第8話
伯父さんにも、河川整備の仕事の話は回ってきたようです。できるだけ効率よく仕事を進めるため、多くの人に声をかけたんでしょう。
しかし、伯父さんは生来の怠け者気質をここでも発揮し、せっかく与えられた仕事を蹴ってしまいました。相変わらず、ほかの人の食べ物をくすねて暮らしていると、悪い話ばかり聞こえてきました。
大人も子供も、彼には必要以上に近づかないように、しかし、あからさまにさけるとなにをされるかわからないので、嫌っていることを表に出しすぎないように距離を取りながら、腫れ物に触るように接していました。
そんな中、いつものように村長から指示を受けたわたしは、珍しく早めに到着したので、タリアを待って道の曲がり角に立っていると、伯父さんが、あの醜い嫁さんの首根っこを掴んで引きずるようにしてやってきました。
「よう」
と、普段はわたしには目もくれない伯父さんは、欠けた前歯を見せながら微笑みました。
前に見た時はふくよかだった嫁さんは、特徴的なあばたがなければ別人かと思うほどやせ細っていました。
「こいつをあの小屋に一緒に連れて行ってやってくれ」
と伯父さんは言いました。嫁さんはうつむいて黙っています。
恐る恐る、「どうしてですか」とわたしが尋ねると、
「なんでもいいからよ、一緒に連れて行けよ。わかったな?」
と言って、伯父さんは、わたしの頭を鷲掴みにしてぐらぐら揺らすと、背を向けて去ってしまいました。
そのすぐあと、やって来たタリアに事情を話すと、「放っておこう」と言って、タリアはずんずんと道を歩いていきました。わたしはそのあとに続きましたが、あの嫁さんも、わたしたちのあとからついてきました。
小屋の前の小川についた時、タリアは嫁さんに向き直りました。
「ここから先は、大人は入っちゃいけないことになってるの。よそ者だから知らないかもしれないけど、それは絶対のルールなんで」
「知っています」
そう言った嫁さんはうつむいたままでしたが、口調ははっきりしていました。初めてまともに聞いた彼女の声は、滑らかで美しかった。
「どんな人がここにいるのかも聞いています。だから来たんです」
「どういうこと?」
タリアは眉をひそめました。
「ここにいる女の人は、悪い人の心を見抜いて殺すんですよね。わたしは悪いことをしてしまったので、罰してもらいたいんです」
「村長の許可は取ってる?」
「いえ」
「そういうことはまず村長に相談してよ。なにをしたのか知らないけど、勝手なことされると困るんです」
大人びた口調でタリアは言い、面倒そうに腕を組みましたが、嫁さんはタリアを押しのけると、小川を渡ってしまいました。
タリアとわたしが制止する間もなく、彼女は小屋の扉を開け放ちました。
いつも通り、そこにはあの人がいました。
「こんにちは。わたしを罰してください」
嫁さんは身を投げ出すように床に伏せました。
あの人は、数秒間、じっと震える嫁さんの体を見つめたあと、「顔を上げてください」と言いました。
それでも、おそらく恐ろしさのあまり、嫁さんは起き上がれなかったのだと思います。あの人は落ち着いた声で続けました。
「あなたは罪人ではありません」
「いいえ、罪人です」
「ひもじさのあまり食べ物を盗むことは、命をもって償う罪ではありません。あなたを罰するために、わたしができることはありません」
「残酷なことを。わたしのために、なにもしてくれないと言うのですか」
「はい」
嫁さんは、ゆっくりと体を起こしました。あの人は問います。
「食べ物を与えられないために家にあった芋を夜中にかじった妻を盗人と呼び、処刑させようとする男と、どうして一緒にいるのですか。愛してもいないのに」
「……そうやって生きるしかないんです。誰かに頼るしか、生活する方法がありません」
「本当にそうでしょうか。助けてくれる人は、その夫しかいないのでしょうか」
「……もう、帰れません。ここにいてもいいでしょうか」
「おすすめはしません。しかし、どうしてもと言うなら、いいでしょう」
その日のことは、誰にも話しませんでした。タリアはどうしたかは知りませんが。
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