第4話
村長から呼び出しがある時は、村長や村長の娘さんが、畑や自宅や遊び場にいるわたしのところへやって来て、明日の昼頃に村はずれの道でタリアと待ち合わせをするように、と言いました。
その時は、「村長からの用事がある」と言って、畑仕事や遊びを抜けて待ち合わせに行きます。一度、タリアと合流するところを見た友達にからかわれたことがありましたが、翌日、しょんぼりした感じで謝られました。多分、村長の家に塩を運ぶ時、わたしがからかわれたことを愚痴ったので、そこから伝わって叱られたんだと思います。言いつけるつもりはなかったんですが、結果としてそういうことになってしまって。ただ、タリアとわたしの仕事は、村の大人の間には知られていて、大切なものだと認識されているようだということをその時に悟りました。そのからかってきた子が、「塩を持ってくる大事な用事だったんだね」と言っていたので。でも、あの女性のことをみんなが知っているのかどうかは、その時はまだわかりませんでした。
タリアはたいてい、わたしよりも早く、あの小屋へ続く村はずれの道の出入り口に立ってわたしを待っていました。時間をしっかりと守る几帳面な性格で。わたしが「ごめん、ごめん」と現れると、表情ひとつ変えず、「行こう」とすぐに出発します。
その道を入ってから小屋までは、たいした距離はなく、道も平坦でしたが、行く時の緊張と、帰りに二人で押していく台車に乗せた袋の重さで、長いこと歩かなくてはいけないような気になっていました。
村には十数人の子供がいて、同じくらいの年の子はさらに少なかったので、もちろんタリアと一緒に遊んだこともあったのですが、タリアはどちらかというと女の子の友達といるほうが好きらしかったので、いつでも一緒にいるという感じではありませんでした。一緒に仕事をするようになってからは、ほとんどそれ以外で顔を合わせることもなくなりました。なんとなく、それ以外の場面では相手をさけるようになっていて。タリアも畑仕事を手伝っていましたが、わたしの畑とは別のところでした。
その仕事の時も、初めはタリアとほとんど口をききませんでした。疑問がありすぎてなにを言えばいいのかわからなかったのと、特に仲がいいわけではなくてもやはり幼なじみなので、沈黙が気まずいという間柄でもなかったというのもあります。
初めて彼女の名前を尋ねた次の訪問の際、いつも通り板の間に座っている彼女に、わたしは再び質問をぶつけました。
「この塩は、どこから持ってきたの?」
「村の外だよ」
「みんな、きみのことを知ってるの?」
「みんなって、誰?」
「村の人だよ」
「わからない」
「ほかの村の人とは会わないの? 村長さんとは会ったことあるんでしょ?」
「会わない。村長って、ムウリのことね。会ったことあるよ」
「村長としか会ったことないの?」
「ほかの人にも、何人も会ったことあるよ」
「誰?」
彼女は、次々と名前を挙げました。みんな年齢がバラバラの大人でしたが、羅列する名前が知らないものになっていき、「そんな人は村にはいないよ」とわたしは彼女の言葉を遮りました。
「そうなの」
と彼女は言って黙りました。
「そんなに会ったことあるのに、今は会わないの?」
「そう。今会うのは、あなたたちだけ」
その時、自己紹介をしていなかったことを思い出し、わたしは自分とタリアの名前を教えました。彼女はわたしたちの名前をつぶやいてうなずきました。
「名前がないって言ってたけど、本当なの?」
「本当だよ」
「変だね」
「名前がないと、困るかな?」
「困るってほどじゃないけど……友達になるとしたら、呼び名がなくちゃ」
「わたしと友達になりたいの?」
「できればね」
「じゃあ、友達になろうか」
「うん、じゃあ、今日から友達ってことで」
握手した彼女の手は、少し冷たくて硬かったのを憶えています。こわさはまったくなくなっていました。
その帰り道、ずっと黙っていたタリアがやっと口を開きました。
「友達になるなんて、だめだよ」
わたしはタリアの不機嫌そうな顔を見て、「なんで?」と尋ねました。
「あの人、こわい人だから」
とタリアは言いました。わたしは、
「見た目はこわいけど、こわい人じゃないと思うよ」
と言いました。わたしの父と比べれば、ちっともこわくないですから。でも、タリアはまったく納得した様子がなく。
「全然わかってないよ。あの人は、普通の人じゃないんだよ」
「確かに見た目は普通じゃないけど――」
「普通じゃないってことを教えるために、普通じゃない見た目になってるんだよ」
「どういうこと?」
「自然とあんな絵が肌にできるわけないじゃん。誰かが描いたんだよ。それは、あの人が普通の人の中に混じらないためなんだよ」
「どうしてそんなひどいことしたんだろう」
「だから、あの人が普通じゃないからだよ。なんでほかの人があの人に会いたがらないか、わからない?」
「わからない」
「こわがってるんだよ。あの人は、人の心を読むんだって」
「え? 人の心を読む?」
「そう。ブンキさんから聞いたの」
「ブンキさんって、遺跡発掘隊長の? なんでその人から聞いたの?」
「その人があの人について詳しいって、ナイミさんから聞いたから、質問しに行ったの」
わたしは、特に親しくない大人に話を聞きに行くタリアの行動力に感心しました。思えば、あの頃からタリアは勉強熱心だったんでしょう。しかし、人の心を読むなんていう話は、まったくぴんと来なくて、わたしは質問を続けました。
「心を読むって、どういうこと?」
「よくわからないけど、そのせいで、大人はあの人に近寄らないんだよ。子供なら大丈夫だろうって、仕事を押しつけているんだよ」
「子供なら大丈夫って、なにが大丈夫なの?」
「心を読まれても大丈夫ってこと。あんたって本当に馬鹿だね」
いつもぼーっとしてるし顔はだらしないし頭は悪いし、とタリアはわたしを罵倒し始めましたが、わたしは上の空で聞き流しました。タリアが彼女についてなにを言いたいのか、ほとんどわかりませんでしたが、その話を聞いてから、さらにあの名もない人のことが頭から離れなくなってしまいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます