16

 一週間後、僕を詠役に任命する儀式が行われた。


「……リクを詠役に任命することをここに申し上げ奉る」


 タイガさんが御幣を振るう。それから、受け皿に注がれた聖水に指を浸し、僕の額にそっと塗りつけた。


 これで僕は晴れて詠役だ。


 祈祷が終われば、そこからは宴会の時間だ。小役と呼ばれる神事の幹部、広々とした座席に、コの字を描くようして膳が配置され、イズミさんをはじめ、神事関係者の奥さんや娘さんたちが台所から料理を運んできた。彼女らは儀式の前の晩から炊き出しの準備をしているというから頭が下がる。イズミさんにはそのことを先回りして詫びてあったけれど、「息子の晴れ舞台だもの。じっとしてろって言われたってそうはいかないわ」だなんて返されてしまった。


 イズミさんは気持ちいいくらいの笑顔で煮物や大盛りのごはんが盛られた茶碗を運んできた。一方で、ミオはずっと沈鬱な面持ちをしていて、僕の膳に料理を並べるときも目を合わそうとさえしなかった。


「主役がそんな顔をするもんじゃないぞ」サカナさんが僕に声をかけてきた。


「そんな暗い顔をしてましたか」


「世界の終わりのような顔だったぞ」サカナさんは笑った。「冗談だ。そこまでひどくはない」


「はあ」


「しかし、お前が詠役とはな」サカナさんは一転してしみじみと言った。「親が邪教徒ということで苦労もあっただろう。だが、よく頑張った。うん、立派なもんだ。その年で自分から詠役に志願するなんてな」それから、僕の背中を叩いて、「さあ、食え」


 僕は勧められるままご飯を口に掻き込んだ。それにしても、お酒が入ってるからかな、今日のサカナさんときたら妙にフランクだ。


 宴会も中ほどになった頃、僕はトイレを借りた。中で一息ついていると、廊下からイズミさんの声が聞こえてきた。


「ミオったらどこに行ったのかしら」


「あの、万が一ということもありますし、どなたかが探しに行った方がいいのでは……」


「そうね、わたしはちょっと部屋を見てくるから……」


 ミオがいなくなった? どういうことだろう。こんな状況で単独行動を取るなんて決して賢明な行動とは言えない。詳しい事情を聞きたかったが、何せ儀式の最中は女性と口を聞いてはいけない決まりだ。イズミさんたちと話すことはもちろん、ミオを探そうにも話しかけることもかなわないのでは、連れ戻すのも難しいだろう。


 僕は座敷に戻った。しかし、どうにも箸が進まない。何となく、縁側のガラス戸の外を見やった。


 すると、そこにミオがいた。給仕用の作務衣を身に着けたままだ。ガラス越しに目が合う。ミオは次の瞬間にはもう走り出していた。


「どうした?」サカナさんが問いかけてくる。


 僕は事情を説明した。


「ミオちゃんが?」サカナさんは目を丸くした。「よし、リク。追って来い」


「でも……」


「タイガさん」サカナさんが呼びかけると、タイガさんは頷き、その場でこう宣言した。


「さて、そろそろお開きにしようと思うが異論のある者は?」それから僕に向き直り、「ミオと話して来い。最近まともに口を利いていないと聞いたぞ」


 サカナさんも追い打ちをかけてくる。「そういうことだ。遠慮せず追いかけてこい」


 僕はその言葉に胸を打たれた。実のところ、サカナさんのことはこれまでちょーっとばかし苦手にしていたのだけれど、それは僕の至らなさが原因だったらしい。この島に悪い人なんていないんだ。


「ありがとうございます!」


 僕はそう言って宴会場を後にした。

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