第14話
わたしはある日、一人でヒューのもとを訪ねました。アダレイやヒューのように、外から移住してくる人はいたわけですが、村長や誰かから、あの小屋の人のことを伝えられたのか、どう伝えられたのか気になって仕方がなかったのです。
あの小屋は、みんなが暮らしている場所からは少し離れてはいましたが、道が通っているわけですし、子供が荷物を運んでこられる距離です。禁止されなければ、散歩かなにかの時に偶然、あの人と会ってしまうこともあり得ます。しかし、大人はあの人と会ってはいけないことになっていたので、よそから来た人にも、そのことは伝えられているはずだと思いました。
わたしは、タリアと一緒に受けた講義は気に入っていませんでしたが、ヒューがいい人だということは確信できたので、訪ねることに抵抗はありませんでした。
彼は、突然やって来たわたしに、団子を皿に出してくれました。たまに母がつくってくれる、野菜くずと小麦粉を混ぜた歯ごたえのあるものとは違い、滑らかで甘かったので驚きました。
「故郷の料理を思い出して、ちょうどつくってみたところだったんだよ。芋を濾して、砂糖で味つけしたんだ」
芋を団子にするという贅沢さに驚きましたが、ヒューにとっては普通のことらしいです。気に入ったならあげるよ、と彼は団子を包んでくれようとしましたが、わたしは、ほかの人からものをもらうとお父さんが怒るかもしれない、と断りました。ヒューは、じゃあ、やっぱりきみのお母さんにはお礼ができないのかな、と少し悲しそうに言いました。
わたしは一瞬にして団子を平らげ、ヒューがつくったという木のカップで水を飲んでから、本題に入りました。と言っても、「あの」とか「その」と何度も言って、なかなかうまく言葉が出てこなかったのですが、ヒューは急かさずに待っていてくれました。
「あの……村はずれに小屋があるの、知ってる?」
「ああ、人の心を読む女が住んでるとかいう小屋のことかい?」
彼はあっさりと言いました。
「村長さんの家に呼びだされて言われたよ。絶対にそこには近づかないでくださいって」
「そうなんだ」
わたしは拍子抜けしてしまいました。
「信じてないんだね?」
「いや、信じるよ」
これまたあっさりと彼は言いました。
「前時代のことを書いた本で読んだことがある。昔は、相手の心を読む技術があったって」
「え? そうなの?」
「頭の中のエネルギーの流れを測定することで相手の考えていることがわかるとかなんとか、そういうことだったかな」
「昔はそんなすごいことができたの?」
「前時代には様々な技術があったんだけど、戦争と、科学技術を悪いものとして壊そうとする運動のせいで、そのほとんどが失われてしまったんだって」
「かがくぎじゅつってなに?」
「えーっとね、水車とか薬みたいなものだよ。いろいろな仕組みを理解して、それを利用していろいろなものをつくったり使ったりするんだ」
「……なんの話だっけ?」
「小屋に住んでいる女の人の話だね」
「そうそう。どう思った?」
「うーん。村長さんに話を聞かされた時に、もし僕が好奇心を持って会いに行ったとしたらどうしますかって、失礼かと思ったけど気になったから訊いてみたんだ。そしたら村長さんは言ったよ。『それならそれで結構です。あなたのためを思って忠告したまでです』って。村長さんは、僕がその人になにかされないように心配してくれたみたいだね。僕は最初、その人のことをよそ者に奪われることを心配しているのかと思ったんだけど、そうではないんだね」
「よそ者に奪われる?」
「あのね、この村にたどり着いた時、奇跡だと思ったよ。こんなところに村があるなんて思ってなかったから。もちろん、僕が無知だったからなんだけど、この辺は地盤の問題で、人が住みにくいところだと聞いたことがあったんだ。獣道みたいな道しかないしね。でもここには人が住んでいる。それは、守護神がいるからなんじゃないかと思ったんだ。もしかすると、その女の人が守護神じゃないかと、話を聞いてすぐに思った」
「守護神……」
「奪われるって、余計な心配かもしれないけどね」
「……ヒューは、どうしてここに来たの? 村があるってことを知らないで、山の中に入ったの?」
「この山の向こうへ行くつもりだったんだ」
「獣道しかないのに?」
「そうだよ。どうしても、別の場所へ行きたくて」
彼は悲しそうな顔になったので、亡くなった連れのことを思い出させてしまったようです。
とりあえず聞きたいことが聞けたので帰ろうとするわたしに、ヒューは、「その人のことが気になるの?」と尋ねてきました。
わたしは仕方なくうなずきました。
「だって、不思議だから」
「そうだよね。でも、昔可能だったことが今は不可能ってことはないんじゃないかな」
その日ヒューと話してから、あの人は昔を知っている人か
ら、人の心を読むすべを教わったのだとわたしは思うようになりました。心を読むということがどういうことなのか、今でもはっきりとはわかりませんが、あの人は本当にひとの心を知ることができたのだということは確信できます。
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