第11話 会談
王室入りが有力視されていたマリアの王位継承権放棄の発言に衝撃だったパーティーから2時間後。
月明かりが照らす庭園の一角に用意されたテーブルにロイアス、スズメ、ミーシャの三人が座っていた。
お茶を入れたロイアスが席に着くと、ミーシャは香りを楽しみながら口にした。
「美味しい…どこの茶葉ですか?」
「私が趣味で育てている茶葉ですよ。マリアが生まれた年に植えたものです」
「それは貴重なものを。ありがとうございます」
ミーシャの嬉しそうな姿を見て、彼は喜びつつお茶を口にした。
そして、スズメを見つめて質問する。
「それにしても驚きましたよ。刀姫殿に弟がいたとは」
「あまり話題に出なかったので。しかし、こちらも驚きました。マリア様が騎士団入りするとは」
「マリアは騎士ではなく、あなたに憧れているんですよ」
彼は紅茶を手にはじめてマリアと手合わせしたことを話す。
それは刀姫が冒険者として名を上げ始めた頃……王室入りのため、マリアは勉強に勤しんでいた。
だが、ある日……突然彼女は剣を持ってロイアスを訪ねてきた。
『お父様、私に剣を教えてください』
どちらの道も選択できるように……そう彼女は剣術を習い始めたが、その才能は如実に現れた。
早くから闘気を覚醒させ、剣術の腕を上げた姿を見てロイアスは確信した。
マリアは確実に強い剣士となる。このまま鍛えれば騎士団でも最上位の実力者になるだろう。
そんな彼女にロイアスは聞いた。
『マリア、君はなんのために剣を握る?』
その言葉にマリアは迷いなく答えた。
『私は刀姫様を超える剣士になりたいです。今まで女性で剣星を授与された人はいませんでした……あの方は私に夢を見せてくれました。だからその夢を掴みたいと思いました』
確かに今まで女性で剣星を授与された人はいない。
女性は比較的魔力との親和性が高くメイジになる人が多い…マリアも魔力との親和性が高く剣術ではなく魔法の方が向いていると言われていた。
だが、彼女は心の底から剣術に憧れていたのだと気づいた。
「父としてはがっかりでしたが……でもマリアの憧れは本物です。いつかホントにあなたを超える剣士になるでしょう」
「……楽しみにしてます」
マリアの話を終えると、ロイアスの表情が真剣になった。
その様子にスズメとミーシャもアイコンタクトを取り、いよいよ本題を切り出す。
「ロイアスさん、今回私たちパーティー刀姫はビギル逮捕のために動いています。あと数日すれば関所で紛争が予想されています」
「ええ、こちらからも支援をするつもりです。ですが――ご存知のように本隊を動かせば国同士のいざこざになりかねません」
予想していた答えにスズメとミーシャは理解を示した。
中央大陸の国々とは良好な関係を気づいているものの、逃した山賊を捕まえるために本隊を動かすことは理解を得ることは難しい。
「…この事件、裏でかなりの権力を握っているものが動いているのは確かです。逮捕の方か任せっきりになってしまいますが、今王国内でも少しずつ動きを見せています」
ロイアスは懐からいくつかの資料を出し説明を始めた。
貴族、王族問わず王国に関わっているものを洗い出している状態であること。
そして…王国の重要機関である『箱庭』が積極的に動き出していること――
「貴族、王族の洗い出しは任せてください。ですが…直接的な戦闘に関してはあまり手助け出来そうにありません」
「いえ、これほどの資料を見せて頂いただけで力になります」
ビギルの動向…裏で繋がっているである貴族、王族の目星。
ここまでの情報を集められたことも驚きであるミーシャだが、更にロイアスは一枚の紙を差し出した。
「これは偶然なのですが……今年の遠征訓練の場所が関所に近いところにあります。私は参加出来ませんが、私の息子……副団長が指揮を取っています。優秀ですので何か騒ぎがあれば駆けつけるかもしれませんね」
「ロイアスさん……あなた中々の策士ですね」
「ははは、なんのことやら。遠征訓練は任意参加なのですが…どうやら今回は前年度より多く集まった様なので訓練熱心な部下を持って団長として喜ばしいことです」
強力な支援を受けたスズメとミーシャはその後軽く談笑したのちロイアスの屋敷を後にすることになった。
馬車に乗りかけたその時……ロイアスはスズメを呼び止めると笑顔で話した。
「次は素顔を見せてください。武人としてあなたとは本心で話したいです」
「……」
その言葉にスズメは馬車から離れロイアスに近づいた。
「私もその手は信頼してる」
いつもの無愛想な口調ではあるが、それでも嬉しそうに握手を求めるスズメ。
その手をロイアスは固く掴んだ。
そして馬車が遠く見えなくなるまでずっと手を振り続けた。
※※※
冒険者協会に戻ったスズメとミーシャは迫るビギル逮捕のために別の支部にいるクロトと連絡をとっていた。
作戦の概要が決まったところで、話はスズメの装備に関する問題に変わる。
「ウィルナスに頼んでたけど……今回刀は手に入らなかったらしいの」
『今までこんなことはなかったのに、イズモの国で何か起きているのでしょうか?』
ミーシャとクロトの話を聞いて、スズメは大きくため息をついた。
そして、「推測だけど」と一言添えたのち、意見を話す。
「天ノ家の謀反だと思う」
「天ノって……」
ミーシャとクロトはスズメがイズモの国に居た時の話はあまり聞いていない。
本人が話したがらないというのも大きいが、最初出会った時のスズメはボロボロの刀と服を着た無法者のような姿をしていた。
生気がない虚ろな目に多くの傷跡……それだけで彼女がここに来るまでどんな思いをしてきたのか察するには十分過ぎた。
「……天ノ家はイズモの国にある武家の一つ。昔から自分たちの待遇に腹を立てていたから。それが今爆発していると思う」
粗悪品の刀でさえ手に入らない……それはその刀すら必要な大きな闘いがイズモの国に起きているということだった。
「刀は諦めるよ。しばらくは手に入りそうもないし…」
「……スズメ今はいいけど、その話詳しく聞かせてもらうよ」
その言葉にしばらく沈黙していたスズメであったが、ミーシャの鋭い視線に負けコクリと頷いた。
「あとでね…今は迫る戦いに集中させて」
申し訳なさそうに話を終えたスズメは頭をゆっくりと下げた。
気まずくなった空気は水晶玉越しで話していたクロトがなだめることでおさまった。
全ての会議が終わったのち、明日の集合場所にむけ各々休むことになったが――スズメはベッドに入ったミーシャの隣に座り彼女の頬を突く。
「私もう寝るわよ…明日も魔力使うんだから」
「…ごめん」
「いいよ、言えない過去の一つや二つ…私にだってあるんだから。でも―――タクミくんには隠し事したらダメだよ」
「うん……」
ミーシャは体を起こしてスズメの頭を撫でる。
昔を思い出し少し悲しそうな表情を浮かべつつ、自分の顔色を伺っているスズメに後悔を語る。
「……私にも妹弟がいたけど、妹とはろくに話せなかったし、弟とは喧嘩別れしたの。だから――言いたいことは言える時に言わないと。ずっと後悔する。スズメには私みたいになってほしくないの」
過去の話をしないのはミーシャも同じだった。
クロトと出会ってパーティーとして行動を始めた頃の話はよくするが……それ以前の話は全く口にしなかった。
そんなミーシャは妹弟に足して酷く後悔している様子に見えた。
「とりあえず今日は色々あったし、ゆっくり休んで明日に備えよう。クロトも私も過去を話さないくらいでスズメに失望したりしないから」
「……うん」
優しい言葉に安心したのか、スズメはゆっくり自分のベッドに戻った。
その姿をみてミーシャも微笑みながら「お休み」と口にして電気を消した。
窓から差し込むかすかな月明りが部屋を照らす静かな夜……別の支部で書類をまとめているクロトにも、館でみんなの帰りを待っているタクミにも、同じ月明りが差し込む。
そして―――逃亡している獣にも。
「クソ…どういつもこいつも!」
酒瓶を投げつけ怒りを隠せないビギル。
彼が潜伏している洞窟の中はガラスが割れる音が反響し、奥の暗闇で何かがうごめく。
「静かにしてろ!失敗作どもが!」
ビギルはそれらに対して石を投げつけ八つ当たりする。
子供程の背丈の何かは投げられた石を口に入れたりボーっと天井を見つめている。
言葉を理解しているかすら分からない何かに背を向けビギルは小さな瓶を取り出す。
「クソどもめ……絶対に見返してやる……」
小さな瓶は血のように赤い液体が入っており、月明かりに当たるそれは不気味に光っていた。
のちに記される関所での決戦の鍵となったこの液体。
隠された血がうごめき始める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます