第5話 本当の色
「試す? ……え? 何を? ……ですか?」
私の問いかけに少し躊躇したように見えたが、シエルさんは、決心したように私に向き直ると、はっきり言った。
「サトルは、プロの音楽家の奏でるクラシックやインストゥルメンタルの曲しか聴きません」
「え?」
「歌詞がついているものが苦手で」
サトルさんも、申し訳なさそうに言う。
「え? だって、今……」
「歌詞の色とね、曲の色が違っている歌だと、どちらを聴けばいいのかわからなくなって……結局どっちも入ってこないの」
「あ……そうなんですね……」
サトルさんは、いろんなものに色を感じる人なのだ。そういう混乱もあるのかもしれない。納得する。
「透子ちゃん。ごめんなさいね。騙すつもりで言ったわけじゃないの。今のは、あなたの話に合わせただけなの」
「ど、どういうことですか?」
「奈緒ちゃんと何でも趣味や好きなものが一緒だったって言ってたじゃない? それって、今みたいな会話の流れじゃなかったのかと思って」
「あ……」
私は記憶を辿る。確かに、好きなものや好きなことを話し始めたのは自分だった気がする。
「だけど、そんなことって……普通、意識的にするものでしょうか?」
私のその言葉に、サトルさんがちょっと困った顔をした。
シエルさんが引き受ける。
「簡単な言葉で言えば、『話術』ですね。占いなどでも少なからず使われます。その人の興味や気になっていることを聞き出すんです」
「何のために……ですか?」
「占いなんかの場合は、その人が気になっていることを探して今後を占ったり、アドバイスをする、みたいな感じですかね」
「でも、奈緒の場合は違いますよね?」
「ええ。奈緒さんの場合は、自分のことをあなたに信じさせて、あなたの心を捕まえるため、のように感じます」
「私の心を捕まえる……。どうしてですか?」
シエルさんはちょっとだけ躊躇った後、私の目を見てはっきり言った。
「あなたが光を授かる者だからです。あなたを奪い去る、消し去ることが目的かと」
「消し去る?! 私をですか?」
シエルさんが言った不思議な言葉を思い出す。
「……『闇』が? ってことでしょうか?」
私は、闇に狙われたと言うことなのか?
シエルさんは目を伏せて頷いた。
「サトルが見た、奈緒さんの色はこれです」
色見本についての本だろうか、綺麗な色の本の1ページを開け、色が丸くグラデーションするようになっているものを指差す。
「カラーチャートと言います」
「だけど、こんなの伝えようがなくないですか?」
「その通りです。だからサトルは三原色だけを選びました」
「三原色……」
「そうすることで、どんな色でも作れる人であることを僕に伝えました」
三原色。だって、三原色の真ん中は……
「三原色を全部足すと白になると習いましたが……。白い光は『闇』なんですか?」
驚いたようにシエルさんとサトルさんが顔を見合わせた。
「『三原色』と呼ばれるものは2種類あります。『光の三原色』と『色の三原色』です。多分、透子さんが習ったのは『光』の方でしょう」
「ええ。色の三原色も知ってはいましたが、『光』と『闇』がキーワードなのだとしたら、『光の三原色』に違いない、と」
シエルさんが少し困ったような顔をしている。
「光、の方だと思ってしまったんですね……」
「私が指した色は見てなかったの?」
サトルさんが申し訳ないという感じで言う。
「ちょっとだけ遠かったのと、私の場所からじゃ、光が反射して見えなくて」
「そうだったんだ……」
「でも、シエルさんが『三原色』って言ったから、あ~、そうなんだなぁ、って」
「サトルに見えるものは『色』なんです。そして僕が読み解くことができるのも『色』」
「確かに、そうおっしゃってましたよね」
「色の三原色は光の三原色とは異なります。そしてそれらを正確に全部合わせると……限りなく『黒』に近づきます」
「黒……それはつまり……」
私は自分の大きな間違いに気付かされて、身体中の震えを抑えることができなかった。
「僕たちは奈緒さんの色を読んだ時、不安を感じました。だから、奈緒さんには気付かれないように、あなたに向けて『気を付けて』とサインを」
「だけど、透子ちゃんは、奈緒ちゃんを疑わなかった。そこに『闇』は付け込んだのね」
私はもう少しで闇に囚われてしまっていたのかもしれない。それは何を意味するのだろう?
「透子さんの色は、人に『光を与える』色です。どんな人にも、動物たちにさえも」
「……与える、色」
「それに対して、奈緒さんの色は『奪う』色です。実際、奈緒さんの色を読んだ時、サトルはエネルギーを随分吸いとられたらしく、翌日、仕事を休まざるを得ないほどでした」
「そんなに??」
「すみません。もっと早く知らせておくべきでした。そうすれば、もっと警戒したでしょう……」
シエルさんが言った。
「でも、実は、あなたには、『自分を守る力』が備わっているんですよ」
「透子さんは、僕の目が『緑色のコンタクトを入れている』んだと思っていますよね?」
「え? ええ……綺麗な緑色だなぁ、と思っていました」
「見ていてくださいね」
そう言うと、シエルさんはコンタクトをはずした。
「緑色……元々緑色だったんですか?」
「ええ」
「だけど、カラーコンタクトをしているって、前に……」
「してるんですよ。これ」
シエルさんが見せたのは、黒い瞳を作るためのカラーコンタクトだった。
「え? どういうことですか?」
「他の人には『黒』にしか見えない色の、その下の本当の色をあなたは見ているんです」
「本当の……色……」
「透子ちゃんは、自分が気づいてないだけで、『本当の色』を見抜く力を持ってるってことだと思うの」
サトルさんが言う。
「私みたいに直感的に見えるわけではなくて、いろんな先入観を除いてじっくり観察してみれば、『本当の色』が見えるんだと思うのよね」
いつから? なんで? なんのために? 私の頭はパニックだ。
「それは一体何のためになんでしょうか?」
「わからない」
シエルさんもサトルさんも首を振った。
「僕たちも、何故、何のためにこの能力を持たされているのかは、わからないんです」
「ただ、今回のことで、あなたのような『光を受け取り授ける人』『どんな人にも動物にも自然にも寄り添える人』と一緒に、闇と戦うのが、僕たちの使命なのかな、と思いました」
「使命……」
言葉の重みに現実感がわかないでいる。
「じゃあ、私は何をどうすればいいんでしょう?」
自分の中で言葉の質量が曖昧なまま、シエルさんに問いかけた。
「うーん」
シエルさんはうつむいて言葉を探している。
「そうねえ……」
口を開いたのはサトルさんの方だった。
「透子ちゃんは、今の透子ちゃんのまま生きているだけでいいんじゃないかしら。」
「今のまま……で?」
「全部の人の本当の色を見て歩くのは無理でしょ?」
「それは、そうですけど……」
本当の色を見るってどういうことなんだろう?
「『闇』は、『光を授かり与える者』を飲み込もうとして自らやってくると思うんです」
シエルさんが頭をあげて言った。私を真っ直ぐ見る目の緑色がいつもより深い。
「透子さんは、その『闇』が姿を変えた者を見抜いていくことができる」
「私が?」
私にそんな大それたことができるのか? ホントに?
「できるはずです」
シエルさんはきっぱりと言い切った。
「先入観を捨てて、冷静に相手を見てください」
「それだけで見えるようになるんですか?」
まるで別次元の話のようで、実感がわかない。
「見えるようになるのではなく、既に見えていると思います」
「『闇』って何色なんでしょう?」
まだ半信半疑のままだ。
「いろんな色になれるみたいね。」
サトルさんがちょっと首をかしげながら答える。
「そうだね。サトルにはカラーチャートが見えてしまったんだから」
「サトルさんにはそれが直感的に見えて、それをシエルさんが読むことで初めて色の意味がわかるんですよね?」
「そうね」
「私に色が見えたとして、それを読むことができそうにない時はどうすれば……」
サトルさんがシエルさんと少し顔を見合わせ、頷いて言った。
「だから、そこは私達になんでも相談してきて。何か力になれると思うから」
一緒に戦ってくれるということなのだろう。
まだ何も実感がわかない、一体何と戦うのかさえわからない。
「これから」のことを考えると、私には不安しかなかった。
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