12

「そうか、イルカが」ウミネコさんは言った。小柄な体がいっそう深くソファに沈み込んだように見えた。


「はい」


 僕はウミネコさんの船に真っ先に駆け寄り、イルカの件を報告した。僕としてはそこで立ち去ってもよかったのだけれど、ウミネコさんはもっと詳しい話を聞きたがり、他の島民の相手を「子分」のホタテさんに任せ、僕を船の奥に引っ張り込んだ。船室に入るのはこれがはじめてだ。どうやら、ウミネコさんの居住スペースとして利用されているらしい。ベッドや簡易冷蔵庫といった生活用品が置かれている。なかなか快適そうな空間だった。


「あの、イルカの素性ってまだわからないんですか」


 ウミネコさんにはずっとイルカの素性について何か手がかりがないか調べてもらっていた。


「これでも耳を立てているつもりなんだけどね」ウミネコさんは肩をすくめた。「あいにくとさっぱりだ」


「そうですか」


「まあ、なんだ。こうなってはもういいんじゃないか」ウミネコさんは特徴的な糸目をさらに細めて言った。「イルカは君たちの島の住人として葬られたんだろう?」


「ええ」


 僕は言った。けれど、その声なり表情から何か察するものがあったのだろう。ウミネコさんは言った。


「何かひっかかることがあるようだね」


「そういうわけじゃないんですけど……」


 僕はわずかな逡巡の後、タイガさんから聞いたことを話した。


「彼女が邪教徒だったなんて、僕にはどうにも納得できないんです」


「君がそう思うのも無理はないだろうね」ウミネコさんは言った。「でも、どうだろう。これは憶測だけど、もしかしたら邪教の教えは彼女にとって馴染みやすいものだったのかもしれないよ」


「どういうことですか」


「実を言うとね、前から不思議に思ってたんだ。君たちの島の信仰は独特のものがあるから。たとえば、魔臼の扱いがそうだ。普通、ああした怪異はいわゆる祟り神として手厚く祀り上げて怒りを鎮める方法だってあるのに」


「そうなんですか」僕は驚きを隠せず言った。


「ああ。ところが君たちの島ではこれと真正面から切り結んでいるんだもの。勇ましいものだね」ウミネコさんは言った。「こう考えてみるんだ。彼女の地元では魔臼のような荒魂を祀ることで怒りを鎮める信仰が支配的だったとしたら? いくら記憶がないと言っても、思考の癖や習慣までが一変するわけじゃないだろう。邪教の教えが島を守るためのものだと説明されたら、イルカはさほど抵抗なく納得したんじゃないかな」


「ちょっと待ってください。じゃあ、邪教の人たちは魔臼を祀り上げることで大災を防ごうとしているっていうんですか」


「そうとも考えられるってことさ」


「でも、魔臼はいくら崇め奉ったって同じです。それどころか、七年前はむしろ邪教徒の人たちが真っ先に襲われたんですよ」


「そういう話だね。でも、イルカはそういうこの島特有の事情をどれだけ知っていた?」


「それは……」


「まあ、最初に言ったけど、これは単なる憶測だ。本当のところが知りたいと言うならミナトにでも訊いてみたらどうだい。何か知っているかもしれないよ」それから思い出したように、「そうだ、これをミナトに渡してくれないか」そう言って、紙袋を渡してきた。


「でも、交換するようなものが……」僕はポケットを探った。


「いいんだよ」ウミネコさんは少し悲しげに微笑んだ。「これはわたしからのお供え物だと伝えておいてくれ」

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