第26話

 そのあとのわたしは感情が抜け落ちたようになり、ただ冷静に目の前にある物体を見ました。そして、放心状態の母に、「裏庭に埋めるよ」と言いました。

 雨が降る中、わたしは下着姿になり、裏庭の土を掘り返し、父を埋めました。雨で地面が柔らかくなっていたこともあり、たいして力はいりませんでした。父の体が入るような大きな穴を掘るのは時間がかかりましたが、なぜか、少しも疲労を感じませんでした。雨の冷たさも、体力を奪うことはなく、ただ肌の上を滑っていきました。

 なにかが壊れたかのようになにも感じず、それでも意識ははっきりとして、これが異常な状態だということはわかりながら、そんな自分をただ受け入れていました。あの時の感覚は、無敵感と言ってもいいと思います。無駄な思考の一切が消え、ただ存在し、行動する。その時のわたしに、こわいものはありませんでした。するべきことをしたという認識でした。

 夜が明けないうちに家の中に戻ると、血に濡れた床は綺麗になっていました。両親の、母の寝室をのぞくと、母が背を向けてベッドに横になっていました。「大丈夫?」と小声で声をかけてみると、「うん」という返事がありました。

わたしは、寝過ごして畑仕事に遅れてはいけないと思い、椅子に座り、ただ時が過ぎるのを待ちました。それは苦痛ではなく、むしろ心地よささえ感じる時間でした。きちんと掘ってきちんと埋めたという確信とともに、今もするべきことをしているのだと、体を休めることに集中しているのだと、そういう、雑念が排除された状態で。雨が上がり、窓から朝日が差し込んできた時、新しい日という、父が見られず、感じられないものを自分が体験しているのだと実感しましたが、感情は戻ってきませんでした。


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