18

 僕らの関係はおままごとの延長線上にあった。


 他愛ない子供の遊びだ。ミオと僕は何度となく「夫婦」を演じてきた。男の僕には何が楽しいのかさっぱりだったけど、ミオが喜んでくれるなら望まれた役割を演じるのに異存はなかった。


 ミオのなりきりようと言ったら、それはすごいものだった。彼女の手にかかれば、使い古されたおもちゃも本物の食器や食べ物に見えてくるんだ。いったい何度プラスチックの人参やかぼちゃを食べさせられそうになったことだろう。それに、ミオときたらおままごとが終わっても僕のことを「あなた」だなんて呼んだりするんだ。周りにはよく「夫婦」だなんてからかわれたな。さすがにちょっと恥ずかしかったけど、なんだかちょっとまんざらでもない様子のミオを見ると強く否定することもできなかった。 


 だけど、もしかしたら、それは間違いだったのかもしれない。


 ミオの家に引き取られたとき、僕はぼろぼろの状態だった。放心のあまり自分の世話さえままならずイズミさんやミオには迷惑をかけた。ミオはきっとそのときに僕の「姉」になることを決めたのだと思う。「三七日」だなんて言いはじめたのもあの頃からだ。


 ミオは僕の妻で姉だった。そういう役割だった。けれど、もしかしたらミオはその役割に倦んでいたのかもしれない。もっと刺激的で魅力的な物語を求めていたのかもしれない。


 だとしたら、イルカの言葉はさぞ甘美に聞こえたことだろう。キスだとか告白だとか、いかにも女の子が好みそうじゃないか。ミオはきっとその物語に首ったけになってしまったのだ。そうだ、そうに違いない。


 僕はミオが好きだった。ミオにはいつも笑っていてほしかった。雲のようにふわふわと微笑んでいてほしかった。


 でも、もしかしたらそれは僕の自己満足に過ぎなかったのかもしれない。本当は頬を引っ叩いてでも目を覚ましてやるべきだったのかもしれない。


 どうして僕はもっと早くそのことに気づかなかったのだろう。

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