21
「ナギサ!」
家に駆け込むなり叫んだ。
「ナギサ! ナギサ!」
襖やガラス戸を開けて回る。しかし、ナギサはどこにもいない。
「ナギサ! ナギサ! ナギサ!」
僕はナギサの部屋の戸を開いた。そこだけは自分で掃除するからと僕の立ち入りを許さなかった場所。ここはナギサの聖域だ。しかし、ぐずぐずしている暇はない。
「ナギサ! いるの!?」
照明を点けて、愕然とした。床、ベッド、机、箪笥、その上に置かれたぬいぐるみ。何もかもが埃をかぶっていた。まるで何か月も、いや何年も人が出入りしていなかったかのように。
ナギサはこんなにも無精だったろうか。こんな汚い部屋で毎日寝起きしても平気なほど無神経な子だったろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。問題はベッドの上にある。
小柄なシルエット。
白い肌。
「魔臼」僕は呟いた。「どうして」
「ちちち。見つかってしまったでち」魔臼は言った。その声は僕を不安にする音色を孕んでいた。
いったい、どうなっているんだ? いや、そんなことはいい。こいつを倒さないと。
僕は祝詞を唱えはじめた。とたんに魔臼が自分の「耳」を押さえながらその場に蹲る。
「ちちち。ひどいでち。やめてほしいでち。その祝詞を聞くと気分が悪くなるでち。想像してもみてほしいでち。自分の故郷の歌をわざと調子を外して歌われてたらどう感じるか。僕らにとって、それはそういうものなんでち」
祝詞はいつだって僕を真っ白な世界へ、あの極楽のような場所へ連れて行ってくれた。そうなれば、魔臼が何を言おうが関係ない。そんなものは右から左へと流れて行くはずだった。
なのに、なぜだろう。いまはどれだけ祝詞を唱えても、魔臼の声が消えてなくならない。奴の言葉が心に留まって離れない。
「その祝詞はもともと僕らを崇め奉るための祝詞だったんでち。僕らとお倉様はもともと同じ神様だったんでちよ。その祝詞がこんな変わり果てたかたちで、それも僕たちを殺すために使われているなんて心外至極。遺憾のきわみでち」
僕は祝詞を唱え続けた。どうなってるんだ。さっきはうまくいったじゃないか。魔臼を殺すくらい簡単だったじゃないか。なのに、どうしてそれができない? ほら、見ろ。祝詞はちゃんと効いてる。魔臼はその場に蹲ったまま身動き一つ取れていない。後はとどめをさすだけだ。接近して喉を締めあげればいい。なのに、どうしてそれができない。僕は何を躊躇している。何を恐れているんだ。
「ちちち、時間の無駄でち。どうせ殺せないならさっさとこの部屋から出ていくでち。お互い、その方がよっぽど幸せでちよ」
ふざけるな。僕はいつだってお前を殺せるんだ。いまはちょっと体が動かないだけで……
「ちちち、頑固者でち。困った人でち。このままじゃ僕はまた余計なことを口走りかねないでち。ああ、困った。困ったでち」
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