第3話 奈緒①
バイト先に新しい子が入った。まだ高校2年生。年はそう変わらない筈なのに、「若さって眩しい」なんて思ってしまう。
「
急に名前で呼ばれて戸惑う。
「って呼んでもいいですよね? 私のことも
何だろう。随分と積極的な子だ。
「イタリア帰りらしいよ。1年間向こうに行ってたとかで、ファーストネームで呼ぶのは当たり前になってるんじゃない?」
「それにしても積極的な子ですね。若さですかね~」
「何言ってんの。僕から言わせれば同じくらいの年だよ。二人とも若い若い」
チーフは笑いながら、奈緒のところへ行き、仕事の段取りを教えている。笑顔で受け答えをしている彼女には凄く好感が持てた。
奈緒とは最初からとても気が合った。
「えー! 好き好き! 私もだいっ好きです~!!」
「ホントに?? いいよね~!」
なんて、いろんなことで好みが一緒で、彼女といると本当に楽しくて、自然とシフトも合わせるようになってきた。
そのうち、「COLOR ENERGIE」の話も出たりして、
「そんなとこあるんだ~」
って奈緒が興味を示したので、
「次の休みに一緒に行ってみる?」
「あ……うん。行きたい行きたい!」
ん? ほんの少しだけど「間」のような物を感じたけれど……気のせいだろう、きっと。
お客さんとして行くんだし、お店には特に連絡なしで行った。
「こんにちは~」
「あれ? 透子さん? 今日はどうして?」
順番が来て中に入った私の顔を見て、シエルさんが驚いた顔をした。
「今日は、お友達を連れてきちゃいました」
そう言って奈緒を紹介する。
「そうですか。では、透子さんも一緒に聞いて行かれるのであれば、特別会員価格にしておきますよ?」
特別会員価格? そんなのあったんだ? と思ったけれど、奈緒が喜んでいるので、まあいいか、と一緒に聞くことにした。
「サトル、色を」
サトルさんが裏から出てくる。
「あら、透子ちゃん?」
「お友達が見て貰いたいそうだよ」
サトルさんが、奈緒を見て、一瞬不思議そうな顔をしたが、
「こんにちは。じゃあ、占っていくわね」
いつもの優しい微笑みに戻った。
トン、トン、トン。
サトルさんがパネルの色を3回叩くと、シエルさんが驚いた顔でサトルさんを見上げる。私の時と同じだ。そう思った。やっぱり奈緒と私は似てるんだと思うと、嬉しかった。
「すみません。珍しい色だったものですから」
シエルさんは私達に向き直ると言った。
「こんなにはっきりと三原色の人ってなかなかいらっしゃらないですね」
「どんな意味があるんですか~?」
奈緒は無邪気に問いかけている。
シエルさんは、私の時と同じで、少し言葉を選んでいるようだった。
「たくさんの可能性を秘めている、というところでしょうか。いろんな色を作りあげられる。つまり、どんな自分にもなれる。あなた次第で。……だけど、だからこそ凄く気を付けないといけないこともあります。気を付けて」
なんだろう、最後の「気を付けて」は、自分に言われたような気がして、シエルさんを見た。だけど、いつもの綺麗で深い緑色の瞳で、いつも通り微笑んでいたので、気のせいだろう。そう思った。
「随分と極端な色が見えたんだね」
仕事帰り、車を運転しながらシエルがサトルに問いかける。
「ん~。極端っていうかね、全部がグラデーションしてる感じに見えたのよね」
サトルがこめかみを押さえながら答える。
「頭痛? 大丈夫?」
「あんまり。なんていうか、吸いとられた感じ」
「吸いとられた?」
「透子ちゃんのお友達」
「そっか……」
深夜は流石に車通りも少ない。とても静かだ。音も光も。色も。
「青い色のピアノ曲をかけて」
シエルはサトルのリクエストに応える。
「シエルが持っている色の見本? があるでしょ?」
「見本?」
「あの、沢山の色がグラデーションしてるやつ」
「あ、ああ、カラーチャート」
「一瞬、それが見えたの。でもそれって全部の色ってことじゃない?だから、三原色だけ伝えたの。多分、シエルならそれでわかると思って」
「そうか。それで……」
納得するように頷くシエルに、サトルは言った。
「あの子は、ちょっと危険な感じがする」
シエルは黙っていた。
5月にしてはとても暑い日で、
「今年の夏早すぎ~。もう講義なんか聞いてられない。溶けちゃう」
同じゼミの
「あはは。ほら、溶けてないで。お昼何食べるの? 行くよ。食後にアイス食べようか」
「行くっ! アイス行く!」
こうして溶けかけている美波を連れて学食へと歩き出す。
「もー、科学とか無理。文系だよ~うちら~」
美波はまだまだボヤく。
「発光ダイオードだとか、青見つけた人がノーベル賞とか、三原色で全ての色が作れるとかさぁ」
意外とちゃんと聞いてるんじゃない。可笑しくて笑いながら、ふと思い出す。
「三原色……。何色でも作れる……。どこかで聞いた話だけど、何だったっけ……」
「透子、なにブツブツ言ってるの! 早く行くよ! アイスだ、アイス!」
美波のアイス愛に急かされて、考えていたことはどこかに行ってしまった。
「ふぅん。イタリア帰りの子がいるんだ」
美波が2段目のアイスを食べながら言う。まさかのトリプル。どんだけ好きなの?って私は笑う。
「そう。音楽で留学してたって言ってたかな」
「そうなんだ。でも、そんな子、よくバイトする暇あるよね」
言われてみればそうだ。高校時代の吹奏楽部は皆、放課後、時間の許す限りずっと楽器の練習をしていた。
「あ、そうそう、イタリアと言えばさ、
そんなの当人たちに任せればいいのに。だけど、そんなお節介も美波の優しさなのかな。
「そうだね。まぁ、一応聞いてみる」
そう応えておいた。
「あー。私ね、イタリア語喋れないですよ」
奈緒はきっぱりとした口調でそう言った。
「え? 留学先、イタリアだったよね、確か」
「そうですよ。だけど、寮はみんな日本人ばっかりで、イタリア語なんて必要なかったし」
ちょっと不機嫌そうに奈緒は続ける。
「授業だって生活だって英語だけで十分でしたからね」
「ふぅん。そんなもんなんだねぇ」
それにしたって1年もいたら簡単な日常会話くらいはできそうな気もするけれど。
まぁ、それ以上踏み込まない方がいいような空気で、その話題はそこまでになった。
その話を美波にすると、彼女は訝しげな顔をした。
「その子、ホントに留学してたのかなぁ?」
「うーん、どうだろう。でも、そんな嘘つく必要がどこにある?」
「さぁ? いろいろ都合があるのかもよ」
「凄くいい子だし、そんな風には見えないけどなぁ」
明るくて、皆に優しくて、何より私と凄く気の合う奈緒のことを信じて疑わない私。そんな私を心配するかのように美波は言った。
「ちょっと気を付けた方がいいかもね」
その日の夜、この前の科学のレポート作成のためにノートを整理していて、ふと美波の言葉を思い出した。
「三原色で全ての色が作れるとかさぁ」
美波はそう言っていた。
ノートとテキストを振り返る。青色ダイオードの発見により、全ての色が作れるようになった、というようなことが書かれてあった。
その横に、自分の字で、「三原色を全部足すと白い光が作れる」というメモ。
「三原色って別の所で聞いたんだよなぁ。どこでだったっけ? 三つの色ねぇ」
思い出した。「COLOR ENERGIE」だ。
シエルさんの、謎めいた言葉を急に思い出す。
「気を付けなければいけないのは『闇』です」
「闇」は光を授ける物を阻止しようと近づいてくる。そんなことを言っていた。
奈緒の色が三原色なのであれば、彼女の中心にあるものは「白い光」だ。そう思うと、急に安心した。奈緒は私の味方なんだ、やっぱり。美波の心配は杞憂なのだと、ほっとした。
自分の大きな間違いに、この時はまだ気付きもしないで。
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