第2話プリズム②
『COLOR ENERGIE』と書いた黒いメンバーズカード。
それに書かれた番号に電話する。来店時には連絡して下さいとシエルさんに言われていたからだ。
「連絡ありがとうございます。少し遅くなりますが、20時頃でも構いませんか」
随分遅いな、忙しいんだな。そう思いながらも承諾した。
店に着くと、店の看板のライトが消えていた。
「あれ?」と思いながら、店のドアをノックする。
ドアが開いて、サトルさんが顔を出した。
「いらっしゃい。連絡待ってたわ。どうぞ」
彼女に促されるまま中に入ると、カウンターの向こうにシエルさんも座っていた。
「あの……お店……」
「ああ、あなたが来るから、ちょっと早いけど閉めちゃった」
サトルさんが愉快そうに笑う。
「えっ? えっ? よかったんですか?」
急な特別扱いに私は大いに戸惑った。
「どうぞ」
シエルさんがカウンターの前の席を勧める。サトルさんもカウンターの内側に回って席に座った。
「手短にお話しても構いませんか?」
シエルさんが聞いてくるので、
「はい」
深く考えずに返事をした。
「手短に……手短に話すような話でもないんだけどなぁ……」
彼は独り言のように言うと、サトルさんの方を見る。
「いいんじゃない。私達にできることはそれくらいなんだし」
全く意味がわからない。
「そうだね……」
うん。うん。と自分を納得させるように頷くと、シエルさんは私に向き直った。
「サトルに見えたあなたの色のことで」
「はい。正直、それは気になってました」
私はサトルさんを見る。彼女は座っている傍の棚の上から、ガラスのような石を取り、シエルさんに渡した。
「サトルに見えた色は、この色です」
「……透明? ってことでしょうか?」
シエルさんは静かに首を横に振った。
「見ていてくださいね」
そういうと、彼はペンライトのようなものを取り出して、その石に当てた。光は石を通して何色もの色に別れた。
「……プリズム?」
「そうです」
「プリズムの色? それって何色になるんでしょう?」
「正直、サトルにも僕自身にもすぐにはわかりませんでした。でも……」
シエルさんが言葉を選んでいるのがわかる。
「わかったのは、ぼんやりとなの。だから、あまり具体的なことは予見できない。でも、知っておいた方がいいこともあると思ったの」
サトルさんが助け船を出した。
「あなたが自覚しているかどうかはわかりませんが……」
シエルさんが切り出す。
「あなたは、どんな色の人にも寄り添える人です。どんな色……と言っても、サトルのような特殊な能力を持ってない限り、実際には見えないんですけど……」
「あの……サトルさんは人の何の色が見えているんですか?」
サトルさんは、ちょっと困った顔をした。
「何の? って言われると困っちゃうのよね。その人を見た時にパッと目に入ってくるもの? みたいな。ねぇ?」
そう言って、シエルさんを見る。
「僕は色が見えるわけではないんです。ただ、その色を持つ人のことが読めるっていう、まぁ、それも特殊っていえば特殊なんですけど」
「はあ……」
話があまりにも現実から離れすぎて理解できかねている私に、シエルさんは改めて向き直った。
「単なる占いと思って下さっても構いませんし、ファンタジーと思って下さっても構いません。ただ、僕らの話を聞いて頂ければ」
彼の緑がかった瞳が真剣そのもので、私は同じ姿勢で向き合わなければ失礼だと感じた。
「どんな色の人にでも寄り添える、と言いましたが、実際に色が見えるわけではないでしょうし、そのこと自体については、何も困ることはないでしょう。逆に、大いにメリットになりうることだと思います」
うんうんと私は頷く。それはそうなんじゃないか。そう思う。
「ただ、人でないものも、あなたに近づいてきます」
「人でないもの?」
「あなたが気を読んでくれる者だと判って近寄ってくるのは、人間よりも感覚の鋭い者の方が多いかもしれない」
「あ……」
「何か身に覚えが?」
例えば、あのクリスマスイブの日の猫みたいに? 思い返せば、自分では気にしたこともなかったけれど、そういう場面は何度もあった。透子は動物に好かれるねぇ、って友人たちによく笑われていた。
「なるほど」
シエルさんは頭の中で何かを確かめているように見えた。
「動物からのシンパシーみたいなものを感じる、と」
「そうですね。そんな感じ」
「その辺も問題ないでしょう」
じゃあ何に問題があるんだろう? 未知の世界にどんどん巻き込まれていく感じがして、ちょっと怖くなってくる。
「一番怖いのは、『闇』です」
シエルさんの瞳の緑が深くなったように感じる。
「『闇』は『光』を遮りにやってきます。『光』を受けとり授ける者を除こうとして。それを防がないといけません」
「ちょっ、ちょっと待って下さい。……えっ、と……ごめんなさい、おっしゃってる意味が……」
うろたえる私を見て、サトルさんが微笑んで、シエルさんの肩をポンポンと叩いた。
「今日はこの辺にしましょう。透子ちゃん、ごめんなさいね。びっくりしたわよね。ね、シエル」
「そうですね……急過ぎたかもしれません。すみませんでした」
その後、サトルさんが入れてくれたハーブティーを飲みながら、少しだけ他愛のない会話を楽しんで、私は「COLOR ENERGIE」を後にした。
「何か気になることがあったら、また連絡頂戴ね」
サトルさんが店の外まで見送ってくれた。正直、まだ全然わからないことだらけだったが、とりあえず、今は何も困ってないし、シエルさんの謎の言葉は、頭の隅に置いておくだけにしよう。そう決めた。
「なんでわかったんだろうなぁ?」
洗面所でシエルがコンタクトを外して、上から覗いたり光に透かしたりしながら呟いている。
「ホントにねぇ」
サトルは相変わらず愉快そうにワインを選びながら応える。
「シエルさんってカラーコンタクト入れていらっしゃいます?」
サトルが淹れたハーブティーを飲みながら、透子はそう言った。
「カラーコンタクト? ……あ、うん。……あ、はい。入れてます。それが何か?」
「いや、綺麗な緑色だなぁ、って。どこのお店で買ったんだろうなぁ、って思って」
「……え、えっと」
慌てているシエルにサトルが助け船を出す。
「結構どこにでもあると思うわよ。探しておきましょうか?」
いや、聞いてみたかっただけだ、と透子は笑った。
「緑色を隠すために黒のコンタクトしてるってのに……」
「彼女には本当の色が見えたんじゃない?」
「『本当の色』が見える……サトルが見えているものとは違ってるの?」
「そうねぇ……」
サトルは表現するための言葉を探す。
「私のは、『インスピレーション』、透子ちゃんのは『インサイト』みたいなもんなのかしら?」
「『インサイト』……洞察力か」
「彼女も見える人なのかもね。全く自覚はないみたいだけど」
「かもしれないね。だけど、ホントにそうだとしたら、それは彼女を大いに助けることになる」
「透子ちゃんに話した方がいいのかしら?」
サトルの問いに、シエルは少しだけ考えて、首を横に振った。
「今はまだ。きっとその時期が来ると思うんだ。自然に、そして必然的にね」
「なんか色自体がわかりにくくて、あの時は読めなかったんだって。見えました、すみませんって謝られた」
梨佳には「それっぽい」ことを言って誤魔化しておいた。何かわからない変なことに、大切な友達を巻き込むわけにはいかない。
「なんだぁ、つまんないオチだったね」
梨佳はそう言って笑うと、もうそれ以上追及することはなかったから助かった。
雅人には話そうかどうしようか迷った。「彼氏」なのだし、言っておいた方がいいのかなぁ? と思い、メールしておいた。
だけど、待ち合わせ場所に彼が来るなり、
「透子から誘うなんて珍しいよね。何? 急に俺が欲しくなった?」
なんて耳元で笑いながら囁かれた時、その話はやめよう、と思った。
きっと、この人じゃないんだな、そんな気がして、一気に「醒めて」いく自分に気付く。
「別れよう」
気が付いたら、私の唇からそんな言葉がこぼれていた。
「えっ? 透子? 何? 何言ってんの? 何の冗談? 何で?」
雅人の頭の中が「?」だらけなのがわかる。私の頭の中も「?」だらけだったし。
「ごめん。わかんない。なんて表現したらいいのかわかんないけど、『違う』って思っちゃって。ごめん。無理かも」
「わけわかんないな。言ってること、すげえ自己中だぞ、お前。わかってる? ……もういい。何か気分悪い。帰るわ。また連絡するから。じゃあな。」
雅人は怒って帰っていってしまった。
一人になってみて、思った。今まで、彼氏なんてアクセサリーみたいなものだと思っていた自分。それはとても恥ずかしくて失礼なことなのだと。
だけど……
「『本当の恋愛』なんてすることがあるのかなぁ、この先。『本当』って何だろう?」
街が一望できる高台のおしゃれなカフェが、突然軽薄なものに思えてきて、ため息付きながら注文したカフェラテのハートのラテアートをスプーンでぐるぐるとかき混ぜて壊してから飲み干した。
「本当」って何だろう?
私にそれを見抜ける力があるんだろうか?
そんな、まだ漠然とした不安が、私の中に徐々に芽生えてきていた。
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