第5話

 その日の夜、父は遺跡の発掘作業で疲れたようで、荒れることもなく眠りにつきました。そういう穏やかな夜は、母とゆっくり話すことができるので、わたしには嬉しい時間でした。

 ベッドに横になったわたしは、椅子に座った母の袖をつかんで、掘っ立て小屋の名もない人のことを初めて問いかけました。それまで、こわくて話すこともできなかったんです。

 母は、わたしが大切な仕事をしているのは知っている、と言いました。村長さんにお任せしていることだからなにも言わなかったけれど、と。

「あの人は、誰なの?」

 わたしは尋ねました。

「村にとっては大切な人だよ」

 と母は答えました。

「タリアが、あの人は人の心を読むって言ってた。どういうことだろう」

「お母さんも、そのことは聞いたことがある。あの人には、人の悪い考えが見えてしまうんだって」

「ふうん。だからみんな、あの人のことをこわがって、仲間外れにしてるの?」

「もしかしたら、あの人はみんなと一緒に暮らしたがっていないのかもしれないよ。でも、こわがっているっていうのは本当だね。大人っていうのはね、自分の心にどこかしら、悪いところがあるっていうことをわかっているものなのよ。だから、あの人には会いたがらないの」

「お母さんの心にも、悪いところがあるの?」

 わたしにはどうしてもそうは思えなくて、握ったままの母の袖をさらに強く握りました。

「そうだよ」

 と、母はあっさりとうなずきました。

「でも、よくなろうと望んでいる。あなたも、よくなろうと望み続ける大人になってほしいな」

「うん、頑張る。頑張るけど、もし僕の心に悪いところがあったら、あの人は僕のことを嫌いになるかな?」

「あなたは大丈夫だよ。悪いところなんてないってことは、お母さんが一番よく知っているからね」

 そう言って母はわたしの頭をなで、お休みのキスをしました。その日は、穏やかさと、得体の知れない不安に包まれながら眠りに落ちました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る