第10話 その色は本当か否か

 「なるほどねぇ。そういう環境にいる子なら、1円や5円だらけの98円もわからなくはないわね」

 サトルさんが紅茶のクッキーを勧めながら言う。

「それで、透子ちゃん、彼の色は見えたの?」

「ぼんやりと……なんですけど。大樹くんの周りにまとわりついているような色は見えました。」

「あら、そうなんだ。透子ちゃんにはそういう風に見えるのね。」

 自分の見え方とは違うらしい。サトルさんは興味深そうだ。

「で、何色だった?」

 サトルさんは、私をいつもシエルさんの見ているパネルの所まで連れて行く。

「シエル、今いいかしら?」

 シエルさんが奥から顔を出した。

 

 「見ますね。どの色でした?」

 私はその色をパネルの中から探す。サトルさんみたいにすぐにはみつからない。

「ゆっくりでいいですよ」

 ぼんやりと思い出す記憶を頼りに、1つの色にたどり着いた。

「これ、だと思います」

 指さした色を見て、

「なるほど。わかりました」

 シエルさんは頷く。

「どんな色なんですか?」

 結果が知りたくて気持ちが急く私を、サトルさんが「まぁ、座って聞きましょうよ」とカウンターの椅子に座らせた。その間、シエルさんは何か言葉を選んでいるようだった。

「この子は、とても辛い思いをしている、所謂いわゆる、可哀想な子です。けれど心は美しく、善良で、今後沢山の人から愛される人になると思います」

 シエルさんの言葉が、私は自分のことのように嬉しかった。やっぱり。やっぱり彼は本当にいい子なんだ。梨佳は心配しすぎなんだよ。



 「ねぇ、透子ちゃんに言ったことは本当?」

 帰り道、運転するシエルの横顔を見つめながら、サトルが尋ねる。

「彼女に見えたものが、本当にあの色だとすればね」 

 シェルは前を向いたまま答える。

「それは、透子ちゃんが見た色が、本当かどうか疑わしいということ?」

 信号待ちの間、シエルは少し考えていたが、信号が青になって、話し始めた。

くまで可能性の問題なんだけど……。透子さんは、自分の抱く彼のイメージを、彼の色に投影してるのかもしれないな、と」

「きっとこんな色だろうな、ってこと? それで彼女がイメージする色を、その色の意味にぴったり再現できるのかしら?」

「それは、僕にもわからない。それと、もう一つ。これは考えたくない方の可能性だけど、その少年が自らその色を作り上げているのかも」

「つまり、どちらにしても、本当かどうか判断がつきかねる、ということね」

「そうだね……」

「そう……。じゃあ、私の出番なのかな」

 何だかやる気満々なサトルに、

「危ないことはしないようにね」

 シエルは釘を刺すように言った。


 

「ねえ、一緒に買い物に行かない?」なんて、まさかサトルさんからお誘いがかかるとは思ってもみなかった。親しくさせてもらってはいても、どうしたって年齢も離れているし、彼女とは全てにおいて格が違うと思っていたし。恐れ多いというか何というか……。

 

 待ち合わせ場所で待っていると、深いブルーの車が止まって、助手席側からサトルさんが出てきた。窓を開けて、シエルさんも微笑みながら会釈してくる。

「ありがとうシエル。行ってくるわ」

「行ってらっしゃい。帰るとき連絡してね」

 そんな会話をして、シエルさんは去ってしまった。

 「一緒じゃなくてよかったんですか?」

「いいのよ、たまにはね。息抜きよ、息抜き」

 そう言って、サトルさんは愉快そうに笑った。


 一緒に行く予定の店は駅に隣接するデパートの中にあったのだが、そこに着くまでに、サトルさんはいろんな物に興味をしめして、なかなか前に進まなかった。

「だって、こんなに沢山綺麗なものや可愛いものが並んでるのを見てるだけで、嬉しくなっちゃわない?」

 あんまり、ゆっくり買い物とかしないのかな、こんな風に、フリーな感じでは。そう思うと、なんとなく彼女の興味の全てに付き合ってあげたい気になっていた。


 彼女が行きたかったお店は、天然石を扱う店だった。ただ、よくある小さなスペースで店員さんが一人で売っているようなところではなく、しっかりとしたテナントの一部で、店員さんも3人いた。

「いらっしゃいませ、いつもお世話になっております」

 店長と思われる人が出てきて、丁寧に挨拶してくる。

「こちらは、透子ちゃん。お友達なの」

 私のことを簡単に紹介すると、

「お店の中の物、見ててね。私はちょっとお仕事です」

 ちょっと肩をすくめ、笑いながらサトルさんが言う。ああ、なるほど。天然石の仕入れか何かになるのか。

 一人で待っている間、お店の中を見て歩いた。綺麗な石が入ったデザインリング。ピアスも素敵。ネックレスにブレスレット。どれも綺麗で見ているだけで楽しくなる。

「何か気になるようなものがございましたら、お手にとってご覧下さいね」

 そう言われても、値段を見たらびっくりするような物ばかりで、とても手に取れそうになかったけれど。


 「お待たせしました」

 10分もかからず、サトルさんは用事を済ませて私のところへやって来た。

「もう?」

「ええ。私はシエルに頼まれたものを取りにきただけだから」

「それは、私がいなかったら、本当にちょっとの時間で済んだことだったのでは……」

「あはは。いやねぇ。こっちがついで。私は透子ちゃんとデートしたかったの。ホントよ」

 にっこりとサトルさんは笑ってみせた。

 

 サトルさん行きつけの、ハーブティーや紅茶の美味しいお店があると言うので、ついて行く。駅の向こう側だったので、一旦デパートを出た。

 いつものバス停の近くを通る。

「あっ、大樹だいきくんだ。おーい」

 大樹くんが気付いて走ってくる。と、私の隣にいるサトルさんを見つけて、ちょっと戸惑った様子だった。

「サトルさん、彼が例の少年です」

「そう……」

「大樹くん、お友達のサトルさん」

「あ……そうなんですね」

 少し目線を斜め上にあげるような仕草をする。

「どうかした?」

「あ、いえ、あの……ええと……見たことないくらい綺麗な人なので」

 彼は照れくさそうにそう言い、そして皆で笑った。

 少しだけ3人で話した後、大樹くんと別れ、サトルさんの言っていたお店に向かって歩き初めると、少し歩いたところでサトルさんが座り込んでしまった。

「さ、サトルさん? 大丈夫ですか? どうしたんですか?」

 慌てて彼女を支える。

「ごめんなさい、ちょっと目眩めまい。大丈夫よ」

 顔色が悪い。サトルさんを支えて、近くのベンチに座らせた。

「帰りましょう。タクシー呼んできます。」

「大丈夫、シエルを呼ぶわ」

 ほんの3分ほどでシエルさんが来た。近くで待機していたのだなと思った。事情がありそうだが、不用意に触れてはいけない気がした。

「すみません、透子さん。ご迷惑をおかけしてしまって」

 助手席でサトルさんがこめかみを押さえながら、

「ホント、ごめんね、透子ちゃん。また今度埋め合わせするからね~」

 と言う。

「いえいえいえ、そんなことは構いませんから。早く帰って休んで下さい」

「じゃあ、連れて帰ります。すみません、送りもしないで」

「いいです、大丈夫です、私は一人で帰れます。だから、早くサトルさんを」

「ありがとうございます。では」

 窓が閉まった。助手席から辛そうにサトルさんが手を振っていた。


 

「そんなに……だったんだね。」

「リセットしたい。クリアな音楽をかけて」

 音が流れ始めると、サトルは大きな深呼吸をして背もたれに深く身を預けた。

「今日は仕事は休もう。早く帰って身体を休めないと」

「ええ、でも、色だけは読んでほしいの」

「……わかった」

 

 部屋着に着替えたサトルをリビングのソファに座らせ、薬と水を飲ませ一旦落ち着かせる。少しラクになったと言うので、シエルは、店にあるのと同じパネルをサトルの前に置いた。

「苦しかったら無理に今日じゃなくてもいいんだよ、サトル。明日でも」

 そう言いながら。

 サトルは首を横に振った。

「忘れると困るような色だったの……。何でそう思うのかは、自分でもわからないんだけどね」

 サトルは色を探すと、ハッとしたように、指さした。シエルは、瞬間的にサトルを抱きしめた。

「もういい。怖かったね。やっぱり君を行かせるべきじゃなかった」

「これがね、パンッ! って目に当たってきたの、見た瞬間に」

 半分泣きながら、サトルはシエルの腕の中で話し続ける。

「その後は、その子の色は全く見えなくなった。そして、帰り際、今度はこの色を……ぶつけてきた」

 サトルはもう1色指差す。

「ごめん。サトル。もういい。もう寝なさい」

 シェルは彼女をもう一度抱きしめると、ふわっと抱き上げ、ベッドに運んだ。

「おやすみ」

 髪を撫で、優しくキスをすると、キャンドルの灯りだけにして、静かに音楽を流した。今は優しい色、優しい音だけ感じていられるように。


 サトルが最初に指した色は「警戒」、2つ目はとても強い「警告」だ。シエルは、一人、ソファに座り、色のパネルを見ていた。……色を読むことはできないはずのサトルにまで恐怖を与えるとは。

「見える者がわかるのか……。邪魔者は消すぞということか。……厄介だな」

 呟いて、深くため息をついた。

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