第8話 少年①
「あー」
という失望的な声に振り返ると、自動販売機の前に一人の少年が立っていた。
一度空を仰ぐと、座り込んで自動販売機の下を覗き込む。
「んー」
取れそうにないようだ。
釣り銭入れの中を確かめる。残念ながら、他人様の取り残しなどそう都合よく入っているはずもない。
「はぁ」
大きすぎるほどのため息をついた後、彼の行動の一部始終を眺めていた私の視線に気付いて、少年は気まずそうに笑った。
私は、駅前のバス停でバスを待っていたところだった。少し時間があったので、近くのベンチに座って本を読んでいた。
本を鞄にしまい立ち上がり、少年のところへ行った。
「幾ら落としたの?」
「100円です」
少年は情けなさそうに小さな声で答えた。
「もうお金持ってなかったの?」
「はい。最後の100円でした。お恥ずかしい」
最近の子には珍しく、随分丁寧な言葉使いの子だ。
「そう……」
チラッと時計を見ると、私の乗るバスが来る時間だった。
「いいです。もう諦めますから」
そう言って帰りかけた少年の腕を取る。
「貸しといてあげる」
私は、財布の中から100円を取り出し、彼の手に渡すと、丁度やってきたバスへと走った。
「いや、あの、ちょっと!」
戸惑っている彼の声に背中で答える。
「今度会った時に返してくれればいいから!」
バスに乗り込み、窓越しに少年の方を見ると、彼は実に丁寧に頭を下げた。その仕草を見て、たった100円で彼が救われるなら、返ってこなくてもいい気がしていた。
バイトがある日には違うバス停から乗るので、駅前のバス停のことはすっかり忘れていた。やっつけないといけないレポートが山だったから、大学の図書館でずっと調べ物をしてて帰宅が凄く遅くなったりもしてたし。
久しぶりに早い時間に真っ直ぐ帰るため、駅のバス停に行った。帰宅するためには、私はここで乗り換えなければならない。
「あっ! こんにちは!」
大きな声に振り向くと、前に自動販売機前で出会った少年がニコニコしながら立っていた。
「よかった。やっと会えました」
「やっと? もしかして毎日待ってたの?」
「だってお金を返さなきゃならないじゃないですか」
「え? 100円だよ? たった100円のために毎日?」
「あー、そのことなんですけど……」
彼はモジモジと下を向いた。
「どうしてもこれだけしか集められなくて……2円足りないんです。……ごめんなさい」
そう言うとジャラジャラと10円や5円、1円の山を私に渡してくる。嘘でしょう? こんな100円、いや98円の返し方ってある? この子はどんな生活をしているの?
そう思っていると、彼は口を開いた。
「あの、もしよかったら、お名前を教えてくれませんか?」
「名前? どうして?」
「あと2円返さないと」
彼の真面目さに対してとても失礼な話なのだが、笑ってしまった。
「
彼も笑った。
「ありがとうございます! 僕は
互いに自己紹介したところでバスが来た。
久しぶりに「COLOR ENERGY」に行った。あれから時々、自分の身の回りに起きたことを報告しに行っている。と言っても、ここのところ平和な日常でしかなく、お茶をご馳走してもらいに行っているようなものになっているが。
98円の少年の話をする。サトルさんも面白そうに聞いていたが、
「ねぇ、その子、本当にそんな生活してるのかしら?」
そう言う。
「そうですよね、今どきそんな生活してる子もいるんですかね。でも、凄く礼儀正しい子なんです。親御さんの躾が行き届いているんだなぁと思いますよ」
「『いい子』……ですか。」
シエルさんが奥から出てきた。
「その少年は何色に見えましたか?」
私はシエルさんの言葉に驚く。
「色? 見えませんでした。っていうか、見る気もありませんでした。……シエルさん、何か疑ってるんですか?」
シエルさんは静かに首を横に振った。
「新しい出会いには十分に気をつけてほしいだけです。ただそれだけです」
「シエルはナーバスになりすぎなのよね。でも、気をつけてね、それは私からもお願い」
「はい。ありがとうございます」
二人の気持ちに感謝しながら頷いた。けれど、そんなことを考え出したらキリがないよなぁ、と思っている自分もいるのだった。
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