第7話 夢は遠く
大猪の討伐を終え、近くの冒険者協会がある街に立ち寄ったスズメ一行。
街ですることは、冒険者協会に報告、装備品の修繕や買い足し…タクミたちへのお土産などなど。
ちょっとした雑務が立て込んでいる中、街についたミーシャは荷物をクロトに押し付け杖一本を持って―――
「もう我慢できない!飲みにいく!あとよろしく!!」
と、二人から全力で逃げるように事前に詠唱を完了していた移動魔法ブリンクを使って姿を消した。
もちろんクロトであれば音で追跡は可能であるため、ため息をつきつつ連れ戻そうとするが。
「いいよ、行かせてあげて」
スズメはクロトから荷物をとって恐らく移動先である場所に視線を移した。
「タクミの近くではお酒飲まないようにしてくれてたみたいだし。そろそろ限界とかは思ってた」
まだ心の傷が癒えないタクミにお酒の匂いというずっと嗅いできた過去の記憶を呼び覚ますきっかけを極力避けていたミーシャ。
極度のアルコール依存症のミーシャにとって数週間酒を断つことはかなりストレスであったことを知っている二人は呆れつつもその優しい心に敬意を示した。
「刀姫も大人になりましたね」
「そういうの分からないけど、仲間には優しくしたいだけ。行くよクロト」
「はい、参りましょう」
スズメの成長に笑顔を浮かべたクロトはその後に続いて冒険者協会へと向かった。
※※※
スズメたちが街に到着した頃…ヤマネコ村では、家庭教師の授業を終えたタクミが村の工房に向かう準備をしていた。
筆記用具、弟子入りの際にもらった小さなハンマーや小道具…それらを大事にカバンに入れタクミは玄関に立った。
そこには緑色の髪をポニーテールに結んだ家庭教師兼、メイド長であるサラが立っていた。
「タクミさん、準備はいいですか?」
「は、はい!」
まだサラが来て日が浅いこともあるのか、タクミはかなり緊張しているようだ。
サラ自身もそれには気づいており、彼のペースで自分に慣れてくれることは祈っているが…スズメやミーシャから聞いてたタクミの過去からすると、難しいことだと考えていた。
屋敷から出発して20分程……すれ違う村人が軽く会釈しながら挨拶をするが、タクミは上手く帰せずもじもじとしてその場に固まってしまう。
「約束があるのでこれで、またよろしくお願いいたします」
村人の挨拶にサラは丁寧に答え、タクミに手を差し伸べる。
タクミは震える手でそっとサラの手を掴み工房へと歩き始めた。
コミュニケーションに極度な難あり…サラは自分がこの村に来た日を思い出した。
サラは中央大陸で学者として多くの論文を提出し、一目置かれる名の知れた学者となった。
だが、その生活も長くは続かなかった。
中央大陸の貴族の一人に気に入られ、求婚されたが…色恋沙汰に興味の無かったサラはその場で断り貴族の逆恨みによってどんどんと追い詰められてしまう。
しまいには学者の団体から追放され……それでも研究を続けようとしたが、謎の嫌がらせにより日常生活も困難に。
学者を諦めて故郷である西方大陸に戻ろうとしていた時、ミーシャからの手紙で家庭教師を提案された。
彼女にとってメリットしかない提案に最初は友人であるミーシャを疑いもしたが、刀姫の庇護を受けられる。業務以外の時間は何をしても大丈夫、そしてミーシャからの推薦で西方の学術研究会に入れるというまたとない機会に恵まれた。
『サラ・マリアナです。よろしくお願いいたします』
ヤマネコ村に来た時、はじめてスズメと会った。
若いとは聞いていたが……まだ子供のように思えるスズメに驚いていると。
『天ノスズメ、よろしくお願いします』
スズメは短く挨拶をして頭を下げた。
噂では刀姫は性格に難あり……と聞いていたが、その影すらみれず、ミーシャを交えての話し合いの中でも彼女は終始弟であるタクミを心配していた。
話し合いの最後……サラは興味本位でスズメに質問したことがある。
『弟さん……タクミさんはあなたにとってどういう存在ですか?』
サラに兄弟はなく…今では頼れる身内もいない。
知識だけが全てだと思っていたサラにとってスズメとタクミの関係は未知そのものであった。
スズメはしばらく考えたのち、ゆっくりと話す。
『大事な家族…私、そんなに言葉が上手じゃあないから。あなたが納得する言葉で表現することは出来ない。でも…タクミは私の全て……かけがえのない存在なの』
今、タクミの手をゆっくりと引いている自分自身に疑問ももっている。
果たして刀姫が自分に求めている役割を果たすことが出来るのか…そして、自分はこれからどうするべきなのか。
サラもまた、悩みながらこの村で過ごしている。
「お、来たか」
と考えているうちに工房に到着し、アルドゥーが二人を迎える。
「今日もよろしくお願いします。アルドゥーさん」
「おう、サラさんはいつものところで休んでてくれ、さてタクミ今日もびしばし行くぞ!刀姫様が帰ってくるまでもう時間はあまりないからな!」
「は、はい!!」
タクミはサラにペコリと頭をさげ、アルドゥーに続いて工房の奥へと消えていった。
今…彼は夢に向かって進んでいる。
自分の役割……それはタクミの家庭教師で、タクミに知識を与えることを期待されている。
知識とは……単純に物事に対する情報ではない。それを分析し、理解し、時には同調することも必要だ。
タクミがこれから歩いていく道で選択をする時…後悔のない道を歩むために。
「…あなたから学ぶことが多いです。刀姫様」
サラは工房の近くの椅子に座り、ノートを開く。
日付を記録し、最初にこう書き出した。
【タクミさんは今日も元気です。時より刀姫様のことを聞いて不安そうにしていますが、ブラックスミス……あなたの採取用のナイフを頑張って作っています】
※※※
冒険者協会で依頼の報告やその他残務を終えたスズメとクロトは昼食と装備の修繕のため街へと向かった。
目についた定食屋に入ると、二人は日替わりランチを頼む。
「装備の修繕にはそこまで時間はかからないと思います。明日の夕方ぐらいには村に戻れますね」
「まあ、概ね予定通りね。私の刀の発注はして行いといけないけど…まあ村に戻ってからでもいいかな」
「やはり、ガタが来るのが早いですね…」
クロトが心配そうにスズメを見つめるが、スズメは仕方ないと言った表情で続ける。
「まあ、口蛇の契約でイズモの技術は流出防止されているからね。契約に引っかからない粗悪品だけしか手に入らないのは納得かな」
神獣、口蛇が住む東方の島国イズモ。
初代将軍と当時の鍛冶師たちによって、口蛇と交わされた蛇結びと呼ばれる最も縛りがきつい契約……それによってイズモの国で技術を学んでも、国を出る頃には技術に関する記憶が抹消される。
現在スズメが手にしている刀は粗悪品……壊れたものを乱雑に修理したもの、そもそも出来が悪いもの。
本来なら処分されるはずのものを産業都市ウィルナスの領主のコネで取得している。
「他の剣も試したけど……正直しっくりこない。そもそも私の技は刀を振ることを前提とした技だから。剣だと感覚が狂ってしまうから、粗悪品でも手に出来るだけマシ」
と、いいつつもスズメは気難しい顔で刀に手をかける。
「ウィルナスのコネで鍛冶師に補強してもらって、ミーシャに魔法で強化してもらってやっと使い物になるぐらいだけど…私には刀がないとダメ。今まではそれで満足してた」
「今まで…今は満足してないみたいですね」
「……正直限界を感じてはいる。技が二つしかない、どう足掻いても粗悪品しか手に入らない環境。私には私の戦い方が必要になってきてる」
大猪との闘いで何度か刀を振って思った。
あの程度の敵なら問題ない。
今まで通りの敵なら問題ない。
だが……それはあくまでも状況が何も変化しない楽観的な話。
「タクミも変わろうとしてる。だから…私だって変われるし、強くなって見せたい。あなたにもそう出来るって示してあげたい……そう思ったの」
「……刀姫は十分成長してますよ」
クロトは笑顔で答えるが、スズメは難しそうにため息をつく。
それでも、クロトは彼女を真っ直ぐ見つめ、言葉を送る。
「道は進むものにしか見えません。刀姫が道を進むのであれば、その先がたとえどんな困難であっても。私とミーシャはあなたのそばに居ます。そして今では私たち二人だけではないですよ。刀姫は多くの人から慕われてますから」
「……ありがとう、クロト。私なり少し考えてみるよ」
「いっそのこと、イレイニア学院に入学されてみては?王国でも最高峰の実力者が集うところです。刀姫にとってもいい刺激になるでしょう」
「…考えてはいるけど、学院に3年も縛られるのは私には合わないかな。まあでも道の一つとして検討はしてる」
色々な話をしている途中、店員が定食を手に近づいてきた。
「まあ…とりあえず腹ごしらえしてから。私あんまり考えるタイプではないから」
「そうですね。刀姫はとても行動的ですから。昼食を済ませたら早めに工房に向かいましょう」
そして、手早く昼食を終えた二人は工房へと向かい今晩の宿へと戻り、各々疲れを癒していたが……羽目を外していたミーシャが二人に合流したのは朝日が登る頃に戻りクロトに叱られたのはまた別の話である。
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