15
――僕を
――ああ、そういう声が上がっている。
ミナトの死後、僕はタイガさんとそんな話をした。祝詞の使い手として島の警備体制の一角を担う役職、それが詠役だ。短期間に二人の犠牲者が出たことで、島は厳戒態勢に入っていた。戦力はいくらあっても十分ということはない。
――やはりお前に教えたのは間違いだったのかもしれない。
タイガさんは悔やむように言った。そのことが頭にあったのだろう。僕はナギサほど素直に家族で過ごす幸せを噛みしめることができなかった。ナギサもそのことに感づきはじめた。
「兄さんは本当は戦いたいんじゃありませんか」
「どうしてさ」
「ずっと上の空じゃないですか。さっきから同じところを何度も拭いてますし」
雑巾を動かす手がぴたりと止まった。「あはは。ホントだね」
「本当のことを教えてください。わたし、そんな気遣いちっとも嬉しくありませんから」
僕は時間を稼ぐようにして雑巾を絞り、そしてまた同じところを拭いた。
「ナギサの言うとおりだ。僕はこの島を守る力になりたい」
「どうしてこんな島を守らなきゃいけないんです」ナギサは言った。「わたしたちさえ無事ならそれでいいじゃないですか」
「そんなこと言ったって、いざ島の人たちがいなくなったら困るのは僕たちなんだよ。ナギサだってまさか本当に二人きりで生活できると思っているわけじゃないでしょ」
「どうにだってなりますよ。わたしだっていつまでも子供じゃないんです。これからは兄さんのことだって少しは手伝っていけます。お掃除だって、畑仕事だってなんだって。そしたら、きっと二人でだって……」
「ナギサ……」
「兄さんだって本当はこの島が嫌いなんでしょう? この島の人たちには口が二つついてるんです。表の口でわたしたちを気遣う言葉をかけながら、もう一方の口では邪教徒の子供だって蔑んでるんです。七年前、そのことを嫌というほど思い知ったじゃないですか。それを忘れてどうして守るだなんて言えるんです」
「ナギサ、ちょっと落ち着いてよ」
「何もかも大嫌い。この島も魔臼も島の人たちも。それを守るだなんて言う兄さんも。みんなみんないなくなっちゃえばいいんです」
ナギサはそう言うと、階段に向かって駆け出した。
「待って、ナギサ」僕はその手をつかんで言った。
「離してください」ナギサが僕の腕を振りほどこうとする。僕は彼女のもう片方の手もつかみ、抵抗を封じた。そのまま壁に押しつけるようにする。ナギサが捕われの獣のような目で僕を見上げた。思わず手を離す。しかし、ナギサは逃げずにその場にとどまった。僕はそのことに少し力を得て話しはじめた。
「あのね、ナギサ。たとえ君の言うとおりだとしても、みんながみんなそういうわけじゃないと思うんだ。そうだろ? 少なくとも、ミオやミナト、タイガさんたちは本気で僕らのことを思ってくれてる。陰口を言う人たちから僕らを守ってくれたのは他ならぬあの人たちじゃない。なのに、それを一絡げにして『嫌い』はないよ」
「でも、でも……」ナギサはいやいやをするように首を振った。
「みんな僕たちのことを心配してくれてる。僕に戦うなって言ってくれる。だけどね、僕はそういう人たちだからこそこの手で守りたいんだよ」
「そんなの嫌です。だって兄さんが……」
僕はナギサの両肩に手を添えて言った。「たしかに僕は戦う。でも、絶対に死んだりしない。この島を守るだけじゃなくナギサや僕自身の生活だって守ってみせる。それじゃダメかな」
ナギサは少し考えるようにしてから言った。
「兄さんは楽天的なんですね。それに欲張りです」
「そうかもね」僕は苦笑した。ナギサが僕の手を外して、ゆっくりと階段を上りはじめた。
「ナギサ?」
「行ってください。兄さん。わたしは部屋の掃除でもしています。いまのわたしでは、兄さんの決意を受け止められそうにありませんから」ナギサは振り返りもせずに言った。「でも兄さんがそうしたいと言うならもう止めはしません。ほら、早く。これ以上、わたしに兄さんの足を引っ張らせないでください」
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