第23話 武神際(1)

王国武神際が開催され、多くの戦士が会場に集う。

 ロイアスの計らいで特等席に座っているスズメは、戦士たちがウォーミングアップをしている様子を注意深く観察していた。


「……」


しばらく沈黙したのち、スズメは注目の戦士に目を向ける。

 ロイアスの娘…マリア・アルトリアニア。自分の実力を確かめるため前より参加を決めており、スズメと自分の父の親善試合のことは知らない。

 まだ経験が浅いものの、かなりの実力を有しているため上位者にランクインすることは間違いないとスズメは判断した。

 他にも注目選手を見る中で、一人――マリアと同じぐらいの年齢の女性が参加しているのを見つけた。


「クロト、あれ誰かわかる?」

「あの真紅の髪を持った参加者ですか?確か――」


隣にいたクロトは参加者一覧を見てすぐに彼女を見つけた。

 真紅の髪をなびかせ、短剣の整備をしている女性……マリアと同じ歳で参加してきた冒険者とのことだったが。


「冒険者の間では紅の悪魔と呼ばれているらしいですね」

「悪魔?」

「ええ、あの年齢で闘気の色彩を覚醒させているそうです。そして闘気の特性が希で沸騰した血のように赤く…それを纏って戦うことからその異名がつけられたとのことです」


戦士が使う闘気には段階がある。

 第一段階、闘気の覚醒。闘気を扱えるようになった証

 第二段階、闘気の色彩覚醒。闘気が色を帯びるようになり、熟練した闘気の使い手であることを現す。

 第三段階、闘気の特性覚醒。闘気を扱う際、特別な固有能力が付与される。種族によって偏りなどもあるが、人族はかなり幅が広い。

 第一段階は戦士としての基礎だが、その次からは武道を歩むものに大きな壁となる。 

 特性を覚醒している戦士は少なく、名だたる戦士の証ともいえる。


「名前は――クレア・スカーレットですね」

「……」


名簿を閉じたクロトがスズメを見つめると、彼女は楽しそうに笑顔を浮かべていた。


「彼女は強いですか?」


かなり丸くなったとはいえ、スズメは生粋の武人。

 強者に興味がわき、楽しくなるのは必然だろう……だが、スズメがここまで興味を示す人はかなり珍しい。


「あの子、面白い試合を見せてくれるよ」

「ふふ、楽しみにしてます」


クロトもまた武人……スズメの言葉に期待を隠すことは出来ない。

 そんなことになっているとは参加者たちが知る余地はなく、予選の組み分けが発表される。

 スズメとロイアスの武神際親善試合は優勝者が決まった次の日に開催される。

 それまでは武神際を観戦することになるため、二人はじっくり参加者たちの組み分けで優勝者を予想していた。


「そういえばミーシャは?」

「やはり興味がないとのことだったので、途中で宿に戻りました。決勝は見にくるとのことです」

「勉強になるのに」


ミーシャは近接戦闘を苦手とするため、技術を盗む的な意味でも観戦をすすめたが。

 彼女はやはり魔法を手段とすることが前提のため、武人とは相容れないところもある。

 そういう彼女は何をしているかというと――


「さてと…」


宿に戻った彼女は本を並べてイズモについて調べていた。

 王国で手に入る情報は片っ端から集めているが、鎖国していることもあり情報は極端に少ない。

 だが、一束の報告書には期待を持っている。

 それはロイアスから渡されたイズモの国の現状――最後にわかっているのは内乱が収まり新しい将軍が決まった。

 その将軍の式典には口紅神社の関係者が誰一人おらず…口蛇も参加しているか怪しいとのこと。

 スズメの話によると、イズモの国の将軍は口蛇と契約を交わし国を治めることを許された者とのこと…だからこそ、口蛇神社はもちろん、口蛇が参加していない式典で将軍が変わったとは考えられないという。


「新しい将軍は天ノ家の長男――っということは謀反に成功したってこと…でも、なんで口蛇は将軍の座に就くことを許したの?」


現在イズモの国統治しているのは天ノ家で間違いない。

 だが、それは口蛇が「天ノ家」を将軍として認めたことと同じではないはず。


「…」


資料を熟読する中、ミーシャはとある仮説を立てた。


「契約を欺く方法があって、天ノ家はそれによって将軍の座についてるのかな?」


口蛇と将軍の間で結ばれる蛇結びはイズモの国にでは絶対的な契約。

 それは破ろうとして破ることが出来ない契約で、人間が自分の意思で心臓を止められないような無意識にまで干渉する概念のようなもの。

 もし…その契約に口蛇でも関与できない隙がするとすれば――


「…まあ、でも口蛇は対策してるよね。約束の神獣…隙を許すわけが――」


イズモの国にずっと住み続けている口蛇、そして――その国で行われる全ての約束を知りうるものがなんの対策もなく武力制圧されるわけがない。

 今は不利に見えるこの状況…それも全て口蛇の計算だとすると――


「やっぱり口蛇のジョーカーはスズメってことね」


終点はそこ、何を考えているかは分からないが…口蛇は現状を打破できる手段としてスズメをイズモの国から逃がした。

 スズメに才能があることを見越してその時が来たら自分を助けてもらうために。

 ミーシャは考えがまとまったところで、今回の武神際で行われるロイアスとスズメの親善試合について一つ思い当たることがあった。


「……ロイアスまさかスズメをイズモの国に行かせようとしてない?」


わざわざ自分に調査資料を提供したこと。

 詳しくは知らないはずだが、スズメがイズモの国と何らかの因縁を持っているのは知っているはず。

 それを踏まえて彼女を送り出せるか見極めようとしている?


「…ありえるかも」


ミーシャは顔色を青くして杖を取った。

 確かにイズモの国に向かう時が来た時に王国の手助けは必要とする。

 だが――ロイアスはスズメを王国の使者として送り出そうとしているかもしれない。

 それはまた別の意味で面倒なことになりかねない。

 宿を出たミーシャは大急ぎで武神際の会場に向かうのであった。


※※※


「クロトは注目している人とかいるの?」


試合が進む中、クロトから名簿を借りてみていたスズメが聞いた。

 クロトの目は目利きという意味でもかなりいい。

 だが、クロト自身今回の試合で期待している選手などがいないように見えた。


「そうですね。期待している選手はいますが――皆私とは戦闘スタイルが違うので評価が難しいですね」

「精霊術を使うことと関係している?」

「ええ、精霊術を行使していない時でも常に精霊術を使えるか否かは確かめておく必要があるので、私は他の戦士より場所にこだわる傾向があります」


世界には地脈という大きな力の流れがある。

 その流れに乗っている場所でないとクロトは精霊術を使うことが出来ない。

 地脈の気配が薄い場所は確かに存在しているが…場所が限定されている。

 それでも地脈に左右される分場所によって威力や使える精霊術などが限られるという。


「確かにここの参加者たちは足場がよければどこでも戦えそうね」

「あと、私は基本弓を使うんですよ。いわばサポートです」

「嘘つき、近接でもかなりできるくせに」


スズメはクロトの足をみつつ、そう答えた。

 クロトは履いているブーツにサポーターを仕込んでおり、鋼程であれば弾ける強度で強力な蹴り技を得意とする。

 本人も闘気を特性まで覚醒されており、戦士としても一流であるが――


「あくまで私は弓と精霊術がメインです。蹴りはあくまで最終手段ですよ…」


と、本人曰く蹴り技で追いつめられる戦闘は望ましくないとのこと。

 スズメは時々疑問に思うが、自分がパーティーに加入する前…クロトとミーシャは一体どう戦っていたのか疑問でしかない。

 しかし…スズメは自分程の前衛が突撃してこない限り、二人が難攻不落の要塞だったことを知る余地はないだろう。


「そういえば、マリア様はどういう戦闘スタイルですか?」


スズメの視線に困ったように笑い、話題を変える。

 確かにクロトはマリアの戦闘スタイルを知らないとスズメは納得しつつ会場に目を向けた。


「父親のロイアスが完全防御型だから…少し影響されている部分はあるけど。一言でいえばカウンターかな」

「それ、刀姫の影響も受けてませんか?」

「まあ、私もカウンターが得意だけど――私のとは違うよ。盾で攻撃を受ける時に闘気を一点に固めて相手の攻撃を跳ね返すのが得意なの」

「わざと攻撃をうけて体制を崩すっということですか」

「そう」


スズメが稽古をつけた時に格上相手でも正確に攻撃を跳ね返す技量…血のにじむような努力をして、何度も格上に挑み続け習得したマリアの強み。だが、問題は――


「体制を崩した後が問題かな。連撃にも対応は出来るけど…決め手に欠けるところはある。今回の大会ではそれが改善出来ていれば優勝出来ると思うよ」

「刀姫がそこまで評価するとは…楽しみですね」


マリア出番が近づく中、参加者の中でもう一人注目していた、クレア・スカーレットの試合が始まった。

 相手は同じく冒険者の男性…マリアと同じ年齢のクレアは短剣を構え体格がいいモンクに立ち向かう。


「はじめ!」


試合が開始したと同時に、男は容赦なくクレアに突進し拳を突き刺すかのように繰り出す。

 相手はBランクの冒険者……刀姫パーティーなどの特異戦力を除いて冒険者のランクでは2番目に高い位置にいる。

 その拳は確実にクレアを狙って繰り出されるが――


「スピードアタッカー…」


男の前からクレアが消えた――と思った瞬間、腹部に強い痛みを感じる。

 強力な回し蹴りが男の腹部にめり込み、そのまま会場の壁まで吹き飛ばした。

 煮えた血のような色の闘気が蹴りの残像として残り、凄まじい一撃に観客席は唖然とする。


「くっ…」


男は壁に激突する間際受け身を取ることができ、よろけつつも立ち上がった。

 参加者の中で、誰もクレアを子供だと思っている人はいない。

 男も彼女の闘気の強さから最初から全力で殴りに行ったが――その拳はクレアをとらえることが出来なかった。


「まだまだ!!」


男は体に闘気を込めて再び距離を詰める。

 クレアの蹴りが再び来ると予想した角度にガードを固め辛うじてその蹴りを受け止めた。

 絶好のチャンスを逃すまいとそのまま足を掴み空中に投げ飛ばした。

 体格差があるため、クレアは抵抗虚しく空に舞い男は渾身の拳を構え着地を狙う。

 空中で軌道を変えるのも限界がある。着地の瞬間、どんなに早くても隙が出来る。

 速度で敵わないと悟った彼の判断は正しいが――


「エアリアルバースト」


クレアは空中で一回転すると、体制を立て直し何もないはずの空を蹴った。

 空中から凄まじいスピードで突進したクレア。

男は咄嗟に拳を繰り出すが――その一歩手前で再び空中を蹴り見事なまでのサマーソルトキックを決める。


「――」


男が白目をむいてその場に倒れ審判が男の気絶を確認する。


「戦闘不能!勝者クレア・スカーレット!」


勝者が確定し、見事な試合に歓喜にわく観客席。

 試合を見ていたクロトは思わず拍手するほど彼女の実力は素晴らしいものだった。


「すごいですね。あの蹴り技…闘気のコントロールが精密でないと出来ないことです」

「他の部分は分からないけど、脚を強化することがすごく得意みたいね」

「刀姫が見込んだだけありますね」

「うん、想像以上」


スズメは真っ直ぐクレアに視線を向けた。

 その視線の先にいる彼女は、スズメの視線に気づいているのか――スズメのいる方向をしばらく見つめ会場を後にした。

 優勝候補にあがるなら、必ずマリアと対峙するであろう人物だが――勝負の行方が楽しみなスズメは微笑みながら反対側の特別席に座っているロイアスに手を振った。


「やはりスズメも注目していたか」


反対側の特別席にいるロイアスはスズメの視線に気づいて手を振り返した。

 先ほどの試合、脚を強化することで空中を蹴る離れ業を見せたクレア。

 次はいよいよマリアの出番だが――もちろんロイアスはマリアが優勝すると予想している。

 それは親心でもあるが――スズメに稽古つけてもらって以来、マリアの上達速度には驚きを隠せなかった。

 いつか刀姫を超える剣士になる……その言葉が現実味を帯びてきたように感じたロイアスは笑顔を浮かべながら会場に目を向けた。


「スズメ、君も楽しみだろう。ちゃんとみてやっててくれ。娘の初陣を。」


選手入場口から盾を持ち、剣を腰に付けたマリアが入場する。

 王族の入場なだけあって、観客席はかなり盛り上がりマリアは緊張しつつも、にこやかに手を振り歓声にこたえる。

 試合相手はBランクの冒険者――槍を持った女性が手を合わせ一例したのち、マリアの前に立つ。


「手加減致しませんよ」

「ありがとうございます。こちらも全力で行かせて頂きます」


二人は互いに全力でいくことを誓い、鋭い眼差しを向ける。

そして――試合開始を知らす鐘の音が響く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

刀姫の刀鍛冶 白雪の無白 @Shiromuha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ