第21話 招待状
王国武神際、各地から腕自慢のものたちが集まってその実力を示す祭典。
だが、剣聖の称号を与えられたものはその実力を王国が認めているため武神際への参加は認められていない。
現在剣聖の称号を持つもので現役なのは2名。王国の盾、剣聖ロイアス。
そして歴代剣聖で最年少かつ初めての女性、刀姫、天ノスズメ。
「ただのお茶に誘うにしてはかなり用心しているだと思ったら―――」
王国武神際の張り紙を差し出されたスズメは、口につけようとしていたティーカップをその場に置く。
噂には聞く武神際に今年はマリアが参加する…その報告とともにサラッとロイアスとスズメのエキシビションマッチを提案された。
「親善試合とはいうけど、剣聖が戦うのはどうなの?」
「陛下は楽しみにしておられたぞ」
二人だけの空間で同じ武人同士ということもあり、二人は気兼ねなく話す。
だが、スズメはあまり乗り気ではないようだ。
「あなたと戦うのは気が進まない」
「それは何故かな?」
「あなたの闘気は防御特化。私は攻撃特化。言わば矛と盾の試合……めんどくさいでしょう?」
「ふむ」
その言葉に一理はある。
ロイアスは王国の盾と呼ばれるほど難攻不落の防御を持つ。
一方でスズメは全てを一刀両断する技の持ち主。
勝負自体も予想がつかないが……勝負がついてしまった時も国民の評価が分かれる結果となる。
ここ2年間で領主として勉強しているスズメの成長に、ロイアスは驚きつつ…
「個人的に2年間の修行の成果を見たからね」
渋るスズメに、ロイアスは一枚の紙を差し出した。
「この条件ならどうかな?」
その表情は無邪気で王国の盾でも、父としての姿ではなく、単純にいたずらを楽しむ子供のような笑顔を見せた。
スズメはその紙をみても心境の変化はないと覚悟していた。
どんな提案をされてもそう揺らぐことはない――だが――
「……」
「父として君の行動原理はわかっているつもりだ。どうかな?」
「はあ…誰もかれもタクミのこと餌にして――」
「君がわかりやすいだけだよ。マリアと弟さんのことを話している時とても嬉しそうだからね」
紙の内容はタクミの教育にとってとてもよいこと。
家庭教師であるサラのおかげで、一般的な教養と知識、そして特質したブラックスミスの技術を手にしているタクミ。
だが、彼があの小さな村で生きるには……あまりにも狭すぎる。
2年間……スズメもタクミのことを思い学校などに通わせることを考えていた。
そこで候補に挙がったのは王国最高峰の教育機関、イレイニア学院。
4年生のその学院での知識はきっとタクミの役に立つ……だが、問題が一つ――
タクミはスズメの義弟…タクミの身分を保証するため2名以上の貴族の地位を持つものからの推薦を得る必要があるのだ。
一人はスズメ自身で問題ないが――貴族とのコネクションが無かったスズメとしては少し難問ととらえていた。
「タクミの身分を保証してくれるだけでなく…成績上位者になればそれ以上の特典も――これあなたに得が無さすぎない?」
「マリアもイレイニア学院に進学を希望しているし、学友が出来るという意味でもいいと思ってね」
「……」
学友、確かにタクミは友達がいない。
村の子供たちとも馴染めていないため、ずっと家と工房の行き来ばかり。
年頃の男の子のように野原を駆け回って泥まみれでかえってきてほしい…というサラの願いとは反対に。
勉強を終えたら真っ先に工房に向かい、煤塗れで帰ってくる。
友達との遊びより工房で作った物をとても嬉しそうに目を輝かせながら話す姿は内心スズメとしても複雑なものがあった。
「推薦の件はまた別として依頼したいから、勝負とは関係ない感じでお願い。あと――」
スズメはティーカップに手をかけ庭を見つめた。
たくさんの花が咲く手入れが行き届いている素敵な空間――その空間を一番いい眺めで見られる今ここはとても恵まれた場所なのだろう。
「武神際では特等席を用意してくれるんだよね?」
「ハハハ…もちろん。試合がよく見える席を用意しよう」
こうして、今年の武神際は剣聖ロイアスと刀姫天ノスズメの親善試合が決定した。
※※※
王都から帰還後、ミーシャとクロトに親善試合の件を伝える。
二人は驚いた様子はなかったが――
「ロイアス騎士団、もしかすると別のことも考えてるんじゃあない?」
食後のフルーツに手をつけながらミーシャが語る。
その言葉にスズメもクロトも深く頷き同意する。
「表向きの理由……というわけではない提案です。ですが、何か狙っていることはありそうですね」
「結果によって左右されること…国民の評価とかは表向きに出てるし、内部。王族とか貴族とかの関係?」
スズメの推察にミーシャとクロトは顔を見合わせて笑う。
その様子を不思議そうに見るスズメだが、彼女が2年前とは別人になっていることを喜んでいるのは気づけていないようだった。
「まあ、いいや。ロイアスだし…悪いようにはしないでしょう」
「賛成、別に詮索する必要はないと思う」
「同意です。武神際…観戦できるのも含めて楽しめばよいと思います」
方針が決まったところで、サラがスズメに近づき、一通の封筒を差し出す。
「これは?」
「実は――」
それはウィルナス商会の印が押された封筒だった。
どこから聞きつけたのか、タクミのブラックスミスの腕を買って、長剣を一つ制作してみてほしいとのことだった。
「あいつ……金の匂いを嗅ぎつけたな」
ボソッとミーシャが不機嫌そうに果物にフォークを突き刺す。
その姿を見てクロトは「まあまあ」となだめる。
封筒の中身をみたスズメは、しばらく考えるとサラに封筒を返した。
「タクミまだ寝てない?」
「はい、自室で宿題をやっているかと…」
「ちょっと行ってくる。返事は待ってて」
スズメは席を立ちそのままタクミの部屋へと向かった。
残された3人は少し心配そうにウィルナスの手紙を見る。
「確かに長剣の制作依頼だけど…タクミくんは無名でしょう?わざわざウィルナスが依頼してくるのは怪しい」
ミーシャの言葉通り、産業都市ウィルナスの領主にして、巨大商会連合と裏組織…産業都市の表裏を牛耳っている。
だが、彼は自分で語るように欲深く金になる話には挑戦を惜しまない。
「タクミくんがそれ程才能を持っているということでしょうが…正直私としては――」
サラは言葉を続けることなくため息をついた。
村の子供たちや大人にも心を開けずにいる遊び盛りの男の子。
タクミは賢いし、過去は消えることはない。だから怖いのだろう…自分が無価値だと思われるのが。
勉強も熱心に頑張り、工房で成果を発揮して認めてもらおうとしている。
まるで「自分は利用価値があるから捨てないでくれ」と言っているように。
「刀姫にも考えがあると思いますよ。だって彼女はタクミ君の姉ですから。私たちより彼のことを分かってあげられます」
クロトは心配する二人をなだめ席を立った。
「私は先に休みます。明日は少し野暮用があるので」
「お休みなさい。クロトさん」
「お休みクロト」
クロトが去ったあと、ミーシャは少し複雑そうな表情でティーカップに手をかけた。
「……姉ね」
「ミーシャにも弟妹が居たって言ってたね」
「うん……弟とは喧嘩別れ、妹はもう居ない。いいお姉ちゃんではなかったよ。弟の気持ちを踏みにじったし。妹には最後の最後まで心配かけてばっかりで」
「…まあ、姉がお酒中毒だと困るよね」
「その時はまだ違ったし……まあ、でも――」
ミーシャはティーカップから手を放し、席を立った。
「スズメはいいお姉ちゃんだよ。私を反面教師にしてタクミには優しくしてほしいな」
「……ミーシャ」
サラは悲しげなミーシャに近づいて、席に座らせた。
「それはそれとして、紅茶は最後まで飲んで」
「もう少し上達してからにしてよ!!なんで私だけ練習台なさせられるの!」
「友達でしょう。ミーシャお姉ちゃん」
どうやらサラの紅茶の腕はまだまだ上達する余地があるらしい。
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