第3話
わたしたちが小屋を訪れる時、彼女はいつも板の間に正座していました。小屋の中には、文字通りなにもありませんでした。囲炉裏もなければ、バケツも桶も寝具もなにも。まったく生活感がないので、別の場所で暮らしているのかと思いましたが、村にまったく姿を見せずにどこで暮らしているのか、見当がつきませんでした。外から来ているという可能性は思いつきませんでした。その頃のわたしには、村の外の世界は存在しないも同然だったので。
彼女はいつも通り、「こんにちは」と、わたしたちが無視しても気にしない様子で言い、「これをどうぞ」とかたわらの麻袋を示しました。
タリアは、いつものように黙って袋を取ろうとしましたが、わたしは勇気を出して彼女の銀色の目を見ました。彼女はじっとわたしの目を見返しました。そこになんの感情も読み取れませんでした。きっと、敵意がないことを感じたからですね、話しかけることができたのは。
「あの、名前はなんていうの?」とわたしは尋ねました。タリアは、信じられないという感じの目でわたしを見ましたが、彼女はまったく驚いた様子もなく、「名前はないの」と答えました。
「名前がない? つけてもらえなかったの?」
「そう」
「ここは、きみのお家なの?」
「そう」
「いつからここにいるの?」
「ずっと前から」
「……顔とかの絵はなんなの?」
「誰かが描いたの」
「消えないんだね」
「そう。ずっと消えないの」
そうやって会話していると、しびれを切らしたタリアが、「もう行くよ」とわたしの手を引っ張り、わたしはちらちらと後ろを振り返りながら、小屋をあとにしました。閉め忘れたドアは、中から閉められる様子もなく、わたしたちが小川を渡ってからも、開きっぱなしになっていました。タリアはなぜか不機嫌になり、その日は口をきいてくれませんでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます