第14話 追求

「逃げない」と決めたのだから、もう駅前のバス停を怖がる必要もなくなった。久しぶりに駅前に行った。

 と、以前何度か会って話したおばあさんが、同じバス停前のベンチに向かい歩いていた。手押し車を使って。ちょっと前までは自力で歩いていたよな……と思って、ハッと思い出す。瑞希みずきが言っていた、男の子にぶつかってこられて転んだというおばあさんの話。

 おばあさんがベンチに座ったので、隣に座った。

「こんにちは。お久しぶりですね」

「あら、あなた、ホントに久しぶりね。元気にしてたの?」

「ええ、私の方は。でも、ええと……足、どうかしたんですか?」

「いえね、この前、そこの横断歩道で転んじゃってね」

 やっぱり、このおばあさんだったんだ。

「起きられなくて困ってたら、大樹だいきくんがね、走って助けに来てくれてねぇ。他の人も手伝って駅の待合室まで連れて行ってもらって、そこまで息子が迎えにきてくれたのよ」

「そんなことが……。大変でしたね」

「ええ、でも、大樹くんが飛んで来てくれたから、ホントに助かったわ」

 おばあさんはニコニコしながら言う。何の疑いも持っていないようだ。

「何かにつまずいたとか、誰かにぶつかられたとかだったんですか?」

 聞いてみる。

「さあ? それがね、急に転んだから覚えてないのよ。年寄りだからね、ちょっとの段差でつまずくこともよくあることよ」

「そうですか……」

「それよりも大樹くんがね、一生懸命助けてくれて、お礼がしたかったんだけどね、やっぱり受け取ってくれなくて」

「そうなんですね」

「あんないい子が、なんであんなに辛い目に遭わないといけないのかねぇ」

 ここでもキーワードは、『同情』か。


 恐らく、瑞希が目撃した通り、おばあさんにぶつかって転倒させたのも、そのおばあさんを助けたのも、大樹くんだったのだろう。転倒させようと近づいた時、自分の色を変えたか消したかして、全く別人の雰囲気をかもし出していて、おばあさんには気付かれなかったということも考えられる。

 私に色が見えていることは気付いていないのかもしれない。だから、未だに「可哀想な子」に徹して、私の同情を買おうとしているのかもしれない。少しずつ 少しずつ外堀を埋めて。それでどう出るつもりなのか、今はまだわからないけれど。

「伸るか反るか」。彼の出方を待ってみることにしてみようと思った。



「あの子、どうしたかなぁ」

 梨佳が頬杖をついて、ため息をつきながら言う。

「そうだね。心配だね」

 彼女に合わせる。

「やっぱり児童相談所に相談しないといけないと思うなぁ」

 梨佳の言葉に、私は黙り込む。

「でも学校も住所も何の連絡先も全然わかんないんだもんね、どうしたらいいと思う?透子は」

「残酷な言い方かも知れないけど、放っておくしかないんじゃないかな……」

「どうしたの? 透子?」

「え?」

「こないだまで、自分がなんとかしてあげなきゃ! って言ってたのに、なんか急に他人事みたいに」

 確かに、そう思われるよなぁ。でも、彼は「闇」なんだよ。梨佳のことも私のことも騙してるんだよ? 私は、梨佳に何か危害が及ばないかと不安で仕方ないんだよ。……って言いたいけど言えない。 


「ねぇ、大樹くんに会うのって、いつも駅前だったんだよね?」

 梨佳が何かを思いついたように言う。 

「そうだけど、何?」

「あの近辺の学校に聞いてみればよくない?」

「そんなのバス通学かも知れないじゃない」

 私が言うと、梨佳はさえぎるように言った。

「中学は普通、校区のところに通うものじゃない。私立ならバス通学かもしれないけど、子供にお金を出さない親が私立に行かせるわけがないでしょ」

 もっともだ。

「だから、大樹くんの通う中学は、駅周辺のどこかなんだよ、きっと」

 確かにそうかもしれない。だけど、奈緒の時みたいに、実体がないかもしれないとしたら……。

「やめようよ、大騒ぎになる」

 スマホで駅周辺の学校を探し始めた梨佳を止める。

「じゃあ、他にどうやって?」

「駅の近くにいれば、きっとまた会えると思うの。その時にもう一度説得してみるよ」

「……わかった」

 梨佳は渋々スマホを置いた。


 彼をおびき出す? どうやって? うまく会えたところで、本当は可哀想な子ではない彼をどうするつもりなの? 策が見つからない。私は「COLOR ENERGY」へ行くことにした。



 と、大学を出たところで、大樹くんとバッタリ会ってしまった。「COLOR ENERGY」へ行く余裕もないままに。

「あっ、透子さん! こんにちは。帰るところですか?」

「あ、ええ。大樹くんは? おばあちゃんのところに?」

 待って、こんな昼間から? 私は午後からの授業が休みになって、帰るところだったのだけど、こんなに早く中学生がこんなところにいるのは妙な話だ。まさか、私の帰る時間に合わせてのことなんだろうか?

 私の心を読んだかのように、彼は答える。

「ええ。今、受験生は午前授業で、あとは家に帰って自主学習なんです。僕は、おばあちゃんちで勉強させてもらおうと思って、これから行くところです」

「そうなんだ。でも何で家でやらないの? わざわざこんな遠くまで……」

「家で勉強してると、父が帰って来たときに怒鳴られるんです……」

 大樹くんは下を向いて答えた。

「『お前を高校に行かせる金なんかないからな!』って。」

「酷い……」

 思わず、本当に同情してしまった。「同情」、それが彼のキーワードなのに。


「ねぇ、これから私と一緒に児童相談所に行きましょう? キミを放っておくわけにはいかない」

 そう、放っておくわけにはいかないのだ。違う意味で。彼を放置しておけば、また犠牲者が出るかもしれない。あの、おばあさんのように。

「……わかりました。透子さんがそこまで心配して下さるなら。ただ、児童相談所に行けば、もしかしたら家には帰らせてくれないかもしれませんよね……」

「そうだね。場合によるとは思うけど」

「僕、一旦家に帰って、荷物を作ってきます」

 私から逃げる気だろうか?

「待って、私もついて行っていいかな?」

「……構いませんけど……イヤな物を見るかもしれないですよ。……僕が、透子さんには見せたくなかった、酷い物を」

 そんな脅しには乗るものか、逃しはしない。そう思い粘る。

「私なら大丈夫。キミの力になれるなら」

「……わかりました」

 

 私はこの時に彼の色をしっかり見るべきだったのだ。


 「こっちです」

 大樹くんについてきたけれど、どうも街外れの人通りの少ない場所に連れて行かれている感が否めない。それでもまだ明るいうちは大丈夫だと思っていた。

 辺りを見渡しながら歩いていると、突然、

「あっ!」 

 という大樹くんの声がした。

「何? どうしたの?」

「すみません、鞄から筆箱が下に転がり落ちちゃって……」

 見ると、河原の下の方に筆箱がひっかかっている。

「取ってきます」

 彼は近くにあった階段を走って降りていく。わざと階段近くで落としたのだと思った。逃げる気なのか? 追いかけねば。


 河原の下まで追いかけると、大樹くんは、くるりと私の方を向いた。


「あなたは、僕のことを疑っていますよね?」

「え?」

「ついてきたら、イヤな物を見せると警告したのに」

「何? どういうこと?」


 次の瞬間、彼の外側の色が外れ、中の色が現れた。私は恐怖のあまり、そこから一歩も動けなくなった。

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