第7話 宿命

「大変だったわね」

 サトルさんがハーブティーを私の前に置きながら言う。カモミールだろうか、落ち着く香り。

「でも、透子ちゃんが無事でよかった。」

 カウンターの隣の席に座って、優しく微笑んだ。


「良かった……んでしょうか……」

 私はまだ感情の整理ができないままだ。

「もし、奈緒が『闇』だとわかっていたら、私はチーフを助けられたんじゃないかと思って……」

 うつむく私の背中を優しく撫でながら、サトルさんは静かに聞いてくれる。

「何で気付かなかったんだろう」

 私は唇を噛んだ。


「『闇』は、誰の中にも存在するものなんじゃないかと思います」

 カウンターの中で何か作業をしながら、シエルさんが呟くように言う。

「誰の中にも……」

「そこにつけこんで、その人をもっともっと深い『闇』に引っ張り込んでしまう。そんな感じなんじゃないかと」

 シエルさんは作業の手を止めて、私に向き直る。今日も深い緑色の瞳が綺麗だ。

「上手く表現できなくてすみません」

 照れるように微笑むけれど、眼は真剣そのもので、とても大事なことを伝えてくれているのだとわかる。

 

「その、チーフをしていらした方は、元々そういう『闇』を心の中に持っていて、その誘惑に負けてしまったんじゃないでしょうか」

「誘惑に勝てなかった……」

「僕の臆測に過ぎません。本当のことは僕にもわからない。だから、その……」


 言葉に詰まるシエルさんの心を引き取るように、サトルさんが言う。

「透子ちゃんのせいではない、って言いたいのよ、シエルはね。勿論、私もそう思う」

「『闇』は、私の中にもあるんでしょうか……」

「多分、多かれ少なかれ、誰の中にもあるんじゃないかと思います」

 シエルさんの視線は、また作業に戻っていた。

「私が『闇』に取り込まれてしまったら、どうなるんですか?」

「光を授かりそれぞれの色にして周りの人の希望や活気、生きる力を増やす役割を、プリズムは持っているのだと、僕は感じるんです。」


 私の問いかけにはすぐに答えず、シエルさんが話し始めた。相変わらず視線は手元の作業の方にあるけれど。

「プリズムの色を持つ人は、それを自身で気付いていなくても、その存在だけで周囲に『与えて』いて、」

「え……で、でも、そんなに沢山の人を助けるなんてことできないんじゃ……」

 私は慌ててシエルさんの言葉を途中で切ってしまった。

 

 シエルさんは、私と視線を合わせ、にっこりと微笑んだ。

「プリズムは、他にも、もっと存在するんじゃないかと思います。きっと、世界中、どこにでも。透子さんがそうであったように、自覚してない人も含めて」

 シエルさんの瞳がどこまでも澄んでいて、私に向けてくれた確かな微笑みが、私をとても安心させてくれる。


 気が付けば、私は泣いていた。

 辛かった訳ではなかった。悲しい涙ではなく、寧ろ嬉しかった。

「一人じゃないんですね、私」

 それは、自分だけでなく、周りの人に対する「希望」の涙だったのかもしれない。

「それに、私達もいるわ」

 サトルさんも微笑んで言う。

「プリズムが沢山いるんだとすれば、私達みたいな能力を持つ人達も、きっと他にも沢山いるんだと思うわ」

「『闇』から守るために……」 

「人が『闇』に引っ張り込まれないように助けるために、なのかしら。ね、シエル」

 深く頷くと、シエルさんは作業を終えて、カウンターの中から出てきた。


「お守りです」

 綺麗な透明の石がついたペンダントを私に渡す。

「プリズム……ですか?」

「はい。クリスタルでできています」

「綺麗……」

 サトルさんがつけてくれた。

「似合うわよ」

 ほら、と言いながら鏡を見せる。

「気を付けて下さいね。ちょっと先が尖った形なので」

「あ、はい」

 刺さったりすると危ないかもしれない、ということかしら? でも、実際に怪我をするほどではなさそうだけれど。


「クリスタルは浄化の作用が強いです。それ自体のパワーがとても強い石です」

「はい。」

 それは聞いたことがある。

「だから、本当は尖った形のクリスタルは身につけない方がいいんです。」

「え……じゃあ何故?」

「能力のある人は、クリスタルのパワーで相手を攻撃する形になります。だから、普通の人には必要ないものだし、知らずにつけていると危険な場合もあるんです。」


「これで戦え…と言うことなんでしょうか?」

 一気に不安になる。戦うなんて、自分には無理だ。

「いえ、本当の意味での『お守り』です。そんなに気負わなくて大丈夫。『闇』が透子さんに簡単には近付けないように、です。」

「そうなんですね。ありがとうございます。いや、でも、こんな高価な物いただく訳には……」

 そう言う私の言葉を遮るように、シエルさんは首を振った。

「あなたのためだけではありません。あなたの周りにいる人たちのためにでもあります。勿論、僕達のためでもあるし。」

 シエルさんがサトルさんに目を向ける。サトルさんが微笑みながら頷く。


「これからも、今回みたいな危険が、透子ちゃんを襲うかもしれない。でもね、私達はあなたに力を貸せると思うし、透子ちゃん自身にも自分を守る力は備わっているの」


「……宿命だと受け入れるしかないんですかね……」

「大丈夫。透子ちゃんならできるわ。ね、シエル」

 シエルさんも優しく強く頷いた。


 これからどんなことが自分の身に起こってくるのだろう?

 その時、私は自分や周りの人を助けることができるんだろうか?

 不安はありすぎるほどあるけれど。

 それでも私らしく生きていこうと思う。

 逆らえない運命が、いつか誇りになりますように。

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