7
「出ないわね」
呼び出しのベルを鳴らしてからしばらく経った後、ホリは言った。
「直接呼びかけてみるしかないようね。リク君。お願い」
「僕?」
ホリが頷く。背後に控えるクラスメイト達もさも当然とばかりに僕を注視していた。そういうことならしょうがない。僕は一息吸って、ミナトの部屋がある二階に向かって呼びかけた。
「ミナトー。お見舞いに来たよー」
返事はない。
「続けて」
「クラスのみんなもいるんだ。ベランダからでもいいからちょっとだけでも顔を見せてくれないかな」
しばらく待ってみたけど、ミナトは一切答える気配がなかった。
「ダメね」それから、ホリははじめて自分で声を張り上げ、「また来るからね」
ほどなく散会となった。と言っても、魔臼への警戒から自然と群れ立ったまま帰路につくことになる。あれから魔臼の出没報告はないが、警戒を解くわけにはいかない。
「大勢で来たから出づらかったのかな」ミオが声を潜めて言った。
「どうかな。二人で来た時も出なかったじゃない」
「ねえ、リク君はどうだった? おばさんたちが亡くなったときはやっぱりそっとしておいてほしかった?」
「僕のときは少し事情が違うからなあ。僕に手を差し伸べてくれたのはタイガさんやミオくらいだったもの」
何せ、あのときは島全体が混乱してたからなあ。
「ごめん」
「なんで謝るのさ。ミオは僕を助けてくれた側じゃない」僕は明るく言った。「でもさ、そうだね。いまだから言うとそっとしておいてほしいときもあったよ」
「そっか」ミオは納得したように言った。「じゃあ、いまはミナトちゃんのこともそっとしておいた方がいいのかもね」
クラスメイトが徐々に減っていき、気がつけば二人きりになっていた。ほどなくして、僕の家の前に差し掛かったが僕はそのままミオとともに歩き続けた。
「いいの?」
「送っていくよ」
「ありがとう」
「いいって」それから僕ははたと思いついた。「そうだ、今日はタイガさん家にいる?」
「いると思うけど……何か相談したいことでもあるの?」
「まあ、そんなとこ」
「やっぱり魔臼のことなの?」
「わかっちゃう?」
「三七日、だよ」わかるよ、という意味らしい。ミオは言った後、少し暗い顔になった。
「どうしてそんな顔するのさ」
「昨日、うちにサワラさんが来たの。お父さんと話し込んでたんだけど、わたし、たまたまそれを聞いちゃって……サワラさん、お父さんになんて言ったと思う?」
「さあ」
「リク君も島の警備に加えないのかって、そう言ってたんだよ」
ああ、やっぱりそういう話なんだ。
「それは僕が祝詞を使えるから?」
ミオは頷いた。
この場合の祝詞というのは魔臼を弱体化させる呪文のようなものだ。他の祝詞と区別して「魔臼祓い」と呼ぶこともある。僕ら人間はこの祝詞の力を使って魔臼に対抗してきた。尤も、誰もが扱えるわけではない。祝詞はその全文が頭に入っていてはじめて効果を発揮する。詠唱にかかる時間はなんと三〇分以上。しかもそれを宿元の口から直接覚えなければならないっていうんだから大変だ。
祝詞は言葉であって言葉でない。この島の神様であるお倉様より賜りし聖なる力だ。ゆえに、ただ唱えるだけでは効果がなく、こういう儀式的な手順を踏む必要があるってわけ。
「お父さんはもちろん、必要ないって言ったよ。いまは大人だけでも手は足りてるって」ミオは言った。「でもね、わたしそれを聞いて心配になっちゃったんだ。もしも、今後リク君が危険なこと――魔臼との戦いに巻き込まれるようになったらどうしようって」
「心配してくれてありがとう。でも僕は何もいますぐ大人たちに交ざってどうこうしようって思ってるわけじゃないよ」
「本当に?」
「うん、でもね、たとえ自分から戦おうとしなくなって、今後魔臼と出くわす可能性は十分あるわけじゃない。そういうとき、何もできずにみすみすやられるのだけは嫌なんだ。そのためにも祝詞をちゃんと覚えてるか確認くらいはしておかないと」
「わかった」ミオは沈鬱な表情のまま頷いた。
「本当にごめんね」思わず謝罪の言葉が漏れる。すると、ミオは顔を上げた。あれ、なんだか笑顔になってる。
「なんで謝るの?」ミオは僕の手を取った。「ほら、行こう。お母さんもリク君に会いたがってたんだよ」
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