第11話
翌日、再び大人たちの集会があったらしく、夕方に戻ってきた母に、「もう大丈夫だから、一人にならないようにしたり、林の中に入らないように気をつけたりしなくてもいい」と言われました。父はいつものように仕事に行っていて、一世帯から一人が参加することになっている集会には、いつも母が出ていました。
とにかくもう大丈夫だから、と言い、母はわたしを抱きしめました。その頃は、わたしが抱擁をせがんでも、もう大きいんだからと優しく拒否されてしまうこともあったのですが、その時ばかりは母のほうから強くわたしの体を締めつけて、さらに頭をなでてくれたことが嬉しくて。
再びタリアと一緒に小屋へ行くことになっても、わたしはなにも気にしませんでした。その頃、なぜか以前よりもいっそう無口で無表情になってきたタリアと黙って小屋への道を歩いていると、向こうから人が歩いてきました。アダレイです。
彼女は、ボサボサの髪に汚れだらけの服をまとって悪臭を放ち、ただでさえ醜いのに、もはやその姿は化け物じみて見えました。
彼女の目は血走り、息は荒く、暑くはないのに、顔に汗が浮いていました。「どうしたの?」と尋ねても、そのまますれ違って行こうとします。わたしの中で恐怖と心配が戦い、なんとか勇気を出してアダレイを追いかけ、再び声をかけ直すと、やっと彼女の目はわたしをとらえました。
アダレイは、小屋に行くのかと尋ねてきて、わたしはうなずきました。
「行かないで」
とアダレイは言いました。
「どうして?」
「見ちゃいけないから」
「なにを?」
「あの女がしていることを。あの女は、怪物を殺した。それはいいの。でも、あの女は、怪物の体を引きつぶして、食べたんだよ。あいつは、体で物を食べるんだよ。口からは食べないの。女の子を襲って犯す怪物の頭をつぶして、胴体を開いて、皮を火であぶって、脂を自分の体に擦り込んだの。人間が焼けるにおいを、嗅いじゃだめ。中身は怪物でも、体は人間だから。同族が死んで焼けるにおいはね、ひとの頭の中を壊すんだよ」
アダレイは静かに言うと、そのままどこかへ行ってしまいました。
わたしは恐怖を打ち消そうと、「やっぱり頭がおかしいんだね」とタリアに言いましたが、タリアはそれについてはなにも言わず、「行こう」と言って道を急ぎました。「最近不機嫌だね。なにかあったの?」と尋ねてみましたが、タリアは「別になにも」と答えただけでした。
しかし、小川の前に来た時、わたしたちは足をとめました。なにかが焼けるにおいがしたんです。わたしたちは普段から親に言い聞かされていました。もし、木が焼けるにおいがしたら、すぐに火元を目視し、火事ではないかどうかを確認して、もし火事ならすぐに大人に知らせるようにと。しかし、肉が焼けるにおいがしたらどうすればよいかは、教わっていません。肉を焼くときは、獲物を食べる時と決まっていますから。
あんなに肉が焼けるにおいに危険を感じたことはありません。そのにおいは、食べるために動物を焼いているものとは違いました。なにがどう違うのか、説明することは難しいですが、とにかく違いました。臭いとかではなく、とにかくその場から逃げ出したくなるようなにおいです。それほど強烈ではないのに、絶対に無視することができないものでした。
わたしは思わず叫びました。
「ねえ、出てきて!」
いつも通りのあの人の姿を見て、安心したかったんです。きっと彼女なら、頭のおかしいアダレイの言うようなことではなく、納得できる答えをくれそうな気がしました。
あの人は小屋の中からではなく、裏から表へ姿を現しました。全裸でした。均整の取れた体全体に、びっしりと絵が描かれていましたが、どんな絵なのか見る余裕はありませんでした。みんなで水浴びをする時など、女性の裸を目にする機会はありましたが、当たり前のように裸で表へ出てくるのは、わたしの村の基準からしても異常でした。
「ごめんね。身支度ができてなくて。塩は小屋の中にあるから」
あの人は、まったく恥ずかしがる様子もなく言いました。雲と木立を通した昼の鈍い光に、黒とベージュの肌がてらてらと光っていて、光はほぼ全身を覆っていました。
「このにおいはなんなの!」
そう叫んだのはタリアでした。すぐ隣にいるタリアの震えが、触れるか触れないかの距離の二の腕を通して伝わってきました。
「わたしはにおいがわからないの」
あの人は言いました。
「なにを焼いてるの」
タリアは訊き直します。
「肉。体。ペールの体」
ペールとは、あの若者のことです。
その日、タリアとわたしは、塩を持たずに逃げ帰ってしまい、お役をご免になりました。村長から、もうあの小屋には近づくなと言われてしまったのです。
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