レンタル10・ 恋愛のレンタル

長閑な土曜日の昼下がり。


 近所の蕎麦屋さんからの出前で昼食を終わらせると、ルーラーはカウンターの中で居眠りしている。

 午前中は暇な朽木と飯田がコーヒーを飲みに来て、延々とサッカーの話で盛り上がっていた。

 この二人が、ルーラーにパークゴルフや野球などのスポーツを教えた張本人たちで、【浅く広く、果てしなく】がモットー。

 ひばり曰く、悪い老人の見本市らしい。

 そんな二人も久しぶりに息子夫婦が孫を連れて帰省してくるらしく、いそいそと帰っていった。


──カランカラン!

 午後二時過ぎに、玄関の鐘が鳴る。


「いらっしゃいませ。何かお求めでしょうか?」

「意中の彼氏を落とすマジックアイテムはあるかしら?」

「え?」 


 入ってきたのは女子高生。

 黒髪縦巻きロング、どことなく吊り目の高飛車風味。

 そんな女子高生が、いきなり彼氏を落とすためのマジックアイテムを求めてきたのだが。


「さすがに、異性を落とすための魔導具は扱っていませんけれど」

「それじゃあ特注で作ってもらえるかしら?」

「ちょっと待ってくださいね」


 ひばりが慌てて喫茶コーナーに向かい、絶賛居眠り中のルーラーを起こす。

 仮眠程度でうつらうつらしていただけなので、名前を呼ばれて肩を軽く揺さぶられると、ルーラーもぱっちりと目を開いた。


「……ん? 何かあったのか?」

「お客さまが来たのですが、私の対応案件ではないのでお願いします」

「ふむ。どれ、話を聞こうか」


 重い腰をあげてから、ルーラーはレンタルカウンターに向かう。

 するとそこには、先ほどひばりに無茶振りした女子高生が立っている。


「ん? カルネアデス公国の第二皇女……ではないか、あの方は金髪じゃったな。わしが店主のルーラーじゃが、何をお望みじゃ?」


 向こうの世界で幾度もあった知り合い。

 目の前の女子高生からそんな雰囲気を感じたので、ルーラーは思わず名前を呼びそうになる。

 そして女子高生も、ルーラーの言葉から自分が王女さまと間違えられたかと思って満足そうな感じである。


「そうよね、私って王女様のような気品さが滲み出ているわよね?」

「そのドヤ顔で話す言葉遣いもそっくりじゃな。それで、どのようなものをお求めじゃ?」


 ルーラーの物言いに少しだけムッとすると、ゴホンと咳払いをひとつしてから女子高生は話を始めた。


「彼氏のハートを鷲掴みにするマジックアイテムが欲しいのよ」

「ふむ。話が見えん。当店の魔導具を購入する際は、未成年の場合は身分証の提示があるのじゃが。その上で鑑定を受けてもらうが?」


 そう説明すると、女子高生は懐から生徒手帳を取り出して提示する。

 それならばと、ルーラーもカウンターの下から鑑定盤アプレイザーという魔導具を取り出し、その上に生徒手帳を載せてデータを読み取り、照らし合わせる。


──ピピピピッ!!

 数分後、鑑定盤アプレイザーにはめられていた水晶球が青く輝く。


「名前は西田まなみさんか。それで、彼氏のハートを鷲掴みと言ったが、物理的に?」

「死ぬわね。そうじゃないわ、彼氏を虜にしたいのよ」

「物理的に?」

「そこは、物理も精神も……どう? そういう魔導具はあるかしら?」


 少し上から目線で問いかける西田。

 すると、再び玄関ベルが鳴り響き、別の女子高生が入ってくる。

 そしてカウンターの前までやってきた時、西田と入店した女子高生がお互いを見て驚く。


「あ〜ら、祭さん。貴方もまさか、中桐先輩の彼女になりたくて、ここにきたのかしら?」


 ねっとりと嫌味っぽい口調で話しかける西田。

 そして祭と呼ばれた女子高生は、少し俯き加減で。


「わ、私は、先輩の力になりたいと思って」

「そういうのはマネージャーの私の仕事よね? 貴方は女子空手部で、私は男子空手部のマネージャー。自分の立場っていうものを理解しなさい」

「そ、そんなつもりでは……」


 そう告げてから、祭は踵を返して店から出ようとした。

 だが、ひばりが起点を効かせて、祭の横に回りこんで。


「今は、そちらの方との商談中ですので、こちらへどうぞ」


 いそいそと祭を喫茶コーナーへと誘導する。


「ふむ。人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて宇宙の始末……か」

「なにそれ? それよりも、彼を虜にしたいのよ。そんな魔導具あるかしら?」

「さて、その彼氏がどんな人なのか、それが分からんことにはのう……」


 特定の人物に対して効果のある魔導具を作るには、ある程度対象者のデータがなくてはならない。

 そうでなければ、【恋愛上手】というスキルポーションを使えば良いのだが、これは不特定多数にも効果を発揮する為、使いこなすにはコツが必要。


「高校三年で、男子空手部のエース。最後のインターハイのために今は猛練習中。頭は少々……だけど、優しくて強くてかっこよくて、笑顔が素敵で空手も強くて……」 


 指折り数えながら、未来の彼氏の良いところを告げていく。

 けど、ルーラーはあまり乗り気ではない。


「それで、どんな薬が欲しいのじゃかわからんなぁ。たしかに【恋愛上手】というポーションもあれば【魅力二倍】とか、【豊乳】【ナイスバディ】といった体の造形を変えるものもある」

「全てちょうだい!! 全てよ!! 私をさらに磨き上げるわ」

「待て待て、説明を聞かんか。わしの調合したポーションの最短効果時間は三日。その間に別のポーションを飲んだ場合、効果は半減して副作用が出る。しかも、どんな副作用かも分からん」


 そう取扱についての説明を行うと、西田は笑顔でコクコクと頷いている。


「構わないわ。副作用で死ぬことはあるの?」

「ないな。病気にもならんし、効果によっては少し疲れる程度とか、睡眠時間が一日だけ倍になるとか、そんな効果もあると聞いたことがあるが」

「それならいいわ。さっき教えてくれた奴、全部ちょうだい!!」


 まあ、それは構わないと思って、ルーラーは棚にあった小瓶を一つずつ取り出して並べている。

 だけど、西田は棚に残っている小瓶を指差して。


「全部よ!! 同じ効果のポーションを全部!!」

「転売ヤーは嫌われるぞ。そもそも、買い取った人にしか効果は出ないが」

「私が使うのよ!! いいから売ってちょうだい」


 そう告げる西田を見て、ルーラーは頭をポリポリとかきながら契約の巻物を取り出す。

 これはレンタル用ではなく、買い取った相手にのみ効果を与えるという【効果契約】の巻物である。

 そして一つ一つではなくはまとめて契約を行うと、西田はとっとと支払いを済ませて店から出ていった。


「師匠、先ほどのお客さんですけど、ポーションを買い占めたのですか?」

「ふぅ。同一のポーションは、効果が重複することはないと説明したのじゃが……」

「副作用のことも説明したのですよね?」

「うむ。まあ、所詮スキルポーションは、きっかけに過ぎないし。それを自分のために使いこなせるかどうかは、心構え次第じゃからなぁ……と、次のお嬢さんを呼んでくれるか?」


 そう説明されて、カウンターでひばりと話をしていた少女もやって来る。

 すでにひばりが鑑定盤アプレイザーでチェックを終えたらしく、登録プレートをルーラーに手渡した。


「お名前は……柳川祭やながわ まつりさんか。それで、何が欲しいんじゃ?」

「ええっと、とある先輩の力になりたくて……そういうマジックアイテムが欲しいのですけど」

「物理的に?」

「物理的……うん、よくわからないですけど……」

「まあ、わしの魔導具は、相手がわからないと細かい調整が効かないからなあ。詳しく教えてもらえるか?」


 そうルーラーが問いかけると、祭も話を始める。

 すると、先ほどの西田と祭、二人とも同じ空手部の先輩に恋をしているらしい。

 でも西田とは違い、祭はインターハイを前にして頑張っている先輩の力になりたいという。

 でも、女子空手部の自分が男子空手部の主将な何かできるかというと考えてみたが何も思いつかず、ここに相談に来たらしい。


「男子空手部には西田さんっていうマネージャーがいますけど。彼女は先輩にべったりで、まともにマネージャー業務をしていなくて……そのあたりも改善してあげないと、主将が困ってると思うんです」

「ふむ。恋愛系ポーションは売り切れたが、これならどうじゃ?」


 ルーラーが差し出したのは、【ハウスキーパー】のスキルポーション。

 これさえあれば炊事洗濯掃除と、家のことならなんでもござれの逸品。


「ハウスキーパー? これって?」

「マネージャーの業務に必要なもののうち、選手のコンディションとかの管理以外はできる。それも含めるとなると【インストラクター】のポーションも必要じゃが、同時に飲むと副作用も出るし効果も半減するが」


 そう説明を受けて、祭は考え込む。

 自分は女子空手部、男子空手部のことに首を突っ込む義理はないのだけど、マネージャー業務が滞って頭を悩ませている先輩のためならばと、覚悟を決めた。


「ハウスキーパーのポーションをください!!」

「うむ。それで良いのなら。ひばりや、手続きを頼むぞ」

「かしこまりました。では、契約の巻物を使いますので、右手をここに載せてください」


 西田の時と同じように、祭も契約を終える。

 そして持ち帰るのではなく、その場で小瓶を開けてグイッと飲み干した。


──キィィィィィン

 すると彼女の体が淡くん輝き、そしてゆっくりと光が消える。


「……ありがとうございます。では、失礼します」

「うむ、頑張るが良い」


 来た時と違い、笑顔で店から出ていく祭。

 果たして、この結末はどうなるのやらと、ひばりがワクワクしているのにルーラーは気がつく。


「やれやれ。馬に蹴られて宇宙の始末は、ひばりに必要かもしれんな」

「え? いや、私はお客さまが心配でですね……はい、仕事します」


 心の中を見透かされて、ひばりがバツの悪そうな顔で掃除を始める。

 そしてルーラーもカウンターの掃除を始めると、閉店準備を開始した。

 



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