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 島は円錐状の形をしていて、平地というものがほとんどない。島の集落は北側の比較的緩やかな斜面に張りつくようにして展開していた。ミオの家はその斜面の頂上に近い位置にあった。宿元の家だけあって、立派な面持ちのお屋敷だ。子供の頃はいつも入るのに気後れしていた。


 宿元の家には、この島を守護するご神体が祀られている。神が宿る家。ゆえに、宿元。七年前、両親を失ったときに僕の保護者になってくれたのが、現宿元のタイガさんだった。一年前、僕は自宅に戻ってしまったけれど、それまではずっとこの家で生活していた。


「あら、リクちゃんも一緒なのね。おかえり」


 玄関でイズミさんが出迎えてくれた。


「ただいま。イズミさん」 


「けっこう久しぶりじゃない? ちゃんとご飯食べてる? このあいだお裾分けしたお漬物はどうだった?」


「おいしかったです」


「それより、お母さん。お父さんはいま大丈夫? リク君が話があるんだって」


「あら、そういう用事なの?」イズミさんは察しよく言った。


「はい、すみません」


 島の儀式はその多くが女人禁制だ。いまではだいぶ緩やかになったと言うけど、未だに女性の立ち入りが禁止される局面は多い。


「いまはサカナさんと話し込んでるけど」サカナさんというのは神事の幹部の名前だ。「あら、もう一時間は経ってるわね。そろそろ帰られるんじゃないかしら」


「どうする? わたしの部屋で待つ?」ミオが少し期待するように言った。しかし、そこで襖が開く音がした。作務衣を着た細面のおじさんが出てくる。


 サカナさんだ。


 サカナさんの目がぎょろりとこちらを向いた。その視線がやけに鋭くて、肝が縮んだ。僕の勘違いでなければ、サカナさんは僕と会うときいつも不機嫌そうにしている。もしかしたら僕が原因なのかもしれないけど、それを本人に直接訊くわけにはいかない。


「こんにちは、サカナさん」僕はにこやかに言った。


「こんにちは、ミオちゃん」サカナさんはにこやかに言った。


 って、あれ、いま僕無視されたのか? いや、きっと僕の声が小さくて聞こえなかったのだろう。そうに違いない。神事の幹部ともあろう人が人の挨拶を無視するわけがないじゃないか。


「はい、こんにちは」ミオは固い笑みを浮かべながら言った。ミオでこの人を苦手としているように思える。


 サカナさんが帰るのを見送った後、僕は言った。


「じゃあ、僕タイガさんに会ってくるよ」


「わたしとミオはちょっと早めにお夕食作って待ってるから」


「そんな。気を使わないでください」


「いいのよ。男たちが何かやってるときはこうするのが習い性になってるんだから」


 女人禁制とは言え、女性に何もすることがないかといえばそうではなく、神様への供物や儀式の後の宴会で出される食事はすべて彼女たちが用意することになっている。宿元の妻であるイズミさんに多大な負担がかかっていることは、この家に住んでいたとき、嫌というほど思い知った。


「本当にすみません」僕はもう一度詫びてから、座敷に向かった。

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