10
「魔臼と戦う気なのか」
儀式が終わった後、タイガさんはようやく尋ねた。
「そのときが来れば」僕は言った。ミオにはああ言ったけれど、祝詞が使える以上、遅かれ早かれそういう日が来るのだ。
「お前は戦いに向いていない」
僕は苦笑した。「ミオにもよく言われます」
タイガさんが苦笑で返す。「なら、わかってもよさそうなものだがな」
「タイガさんは僕を戦わせたくないんですか」
「子供が戦いに駆り出される世界は正常じゃない」タイガさんは一瞬だけ教師の顔に戻って言った。
「もう子供って年でもありませんよ。タイガさんだって島を守る戦力が増えて困ることはないでしょう。だから僕に祝詞を教えたんじゃないですか?」
タイガさんはしばらく押し黙ってから言った。
「確かにわたしはお前に祝詞を仕込んだ。しかし、それはあくまでお前を守るためだ。戦わせるためじゃない」
「どういう意味ですか」
またも沈黙。
「そうだな。いまなら話してもいいだろう」タイガさんは自分に納得させるように言った。「わたしがお前を引き取ったのは、他に引き取り手がいなかったからだ。その理由はわかるな」
僕は頷いた。
「僕が邪教徒の息子だから、ですね」
「そうだ」
邪教――
魔臼を神と崇める忌まわしき信仰だ。その歴史は古く、島の信仰と同じか、あるいはそれ以上に長い歴史を持つとさえ言われている。当然ながら、島の信仰とは相容れない。邪教徒は発見次第、改宗を迫られる。むかしならば殺されてしまうこともあった。
邪教徒の実態は謎に包まれている。彼らの目的、活動内容、信者を獲得する方法。すべて謎だ。わかっているのは、信仰の対象が魔臼であること、また、その信仰心が相当に固いということくらいのものだ。
自然、邪教はあらゆる負のイメージを引き寄せるブラックホールと化す。
たとえば、島民の多くは邪教徒が魔臼を呼び出していると考えている。彼らに言わせれば、歴史上の大災も、彼らが計画的に魔臼を呼び寄せ引き起こしたものということになる。
尤も、その場合、説明のつかないことがある。それは、魔臼が発生した場合、真っ先に襲われるのはいつも決まって邪教徒だということだ。自ら呼び出した化け物に殺される理由はないだろう。
いや、連中にとってはまさにそれこそが目的なのだと唱える人たちもいる。邪教徒はいわば、はた迷惑な自殺志願者の集団なのだと。その人たちに言わせれば、邪教の目的は島全体を巻き込んだ大掛かりな自殺ということになる。
どのみち、邪教徒が忌み嫌われていることに変わりはない。
「大災の爪痕も生々しい当時、お前をあからさまに敵視する大人も少なくはなかった」タイガさんは言う。「宿元に就任したばかりのわたしが後ろ盾になったところで、その状況に変わりはなかった。何か他にお前を守るものが必要だったんだ」
「それが祝詞なんですか」
タイガさんは頷いた。
「祝詞を覚えている人間は魔臼に対する戦力として重宝される。そう思ったわたしはお前に祝詞を教えることにした。実際に覚えているかどうかは問題ではなかった。お前が将来的に島の役に立つかもしれないという可能性を皆に認識させるのが重要だった。それがお前ときたら簡単に祝詞を覚えてしまった。そうなってから少し後悔したよ。もしもまた魔臼が襲ってきたらどうなることかとな。誰も表立って、子供のお前に戦えとは言わないだろう。だが、戦う力がありながらもそれを使わなかったという事実はそれだけでお前の立場を悪くしかねない」
それから苦笑するように、
「これでもいろいろ考えたんだ。お前が祝詞を覚えてからも、まだ修行中だと偽ったりしてな。だが、それは杞憂だった。七年前を最後に魔臼は出現しなくなり、島民がお前に向ける視線も優しくなった。だからこそ、お前が家に戻ることにも同意したんだ」
ミオやクラスのみんな、スズキさんの顔が浮かんだ。僕はみんなの優しさに生かされている。そう改めて実感した。
「お前が自衛の力を持つこと自体は否定しない。だが、もうしばらくは大人たちに任せておけ」タイガさんはそこで若干相好を崩した。「何よりお前に死なれると、ミオが泣く」
そうまで言われては僕も頷くしかない。「わかりました」
「それでいい」タイガさんはそこで咳払いをして、厳かな口調に戻った。「それより邪教と言えば気になる話がある」
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