第15話 「戦士」

「あなたがプリズムだと知っていて、僕はあなたに近づいた」

 じりじりと私の方に近づいてくる。私は距離を縮められないように、少しずつ後退する。

「あなたが僕に同情して、僕のことを信じて、ちゃんと僕に奪われるべきだったのに」

 何? どういうこと? 待って、何の話?

「それなのに、あなたは、途中から僕のことを疑い始めた。僕が可哀想な子じゃないんじゃないか、って」

 気づいていたのか。更にじりじりと距離を縮めようとする。私は後退する。

「そんなに疑いたければ疑えばいい。いや、教えてあげますよ、あなたに。僕の本心をね」

 逃げようとした時、辺りが急に暗くなった。空を見上げる。いつの間にか橋の下の影になっている所へと追いやられていたのだった。 


 次の瞬間、彼が私を押し倒した。


「透子さんが悪いんですよ、僕のことを信じないから」

 怖くて言葉が出ない。

「僕は、優しい透子さんが大好きなのに……」

 私を仰向けにし、その上に馬乗りになり、彼を押し退けようとする私の両手首を片手で掴んで私の頭上に押し付ける。少年とは思えないような凄い力に私は何の抵抗もできなかった。もう片手で私の顎を掴む。助けを呼びたいのに声が出ない。

「大好きです、透子さん」

 無理矢理唇を奪われた。咄嗟に私は彼の唇を噛んだ。

「つっ……」

 彼が少し怯んだすきに、私は逃げようとする。

 バシッ!!

 頬を思いっきり叩かれ、より強い力で押さえつけられた。ブラウスのボタンが飛んだ感覚がする。どんなに暴れても逃げられない。

「もうダメだ……」

 そんな絶望感が頭をよぎり、力が抜けた。

「馬鹿だなぁ。最初から僕を素直に受け入れてくれれば良かったのに。痛かったでしょう? 叩いたりしてごめんなさい」

 首筋に彼の唇の感覚がする。力がもう入らない。涙が出てきて、泣き出すと、声が出ることに気付いた。

「いやあああ!! やめて!! 助けて!!」 

 渾身の力を振り絞って叫ぶ。足をばたつかせる。 

 バシッ!! また頬を叩かれた。さっきよりも強く。

「素直に僕のものになれって言ってるんだ!!」

 また顎を掴まれると、強引にキスをされた。

「優しい透子さんが大好きなんですよ。そう。大好きなんだ。大人しく僕のものになって……ね」

 涙がポロポロ落ちる。もうどうすることもできない。


 そう諦めかけた時、辺りが一瞬パンッと真っ白な光で覆われた。


 「ギャッ」とも「グェッ」ともつかない声で、大樹くんが両目を抑え、私から離れた。

 見ると、私の首からかけているクリスタルのプリズムが光を放っている。早く、早く逃げなくちゃ……なんとか起き上がり、ヨロヨロと走り出す。後ろから彼が追いかけてくるのがわかる。


 と、また、パンッという光。今度は私のクリスタルからではなく、全く違う方向から。しかも、数倍強い光が、何度も大樹くんを攻撃していた。日陰から出た所で彼は倒れると、真っ黒な炭の塊のようになった。

 

 呆然と様子を見ていた私に、誰かが声をかけてくる。

「大丈夫? 危なかった。怖かったわね」

 振り返ると、若い女の人。それから、あと二人……


 …………

  

 気がつくと、私は「COLOR ENERGY」のソファに横たわっていた。

「透子ちゃん? 透子ちゃん!! 気がついたのね。よかった……」

 サトルさんが私をギュッと抱きしめる。シエルさんがお水を持ってきてくれた。一口、二口……飲んでいるうちに、自分に起きたことを思い出してきて、私は悲鳴をあげ、パニック状態に陥った。サトルさんがぎゅっと抱きしめて背中を擦ってくれる。

「なんて無茶なことを!! でも無事で良かった。本当に良かった……」

 私は声を上げて泣き、サトルさんも私を抱きしめたまま泣いていた。


 泣いて泣いて少しずつ冷静になってくる。私は、どうして助かったのだろう? と思った。


「あの……私、どうしてここに?」

「彼らが連れてきてくれたの」

 サトルさんがシエルさんの後ろを指差す。朧気おぼろげに憶えている顔があった。

「ごめんね。携帯勝手に見ちゃって。この店の文字だけ特別な色をしてたから、ここに違いないと思って連れてきたの」

 覚えのある声の女性。

「文字の……文字の色まで読めるんですか?」

「君は、ホントに、まだ何も知らないんだな。プリズムが闇に身体や心を奪われてしまえば、プリズムの役割を失ってしまうんだぞ」

 呆れたように言うのは、ガッシリした体格の男性。

「『闇』は浄化し、完全に消し去りました。もう大丈夫ですよ」

 穏やかな声でそう言うのは、少女のように純粋な雰囲気の女性。

「あなた方は……?」

一磨かずまがプリズムね。私、明日香あすかが色読み。そしてこの子、清羅きよらが浄化するの」

 ゲームや漫画の中のパーティみたいに『勇者』とか『魔法使い』とか『聖女』とかはいないんだな。不思議な人たちなのに、変な現実感。

「他のプリズムたちも、そういう感じのパーティで動いてるの。単独で戦闘なんてありえない。びっくりしたわ」

 明日香さんが続ける。

「っていうか、君、滅茶苦茶プリズム初心者だろ。せっかくクリスタルのプリズム持ってるのに使い方も知らないなんて」

 一磨さんに言われ、シエルさんの方を見る。

「すみません。僕が作ったんですが、それをどう使うのかは僕にもわからなかった。お守りのつもりで持ってもらっていました」

 シエルさんが申し訳無さそうに言う。

「あんたも『色読み』初心者か……」

 一磨さんがため息をつく。

「しょうがないわよ、一磨。そんなの学びようがないじゃない。私達はたまたま運が良かっただけで」

 明日香さんが言う。

「清羅が私達のことを見つけてなかったら、私達だって、今頃まだ普通に生活してたと思うわ。」

 清羅さんがにっこり笑いながら、私に言った。

「大丈夫ですか。勇敢なプリズムの透子さん」

 勇敢……よく言えば、だ。

「何故、私があそこで襲われているとわかったんですか?」

 清羅さんに尋ねる。

「明日香の力です。明日香は空気の色や文字の色さえも読みます」

「そこだけ異常な色をしているのがわかるだけよ。その空気の場所を探していたら、強い恐怖系の色の感覚がして、走ってったら、襲われてるのがプリズムなんだもの」

「しかも、クリスタルを持っていながら使ってもいない」

 一磨さんが怒ったように言う。

「一磨、あわてて、直接光撃っちゃうとこだったのよ」

 明日香さんが笑う。

「すぐ気がついただろうがよ」

「直接撃っちゃうと、あなたにもダメージを与えちゃうから、光の強さを抑えて、あなたのクリスタル越しに攻撃したの。引っ剥がしたらこっちのもの。あとは、一磨の攻撃と、清羅の浄化で、はいお終い」

 

 ……なんだろう、このレベルの差。サトルさんと顔を見合わせた。シエルさんも驚いている。


「君たちは、まだまだ修行が必要ってことさ」

 一磨さんが言う。

「もー、あんたはいっつも偉そうに。ねぇ、透子ちゃん、困ったことがあったらいつでも連絡して。勿論、サトルさん、シエルさんも」

 と、明日香さん。

「私の仲間も紹介できると思います。浄化する人がいなければ、『闇』はまた蘇ってしまう」

 清羅さんもそう言ってくれた。



「戦士」なんてもんが、現実の世界で、こんな平和そうな国で、本当に戦ってるのか……。しかも他にもたくさんの仲間がいるらしい。仲間がいるんだろうということは、シエルさんも予見してたけれど、まさかこんな形で、こんなレベルで……。私達は3人とも驚くばかりだった。

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