三章
11
翌日の放課後、僕は一人で海岸を歩いていた。通りかかった人たちにはもれなく心配されたが、「一人でいたい気分なんです」と言うと、何か察したようにその場を立ち去って行った。
僕は砂を踏んで歩いた。何かおもしろいものが落ちていないか探す。ここには何でも流れ着いた。チッペンデールの椅子。戦車の砲塔。ポニーの死体。そして、記憶喪失の女の子。けれど今日は布きれや流木といったありきたりなものが目につくくらいで、ミナトへの手土産になりそうなものは何も見当たらなかった。
ここはもともとミナトの庭だ。彼女は漂流物を探すだけでなく、一人で物思いにふけるのにも、この場所をよく利用していた。
つば広の白い帽子をかぶって海を眺める少女の姿が目に浮かぶ。その背中がなんだか危うげに見えて、思わず声をかけたのが僕らの関係のはじまりだった。
ミナトはとても物知りだった。僕はこの場所でいろんなことを教えてもらった。海の向こうには本土と呼ばれる大きな島があること。海岸に集まる渡り鳥がはるばる北の大陸から来るのだということ。そして、学校ではいつも強張った表情を貼りつかせているミナトが人並みに笑う女の子なのだということ。
あれから何年の月日が経っただろう。
大災があった直後のことを思い出す。タイガさんの家で腑抜けのようになっていた僕を、最初に見舞ってくれたのはミナトだった。
見覚えのある白い帽子を抱えて、俯きがちに部屋に入ってくるミナト。彼女はしばらく視線を彷徨わせて、それから帽子を目深にかぶった。海岸の少女の完成だ。それが、僕の部屋にいるだなんてまるで夢でも見ているようだった。
訊けば、友達の家を訪ねるのはこれがはじめてだと言う。それがよりによって宿元の家だなんて、訪ねるだけでも相当の勇気が必要だったはずだ。
なのに彼女は来てくれた。
あまり実のある話をした覚えはない。ほんの二言三言交わしただけで帰ってしまったミナトを、ミオは不思議そうに見送っていたっけ。けれど、僕にはそれで十分だった。この家以外にも自分の居場所はまだ残っているのかもしれない。そう思えたのだから。
海岸からはミナトの家が見える。二階のカーテンは閉ざされたままだ。ミナトはいま七年前の僕と同じ状態にあるのだろう。いまはまだ誰の声も届かないのかもしれない。僕にできることがあるとすれば、外の世界にも彼女の居場所が残っていることを伝えてやることだけだ。いまはまだそっとしておいた方がいい。
なのに、僕はいま彼女にとてもよくない知らせを運ぼうとしている。
――イルカ君は邪教徒だった。
タイガさんの厳かな声が脳裏によみがえる。
――所持品の中から禁書が見つかったらしい。それで、ミナト君の両親に相談されてな。
――でも、イルカは島の外から来たんですよ。それもたった三か月前のことです。
――だからこそ目をつけられたのかもしれない。彼女は魔臼の恐ろしさを知らなかった。知りようがなかった。邪教にとっては御しやすい相手だったのだろう。もっと気をつけておくべきだった。
――どうしてそれを僕に話したんです。
――お前はイルカ君の友人だった。それに、もしも邪教が息を吹き返しつつあるなら、お前には知る権利があると思えた。
でも、知ったところでどうしろというのだろう。僕はまだイルカの死そのものだって受け止めきれていないのに。
僕はいつだったか島に流れ着いてからそのままになっているベンチに腰掛け、海を眺めた。
僕には知らないことが多すぎる。島のことも、島の外のことも。
今日はもう帰ろうかな。
そんな気がしてくる。
そのとき、白いクルーザーが白い尾を引きながら港に向かって進むのが見えた。甲板には、麦わら帽をかぶった人影が見える。
ウミネコさんだ。
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