4

 魔臼。


 この島のみに存在するとされる怪異。人間を襲う化け物。連中はこの島の歴史に度々姿を現しては、殺戮を繰り広げてきた。


 島には連中の姿を描いた絵が何枚も残されている。連中のシルエットは人間とほとんど変わらない。色は白く、体毛の類は一切ない顔はほとんどのっぺらぼうだ。目も鼻も耳もない。あるのは口だけだ。怖いか、と訊かれるとちょっと困ってしまうけれど、不気味か、と訊かれれば誰もが頷くだろう。


 ――魔臼は言葉を話すんだ。


 幼い頃、魔臼に兄弟を殺されたという老人はそう証言する。


 ――魔臼はその口で、言葉で人の心を蝕む。心に隙間を作り、そこからにゅっと忍び込む。それこそ鼠みてえにな。そしたらしまいだ。そいつは、抵抗の意思を奪われ魔臼の奴隷と化す。と言っても、連中が奴隷にすることは一つと決まってるがな。こう……きゅっと喉元に腕を取りつかせてな、そのまま絞め殺しちまうんだ。まるで鶏でも殺すようにな。それが連中の殺し方なんだ。人間ってのは絞め殺されると、ちんちんとお尻の穴が緩くなってな。何もかも垂れ流しになるんだ。大災のときにはそりゃあ、島全体がしょんべんとくその匂いで満たされたもんさ。死んだ連中には悪いが、これがくせえのなんのって。魔臼は死骸を残さず消えるが、人間はそうじゃねえ。残された人間は泣きながら死んだ人間のしょんべんやくそを掃除するハメになるんだ。だから、いいか。坊主に嬢ちゃん。しょんべんとくそを垂れて死にたくなかったら魔臼の言葉に耳を貸すな。魔臼の言葉に動じるな。魔臼の言葉に答えるな。


 老人はそう言って脅した。


 魔臼の出現パターンには波がある。数十年にもわたって鳴りを潜めていたかと思えば、わずか数日の間に集中的に現れ島に多大な被害を出すこともあったという。それがいわゆる「大災」だ。


 老人が子供の頃に経験した大災から数十年、島には「凪」が続いていた。魔臼なんてもう出現しないんじゃないか。そもそも、そんなものが実在したのだろうか。島にはそんな空気が漂っていた。


 ――いずれ痛い目を見ることになるぞ。


 老人がその言葉を身をもって証明することになったのはそれから数年後のことだった。彼は現実に起こった大災の最中で魔臼の犠牲となったのだ。


 老人はきっとしょんべんとくそを垂れ流しながら死んだのだろう。


 それが、いまから七年前。この島で最後の大災が起こった年だ。

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