五章
20
僕は坂を転げ落ちるようにして駆け下りた。今日はさっきから走ってばかりだ。こんなに足を酷使するのはいつ以来のことだろう。
子供の頃、僕らは恐れ知らずにも「魔臼鬼」という遊びに興じたものだった。ルールは普通の鬼ごっこと変わらない。鬼を魔臼と呼び換えただけの代物だ。学校の敷地内、あるいは集落の一帯。魔臼鬼にはいつだって範囲が決まっていた。これは小さい子供も参加する都合上、設けられたルールだった。
そう、何にだってルールがある。
だけど、くそっ、どうやら僕はそれを破ってしまったようだ。しかも、それがいったいどんなルールなのか、どこで間違えたのかもわからない。自分がこんな間抜けだなんて思いもしなかった。
子供はしばしばルールを見失う。僕だって覚えがないわけじゃない。「魔臼」に追い詰められて、定められた範囲の外に飛び出してしまったのも一度や二度のことじゃない。
だけど、それはあくまでむかしの話だ。七年前の大災以来、僕はうまくやって来た。邪教徒の息子というハンデを跳ね返し、島の人たちに受け入れられたのだ。そこに何の努力もなかったと思われては困る。
しかし、それもこの一晩ですべて台無しだ。
反則にはもちろんペナルティがある。たとえば、魔臼鬼ならば無条件で「魔臼」の役割を代わらなければならない。「ちゅうちゅう」と鼠の鳴き真似を強要されることもあった。そのくらいの罰ならかわいいものだけど、いまの僕にはそんな甘い処罰は期待できそうにもない。
僕はいったいどんな罰を科されることになるのだろう?
わからない。けれど、その執行が迫っているのは確かだ。
僕は走り続けた。まだ明かりがついている家も少なくない。いまが何時かはわからないけどそれほど深い時間でもないようだ。
ナギサはまだ起きているだろうか。いや、眠っていたとしても今日ばかりは叩き起こしてやらないといけない。急いで支度をしよう。二人でどこか遠くに逃げるんだ。
でも、どこへ?
僕は足を躓かせた。そのまま前方に飛び込むようにして転倒する。石畳へのダイブ。おでこと鼻先を地面にしたたかぶつけた。激痛のあまり、呻き声が漏れる。
われながらみっともないものだ。僕はルールを破った。敗北したのだ。どうしてそれが素直に認められないのだろう。どうしてこんなにも必死で逃げ回っているのだろう。もういっそ彼らに身を委ねた方がいいのではないのか。二度と起き上がらない方がいいのではないか。
そのとき、不意にナギサの顔が浮かんだ。
そうだ、約束したじゃないか。僕は家族を守らないといけない。
僕は立ち上がった。
魔臼鬼ならば、この時点で間違いなく捕まっていただろう。僕は「魔臼」にされていたはずだ。だが、幸いにして追っ手はまだ来ていない。僕は膝の汚れを払い、ふたたび走り出した。
どこにだって逃げてやる。「魔臼」なんかにされてたまるか。
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