第20話 神楽
冷気が漂う空間は呼吸する度肺に針が突き刺さるかのような鋭い痛みが走る。
闘気で体を強化する状態を維持しなければ一瞬で凍てついてしまう。
神獣の眷属…氷狼。その牙は今全力でスズメに向いている。
「天ノ流の刀術にかなり詳しいみたいだけど……どこでそれを知ったの」
『そんなことを気にする必要はあるのか?』
氷狼は速度を上げスズメに向かって攻撃を仕掛けた。
見て回避することは出来ないが、今まで何回も見てきた氷狼の走る動作を感じたスズメは間一髪で回避する。
その黒い髪が数本宙を舞い、スズメはカウンターで斬撃を繰り出すも…その木刀は氷狼の残像を捉えることもできなかった。
「ちっ…」
即座に構え直し、周囲を走る氷狼の攻撃に備える。
速度も問題だが、氷の結晶を反射させ残像を繰り出しているため…今だ全体を捉えることが出来ない。
速度に慣れさせない……氷狼の武器の一つであることがよくわかる。
それに比べ――天ノ流の刀術が自分にあっていない……ちゃんと教わった技術でない上、刀術は完全に我流。
今まで様々派閥の剣術も研究したが、いずれも自分に合うものはなかった。
ただ一つ――あの斬撃を除いて。
「すーっ」
息を大きく吸って構える。
出来るだけ自然な構え…刀術の基本となる構えは屋敷で練習する兄弟たちを嫌なほど見てきた。
これは、これだけは性別も種族も関係ない。
ヤマネコが放った斬撃も、人間で例えるならこの姿勢から繰り出されたはず。
かかとは地面に付けず、右足は前、左足が後ろ。両足の距離はこぶし一個分開ける。
木刀を握った左のこぶしがへその前にくるようにし、右肩が前に出るように半身に構える。
「どうしたの、来ないの?」
構えたまま氷狼の気配を追うスズメ。
目で追えないならそれ以外の全てを研ぎ澄ませ攻略する。
静かに目を閉じたスズメは感覚を研ぎ澄ませ氷狼の動きを感じとる。
左…右……だんだんとその速度と感じる気配の差が無くなったところに一気に叩き込む。
「っ?!」
氷狼を確実にとらえ舞い散る氷の結晶は胴体に半分以上を覆っていた氷の鎧を粉砕した。
だが、その氷狼はゆっくりと砕け散り氷像だったことを知る。
『惜しかったの。それに関しては対策済みだ』
5体ぐらいの氷像を作り出しスズメを囲い込む氷狼。
驚くスズメを他所に一つの氷像がスズメに近づく。
『何も闘気を使えるのは人間だけではない。こうして氷像に纏うことで疑似的に気配を作りだすことも出来る』
「せこい」
『なんとでも言え。まあでも――氷像を叩き割るのは予想外だな』
氷像は一歩後ろに下がると、他の氷像が一斉に動き出しスズメに飛びかかる。
一体一体の強度はまるで鋼のようだが、その素早い身のこなしは舞い散る羽のように。
闘気を身にまとい、体を強化し木刀にも闘気を込め一撃一撃確実に急所に入れてやっと撃破出来るが…それはただの氷像に過ぎない。
いくら倒しても本体の氷狼がいくらでも作り出せる偽物。
次第にスズメが捌ききれなくなってくると、本体の鋭い爪がスズメに襲いかかる。
『――!』
だが、スズメはその隙を待っていたかのように氷像の攻撃をかいくぐり本体の爪を木刀で受け流した。
他の冒険者より日は浅いが、確実に積み重ねてきた経験で身に着けたスズメ独自の技術。
流れるような動きで攻撃を受け流し強烈なカウンターを入れるのは人間でも魔物でも…それが神獣の眷属であっても変わらない。
「…?」
流れるような動作で木刀を氷狼の体に叩き込む。
刹那に氷狼は周りの氷像を集め防御壁を築いたが、スズメの一刀はそれらを容易く叩き割り氷狼本体の鎧さえも崩した。
大きく後退した氷狼はすぐに鎧を再生し立ち向かうが――スズメが追撃することはなく、何故か木刀を見つめ訝しげに素振りをしていた。
『どうした。鎧を砕いたぐらいで何を驚いている』
「……いや、なんか」
何度か素振りをするうち、その力は徐々に自然に込められるようになる。
自然に、可憐に…スズメは何か確信をつかんだように笑った。
「なるほどね…なんか少し分かった気がした」
スズメは構え直す。
今までと変わらない基本の構えだが…今までとは違う自然で洗練された構えに見える。
館の庭で刀を振っていた時があった。
その刀を振る姿をみて、タクミは「綺麗!」と言っていた。
刀に綺麗さなんてない…あるのは強さのみ。だからその時のタクミの言葉を理解することは出来なかった。
「イズモの国の祭事には神楽というものがあるの。知ってる?」
『なんの話だ』
「少し気になったことがあったから。神に捧げる刀の舞。それが神楽…もしかして――」
氷狼は続く言葉を聞くことが出来なかった。
次の瞬間、スズメは自分の目の前に立っており、その木刀は降り終わっていた。
自身の体は宙を舞い、氷の鎧は砕け散り朝日に照らされた結晶が輝いていた。
『――っ!!』
体に衝撃を感じた時には氷狼は地面に着地しており、その前には折れた木刀を持ったスズメが立っていた。
「タクミはどこ?」
『……』
ダメージは軽微…まだ戦えるのは確か。
だが――氷狼は冷気を解除し、大人しくスズメを近くの洞窟まで案内した。
そこにはヤマネコを抱きしめて静かに寝ているタクミの姿があった。
「にゃぁー」
スズメを見たヤマネコが挨拶のように手招きすると、彼女はその手を掴み投げ飛ばす。
そして、寝ているタクミを強く抱きしめそのまま抱きかかえた。
「今度タクミを誘拐したら本気で叩き切るから」
殺気だった表情でそう告げると、そのまま館へと向かっていくスズメ。
その姿をみたヤマネコは尻尾をふりながら静かに見送った。
『…納得はした。確かにあの娘は異質だ』
ヤマネコを背中の乗せた氷狼は静かにスズメの後ろ姿を見た。
『今までの修行と先程の戦闘で別次元の強さを手に入れた。気づいたのだろう。自分に適した型を』
『人間にここまで手を貸すのはよいことなのか、ヤマネコ』
氷狼の問に答える様子がないヤマネコは静かに背中か降りついてくるように尻尾を振った。
向かった先は少し開けた土地…そこには小さなモモの木が枝を伸ばしていた。
『我は人間に手を貸すのはゴメンだ。だが――お前が人間との約束を守るというのなら見届けよう』
『この細い枝が、大樹という希望になる日まで』
※※※
刀姫が冒険者を休業してから早2年――ロイアスの館にて稽古をしている二人の影が見える。
一人は銀色の髪をなびかせ剣と盾を持ち防戦一方…一人は黒髪をなびかせその美しい動作に見学している騎士団たちを魅了する。
「はぁぁっ!!」
防戦一方だったマリアが大きく踏み出し剣を振るう。
だが、その剣を流れるように受け流し自身の木刀をマリアの首に当てる。
「そこまで!」
稽古をみていたロイアスの言葉に二人は距離を取り一礼する。
そして、木刀を騎士に預けたスズメはゆっくりとマリアに近づいた。
「お見事でした。マリア様」
「いえ、まだ至らぬばかりです。ありがとうございます刀姫様!」
結局、稽古でマリアは一本も取れなかったが…その剣技は素晴らしいものだった。
タクミと同じ12歳――天才と言わざるを得ない実力だろう。
「刀姫殿、今日はわざわざありがとう」
「ロイアス騎士団長、礼には及びません。約束ですから」
スズメは軽く笑顔を見せたあと、更衣室へと向かった。
その後ろをマリアは急いでついていき、先程の稽古のアドバイスをもらっている様子だった。
「父親として泣けてしまうな」
「父上…そんなことより――」
少し涙ぐんでいるロイアスを軽く肘でつきながら副団長のアリアスは口にする。
「刀姫が再び冒険者に復帰すると聞きましたが、ほんとですか」
「声が大きいぞアリアス。まあ、そのうち噂になることではあるが――」
「心強い話ではありますが、2年前の事件で刀姫の名は風化されております。王国としても剣星の名前に不名誉な噂がつくのは望ましくないです」
刀姫の強さはいまだ健在…それどころか別人のように強くなっている。
それは今稽古をしていただけで、この場にいる誰もが理解できた。
だが――それを国民全員に見せることなど出来ない。
2年前の事件から刀姫が再起不能だとの噂が強く根付いており、復帰したとしても以前のような影響力を持たない…それは王国としても、ロイアスとしてもとても不都合なことだ。
「アリアス、1週間後首都で何が行なわれる」
「武神際ですが――まさか刀姫を出場させる気ですか?」
「それだけでは足りないだろう」
ロイアスは笑顔を見せながら出場者のリストを見せた。
そこにはロイアス・アルトリアニアの名前もしっかりと刻まれている。
「父上…まさか――」
「王国の盾、剣星ロイアスと刀姫天ノスズメの試合。話題性は十分じゃあないか?」
刀姫のため……とはいいつつも、彼女との試合を楽しみにしているようなロイアスに呆れるアリアス。
そんなことはつゆ知らず……スズメはマリアと談笑しながら廊下を歩いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます