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「リクです」


 襖越しに声をかけると厳かな声がそれに答えた。


「入れ」


「失礼します」


 襖を開いた。座敷の上座に作務衣姿のタイガさんが胡坐をかいで座っていた。タイガさん。ミオの父親にしてこの島の宿元。そして僕の保護者。元は学校の先生で、僕らが小学生のときの担任でもある。しかし、先代の宿元であるタイガさんの父親が急死したときに、宿元の地位を継ぐことになったのだ。


「今日はどうした」


「詠み合わせを行いたいのです」


「そうか」タイガさんは静かに答えた。


 詠み合わせというのは、宿元とその弟子がともに祝詞を唱え、記憶に誤りがないか確認する儀式のことだ。


 僕はタイガさんから祝詞を教わった。両親を魔臼に殺された僕にはそうするだけの理由があったし、同じ家で生活していたこともあって祝詞を教わる時間を作るのはそう難しいことではなかった。


 突然のことだったにもかかわらず、タイガさんは何も訊こうとはしなかった。二人ですぐに儀式の準備に入る。まずは入れ替わりでシャワーを浴び、身を清めた。僕が帰ってくると、座敷にはすでに供物となる生魚とお神酒が用意してあった。僕は借り物の作務衣を身に纏い、下座に坐した。とうとう儀式のはじまりだ。


 タイガさんが座敷の奥に設けられた扉を開けると、そこにはこの島の神様、お倉様が鎮座していた。お倉様はとても女性的な神様だ。木彫りの彫像で、全長は三〇センチ足らず。体の線は細くしなやかで、柔和な表情はお寺の観音様のようでもあるけど、それと同時に子を見守る母親のようでもある。


 タイガさんは祭壇に供物を差し出した。そして、申し上げの祈祷を読み上げはじめる。これは島の神様にこれから行う儀式の趣旨を報告する祈祷だ。この島のあらゆる儀式はこの手順からはじまる。


 祈祷が終わると、さっそく祝詞の詠み合わせだ。僕らはお倉様に向かって並んで座り、祝詞を読み上げはじめた。島の宿元が代々語り継いできた祝詞。その源流にはお倉様がいる。


 何も考える必要はない。いまの僕らはいわば、お倉様の依代だ。自我を滅し、お倉様にその口をゆだねれば、おのずと言葉は湧き出てくる。


 意識が漂白されていく。お倉様、ご先祖様たち、タイガさん、そして僕。個々人を隔てる壁が取っ払われ、何もかもが溶け合う感覚。その心地よさは何とも言えない。極楽もきっとそういう場所であってほしい、と僕は切に願ってやまない。

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