第27話

 母は起きだして、さらに念入りに床を磨いていました。わたしは、いなくなった父のことを周りにどう説明すればいいのかという問題に気づきましたが、母に相談することはできず、黙っていつものように出かけました。

 その日、父のことを話す人は一人もいませんでした。あいつはどうしたと尋ねてくる人はおらず、父がいないことに気づいた人もいないようで、まるで、忽然と世界から父が消えたような錯覚が起き、この錯覚がいつまでも続けばいいと思いました。

 何事もなく普段通りの一日を終え、家に帰ると、母の姿がありませんでした。夕食のパンとシチューがすでに用意され、部屋は綺麗に片付いていました。きっとまた老人の看病に行っているのだろう、そのうち帰ってくると思い、わたしは夕食を食べずに母の帰りを待ちました。しかし、日がすっかり落ちても、母は帰ってきません。わたしはランプを持ち、母が看病を担当していた老人の家に行ってみましたが、別の付き添い担当の女性に、母は、今日は姿を見せなかったと言われました。

 迷いましたが、わたしはヒューの家へ行きました。ヒューは一人でした。

 母を知らないかと尋ねるわたしに、彼は首を振りました。

「なにかあったの?」

 ランプの光が照らす薄闇の室内にわたしを通し、ヒューは心配そうに尋ねました。

 わたしはただ、母が帰ってこないとだけ言いました。ヒューは、一緒に探そうかと申し出てくれましたが、この暗く地面が湿った中を探し回ってもらうのは申し訳ない気がしました。それに、ヒューがわたしの母を探し回ることで、さらによくない噂が立つのではないか、と思った時、もう父はいないのだということを思い出しました。

そのうち帰ってくるかもしれないから、と断って帰ろうとしましたが、ヒューはわたしを引きとめました。

「ナジュが言ったことだけどね。僕はきみのお母さんを傷つけるつもりはなかったんだ。申し訳なかったと伝えておいてくれないかな。あのあとはまともに話せなかったから」

「傷つけるつもりはなかった?」

 思えば、元凶はこのヒューだと言ってもよかったのですが、わたしは、なぜか彼を責める気にはなれませんでした。

「母になにかしたんですか?」

「いやいや。ただ、僕がもっと気を遣っていれば、誤解されることもなかったと思うってことだよ」

 なんだか、苦しい言い訳をしているように聞こえましたが、母とヒューがどんな関係だったかなどどうでもよく、ひたすら母のことが心配でした。

「わかりました。母が帰ってきたら、ヒューが謝っていたって、伝えておきます」

 しかし、母は帰ってきませんでした。

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