは目を見開き木刀で狼に切りかかった。


「お前!!」


激昂するスズメの足元に落ちた布はタクミの服の一部――血が滲み出ているそれみて、狼がタクミを拉致したことを悟ったスズメは全力で狼を叩く。

 だが、今までと何も変わらない。狼の攻撃が通っている様子はなく、銀色の毛がなびき複数の残像を残しその場を走りまわる。


「―――」


スズメは怒りをなんとか鎮め狼に対峙する。

 目で追えないほどの速さと、あり得ない程の頑丈さ――1年間狼を倒せたことはなかった。

 でも――やらなければいけない。


「アウゥゥゥゥ!」


その時――狼は月に向かって大きく咆哮する。

 すると銀色の毛が逆立ち、周囲の温度が一気に下がった。

 滝が氷つき、周囲の空間が白銀の氷におおわれる。


「本気でやるってことね…」


一面を氷で覆った狼は冷気を纏いながらスズメの前に現れた。

 爪を氷で鋭くコーティングし、踏み入れるだけで大地を凍らせる程の冷気を身にまとい今までにない本気を見せる。


「天ノ流抜刀術…時雨!」


一年で培った刀術は確実に以前とは別のものとなっている。

 だが、いくらやっても狼にその刃が届くことはない。

 むしろ、狼は圧倒的に速さでスズメの攻撃をかわし。目の前を通りすぎる。


「くっ!」


冷気が体を浸食し、あっという間に片腕を氷で覆いつくす。

 だが、スズメは闘気を高め、強化した体で氷を割る。

 通常の冒険者ならここで詰みだが、刀姫という名前は伊達ではないということを狼は感心している様子だった。


「いい度胸ね…私の前で余裕のつもり?」


スズメは一瞬で狼と距離を詰めその体に三発斬撃を叩き込む。

 だがその斬撃は狼の体に届くことはなかった。

 今までずっと疑問に思っていた。いくら何でも硬すぎると。

 その理由が今――判明する。


「壁――」


狼は常に体を氷の壁で覆っていた。

 本来の狼の体はもう一回り小さく。高密度な氷の壁で自分を覆っているため攻撃が届いてもダメージはほとんどない。


「今まで隠してたのに、なんでこんなにはっきり見せるのかしら?」


スズメは氷の体に間髪入れずに斬撃を打ち込み後退した。

 今までは精密なコントロールにより、体と錯覚させるほどの壁を作りスズメを誤認させていた。

 だが今――その壁をはっきりと展開して守った。


『それは――お前の攻撃がもはや隠蔽しながれでは防げないからだ』

「っ?!あんた喋れたの…」


突然聞こえた狼の言葉にスズメは驚く。

 狼は氷の体をより強固に圧縮し、鎧のように纏った。


『お前はこの1年の修行は持久力が伸びたと言っていた』

『だがそれは違う。この一年間はお前の体を作る。準備に過ぎなかった』

『お前自身では気づかなかったようだが、お前の刀術はお前の体に向いていない』


狼は氷の鎧をまとったままスズメに近づきその木刀を氷で鋭くコーティングした。


『お前は気づいていない。お前に向いている動きを』

『天ノ流の刀術は本来男の体で再現されるために作れられたものだ』

『お前は一年間でお前が本来あるべき体をみにつけた』

『これが最後の試練だ。お前の舞を見せろ。この爪の獣の眷属たる氷狼に』


満月の昇る静かな森の中――その気温は著しく下がってゆき、師匠と弟子の本当の修行が始まったのであった。

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