第19話
夜中、帰ってきた父がバタバタと足音を立て、なにかを喚いて物が壊れる音がしました。わたしは自分のベッドで枕を耳にあて、目を閉じてひたすら心を閉ざしました。
闇と緊張の中、いつの間にか窒息にも似た眠りに落ちていた時、別の音で目が覚めました。窓を外から叩く音です。わたしは飛び起きて、カーテンを開けました。静寂の中に立っているのは、タリアでした。
「なんだよ」
いつもは綺麗にしていたタリアの髪はボサボサに乱れ、やけにつるりとした頬が月明かりを反射していました。
タリアはにやりと笑い、意地悪な口調で言いました。
「ナジュに怪我させたんだってね。ひどいやつ」
「なんの用だよ」
「死者には夜が似合いでしょ。散歩だよ」
「タリアは死んでないだろ。ちょっと怪我しただけだよ。頭打っておかしくなったのかもしれないけど」
「自分が死んだって思い込んでるなら、死んでるのと一緒じゃない?」
「なに言ってるんだよ。元気そうじゃないか。元気なら働けよ。家に引きこもってるだけの役立たずのままでいいのかよ」
「やっぱり、役立たずだと思ってるんだ。わたしなんて死ねばいいと思ってるんでしょ」
「どうしたんだよ。こわいよ」
「言っておきたかったの。あんたはあんたのお父さんと一緒だって。人を人と思ってない、特に女は物だと思ってて、平気で傷つける。ナジュに怪我させたって聞いて、やっぱりって思った」
「と、父さんは、落石で頭を打って、それで」
「やっぱり、あんたはこの村を出たほうがいいよ。それで、お父さんとは別の人間になるように努力しな」
「父さんと僕は違う!」
「役立たずよりだめなのは、人を傷つける人間だよ。ペールが殺されても、なんとも思わなかったでしょ? そういうことだよ。人を傷つける人間は、生きてる価値がないんだよ。あんたも、本当は死ぬべきなんだよ」
「死ぬ死ぬって、馬鹿じゃないの? おかしいよ」
「見て」
タリアは服をめくり上げ、細い腹を見せました。
「ぐおんぐおん動いてるでしょ。わたしは死んでるのに、お腹だけは生きてるんだよ」
「動いてないよ」
「見えないの? こんなに内側から波打ってるのに? 知ってる? 生き物って、細胞っていう小さな塊からできてるんだよ。それは増えたり新しくなったりするんだよ。だから子供は大きくなって、小さな怪我は治るんだよ。わたしたちは、小さなブロックの集合体なんだよ。わたしのお腹の細胞は、めちゃくちゃに増えてるんだよ。今にもわたしから飛び出しちゃうかもね。カラスになって、血を飛び散らせて、飛んでっちゃうかもね」
タリアの腹は、動いていませんでした。少しひくひくはしていたかもしれませんが、通常の範囲内だったと思います。いや、正直に言えば、わたしはしっかりと目を凝らすことができませんでした。
タリアは突然背を向けて去って行きました。それからもタリアは引きこもったままで、彼女のお母さんが、ほかの人に謝っているところを見かけました。まだ具合が悪いようだから、そっとしておいてほしいと。家でできる仕事をするように言っているんだけど、まだそれもできないみたいだから、見守ってほしいとか言っていました。
確かに、それまでのわたしは、働かないことすなわち悪だと考えているようなところがありました。ペールが罪を犯したのも、もともと悪い人だったからで、働いていなかったのがその証拠だと。でも、タリアが引きこもるようになって、わからなくなりました。彼女は確かにいけ好かないけれど、悪い子ではない。彼女は病気だったんです。
そんなタリアを心底嫌うことも助けることもできず、わたしはあの不気味な夜を思い出してはうなされました。しかし、タリアに言われたことは、その時のわたしの胸には切実に響いてはいませんでした。
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