第16話 後輩①

 あれから2年が過ぎ、私は大学を無事卒業して、普通のOLになっていた。仕事内容は、まぁ、こんなもんかな、って感じだが、殆ど残業がなく、休日出勤もなし、福利厚生充実と、なんというか今時珍しいホワイト企業。おかげで気力体力を殆ど持っていかれることなく過ごしている。

 

 それだけ時間がとれるので、思う存分、プリズムとしての訓練ができていた。一磨かずまさんは口は悪いけれど、とても的確に辛抱強く教えてくれる。身体も勿論鍛えている。クリスタルに頼らない戦闘にも備えなければならないとの、一磨さんの強い教えに従って、剣も教えて貰っている。もっとも、運動音痴なので、こちらは期待できない。


 「なんか、透子ちゃん、たくましくなったわねぇ、いろいろと」

 サトルさんが笑う。サトルさんだけは、相変わらずのんびりしている。彼女の色を見る速度と正確さは、訓練などせずとも、誰よりも優れている。

「だって私、サトルさんみたいに才能があるわけじゃないから、もー、ほんっと大変ですよー。師匠厳しすぎて」

「ふふっ。だけど、一磨くん、私には凄く優しいわよ」

「そこ。そーゆーとこですよ、腹立つの。何で美人には優しいんだ、アイツは!」

「あははははは」

 後ろから急に笑い声が聞こえてびっくりする。振り返ると、明日香あすかさん。

「透子にアイツ呼ばわりされてるよ、一磨」

 明日香さんの後ろから、ヌッと一磨さんが顔を出す。

「お前な。調子こいてんじゃねえぞ。100万年早ええわ」

「あっ、あっ、来てたんですか、師匠」

 私の慌てた姿に皆で笑った。

「サトルさん、これ、オレンジショコラ。差し入れです」

「まあ、ありがとう、清羅きよらちゃん。じゃあ、今日は紅茶かしら。入れるわね」

 後からバタバタと忙しい足音を立てて走ってきたのは花梨かりん

「ごめ~ん、もう始まっちゃってる? 数学のテスト赤点ギリギリで先生に絞られちゃっててさぁ」

 まだ高校生。うちのパーティのメンバーで、浄化の能力を持つ。清羅ちゃんの紹介で2年前から一緒に活動している。

 奥からシエルさんも現れた。シエルさんも、明日香さんに色読みを教わっている。彼女いわく「シエルは筋がいい」そうで、まだ文字の色は読めないけれど、空気の色はサトルさんに見えれば意味がわかるのだと言っていた。

「皆さんお集まりですね。じゃあ、始めましょうか」

 一番年上のシエルさんが指揮をとった。


 私達は時々集まって、会議を開く。どこでどういう種類の闇を倒したとか、あの辺に怪しい奴がいるらしいとか、明日香さんやサトルさん、シエルさんが見た空気の色などの情報交換。それによる今後の活動方針などについてを話し合うのだ。


「最近さぁ、透子の出た大学? あの辺りの空気がちょっとヤバいかんじなんだよね。あと、駅前」

 明日香さんがペンで場所を指す。

「大学の中に『闇』がいるのかも? ってこと?」

 花梨がオレンジショコラを遠慮なくパクパク食べながら言う。

「ん~、私が見た限り、『闇』って感じじゃなかったなぁ。サトルさん、どう思います?」

「そうねぇ、実際に見てみないとわからないわね。」

「じゃあ、今度、私と一緒に。シエルも、いい?」

 二人とも頷いた。

「なんでお前、サトルさんには『さん』づけで、シエルさんは呼び捨てなのよ?」

 一磨さんが指摘する。

「いーんだよ。シエルは、弟子なんだから」

「そういや、お前、俺まで呼び捨てじゃん?年上だし、弟子じゃねーぞ」

「あんたは『一磨』っていう顔してないから、大丈夫」

 皆が笑う。仲間っていいな。そう思う。


「じゃあ、透子は大学の中の調査な。通ってた大学なら、入って行きやすいし、お前は見ようと思えば色が見えるからな」

 色が見えるプリズムというのは、珍しいらしい。その点だけは、一磨さんにまさっていた。ただ、瞬間的に見えるわけではなく、先入観も取り払って冷静に観察しないと見えないので、速さがないのが難点だが。

「俺は駅方面に行ってみる」

「清羅さんと花梨さんは、待機ということで。皆さんよろしいでしょうか? じゃあ、次回、また情報交換を」

 そうシエルさんが締めた。


 大学に潜入するのは容易いが、如何せん土日が休みなので、調査しようと思ったら、会社に有給休暇をもらわないといけない。こりゃ、この件が終わるまで、旅行とかには行けないなぁ。

 と、ゼミの後輩が私を見つけて声をかけてきた。

「お久しぶりです~。今日はどうしたんですか?」

 そりゃ変に思うよなぁ。卒業してるんだから。

「いや、ちょっと用事あってさ」

 誤魔化す。

「みんな変わりはない? 元気にしてる?」

 そう言うと、後輩は少し黙ってから、「ええ」と答えた。 不自然なその行動に、

「どうしたの? 何か気になることでも?」

 問いかける。

「実は……」


 彼女が気にしていたのは沙織さおりという子の件だった。最近、どうも様子がおかしい。学校にもあまり来なくなったし、変な形に指を組んで一人でブツブツと何か呟いていることがある、と。

 彼女に私の連絡先を渡し、沙織に私が話を聞きたがっていると伝えてほしいと頼んだ。

 

 川口沙織かわぐちさおり。2つ年下の後輩で、私に凄く懐いていた子だ。連絡はすぐ来た。私達は大学近くのカフェで会うことにした。

「せんぱ~い! お久しぶりです~」

 元気に挨拶してくる。何も変わっていないように見えるが……。

「どうしたんですか、急に?」

「ううん。最近元気ないって聞いたからさ。何かあったのかと思って」

「え? この通り、元気ですよ」

「そうみたいだね」

「最近、特に元気です。これ買ってからは」

 沙織は、手首につけたパワーストーンのブレスレットを私に見せた。

「ふ~ん。変わった色の組み合わせだね。」

 とても綺麗だとは思えないような色の配列。 

「でしょ? 私も最初はそう思ったんですけどね、これをつけてると不思議とパワーが湧いてきて、何でもできそうなポジティブな気持ちになれるんですよ!」

「ふ~ん、そうなんだ。どこで買ったの?」

「駅前で。『幸せをもたらす会』の方から。」

 待て待て待て。それって、わかりやすくカルトじゃないのか?

「沙織、そこと関わるのはやめといた方がいいよ。あと、そのパワーストーン、ちょっと借りてもいいかな? 私のこのブレスレットつけてていいから。」

 躊躇う彼女をなんとか納得させ、別れた。


 何だか嫌な予感がする。当たってなければいいんだけど……。

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