3

 むき出しの地面を踏みしめ、木立の中へと足を踏み入れる。頭上には背の高い木々が葉を生い茂らせており、太陽の猛威から僕らを守ってくれていた。僕は遅れがちになってしまうミオの手をつなぎ、登山道を登り続けた。


「頂上まで行くの?」


 僕は頷き、そのときはじめて自分が山頂を目指していることに気づいた。


「そっか。イルカちゃんはあの場所が好きだったもんね」


 そうだったろうか。イルカは「好き」を惜しまない子だった。その一つ一つを覚えてはいられない。


 やがて視界が開けた。太陽と、海の青さが目に眩しい。これだけ高い場所に上っても、見える景色はそう変わらない。この島で最も高い場所は同時に僕らに孤独を実感させる場所でもある。僕らはどこにも行けない。


「イルカちゃんはきっと、あの海の向こうのどこからやって来たんだね」ミオはやけにセンチなことを言った。「イルカちゃんはもしかしたら、自分が住んでいた場所を探していたのかもしれないね」


 ミオは俯いた。


「いまだから言うけど、わたし、イルカちゃんのことずっとうらやましいと思ってたんだ。いつも元気で明るくて、存在そのものが眩しくて、わたしにないものを全部持ってる気がした」


「そんなことないよ。ミオにはミオのいいところがある」


 ミオは僕のフォローが聞こえなかったように続けた。


「わたしはイルカちゃんみたいになりたかった。なれない自分が嫌だった。イルカちゃんがイルカちゃんであることが妬ましく思えた」


 ミオは顔を上げた。その頬に涙が一筋流れた。


「わたし、どうしてそんなこと思っちゃったんだろう。イルカちゃんがいなくなったらこんなに悲しいのに。寂しいのに」ミオは目元を拭った。「かわいそうなイルカちゃん。自分がどこの誰なのかもわからないまま死んじゃうなんて。そんなのってあんまりだよ」


 ミオはさめざめと泣き続けた。ああ、どうしよう。やっぱりハンカチかティッシュを持ち歩いとくんだった。しょうがない。僕は少し躊躇ったけど、ミオの頭に手をのせ、よしよしと撫でてやった。


「大丈夫だよ、ミオ。だって、イルカはもうこの島の家族だもの。だからきっといまごろは極楽で僕らのご先祖様たちと打ち解けて楽しくやってるんじゃないかな」


「本当にそう思う?」


「きっとそうだよ。タイガさんがしっかり儀式をやってくれたんだから間違いないって」


「うん、そうだね」ミオは微笑んだ。「わたし、もう泣かないよ。これ以上泣いたらイルカちゃんが心配しちゃう」


「それがいいよ。ミオは笑ってるのが一番だ」


「ねえ、リク君。ひとつ訊いてもいい?」


「何?」


「イルカちゃんのこと好きだった?」


「好きだったよ。そうじゃない人がいた?」


 僕が言うと、ミオは少し困ったように笑った。


「そうだね。リク君ならそう答えると思った」


 山頂には、石で造られた祠がある。島民たちが天石様と呼んでありがたがっている祠だ。そのいわれは知らないけど、むかし、この島の偉い人がここで魔臼に襲われて果てたとかなんとかそういう話だ。なんであれ、島の人間はこの石を崇め大切にしている。


「お祈りして行こっか」


 僕が言うと、ミオは頷いた。二人で手を合わせてお祈りする。


「天石様。どうか、イルカちゃんが安らかに眠りますように」


「天石様。どうか、この島をお守りください」

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