レンタル13・疲労!! 疲労が溜まるとき、それは今?
いつものように、朝一番でオールレントは開店する。
営業時間は朝八時から正午まで、そして午後十四時から夕方十七時までと昼休憩を挟んでの合計七時間。
営業日は月曜から土曜まで。
それ以外の日は特別な予定がない限りは休みである。
これは、ルーラーが大学に講師として出かけなくてはならないのと、店で販売、レンタルしている魔導具の制作時間に割り当てられている。
もっとも、平日の昼間でも、ルーラーは二階の工房でのんびりと魔導具を作成していたり、趣味の喫茶コーナーで近所の老人たちと無駄話に花を咲かせていたりする。
………
……
…
「疲れを取りたい? ですか?」
「ああ。レンタルじゃなく、飲み薬も販売しているって聞いてきたんだが。あるんだろう?」
「ええ。薬の処方箋を必要としないものも販売していますけど」
「それでも構わないよ。シャッキリポーンと元気になるやつを一つ頼むわ」
その日。
午前十一時に店を訪れたサラリーマンは、目の下にクマを作った姿でひばりに問いかけている。
店内には確かに回復系ポーションは販売しているが、効果の低いものばかりでサラリーマンの求めるようなしゃっきりポーションは一般販売はしていない。
「ええっとですね。こちらのドロップでしたら、多少の疲れ取ることできますが。こちらでよろしいですか?」
「多少……ねぇ。まあ、仕事がスムーズにできるようになるのなら、それで構わないよ」
「はい。それでは、こちらのカウンターで精算と契約を施しますので」
そのままひばりは、疲れ切ったサラリーマンをレンタルカウンターに案内する。
それを傍の喫茶コーナーで見ているルーラーは、頭を軽く捻っている。
「ん? ルーラーさん、彼がどうかしたのか?」
「ありゃあ、うちの三件隣の大原さんじゃないか。再婚して新築一戸建てを建てて、その返済のためにびっしりと仕事をしているらしいからな」
「ふぅん……まあ、世の中には珍しい人間もいるようじゃなあと思ってな」
「昔のサラリーマンは、みんなあんな感じだよ。夢は一戸建て、子供と優しい奥さんがいて、庭で犬が走っている。昭和のマイホームの夢ってやつだよ」
朽木と飯田も、ちょうど薬を買って帰っていく大原を見送ってから、そう呟いている。
すると、ひばりが困った顔でルーラーの元にやってくる。
「師匠。疲労回復ポーションですが、もう少し在庫を増やすことはできないのですか?」
「もう無いのか?」
「はい。さっきの一本で売り切れです。市販のエナジードリンクよりも効果が高いという噂が流れてまして。ほぼ毎日、疲労回復ポーションを求めてお客さんが来るようになったのですよ」
ちなみに、疲労回復ポーションは政府からの本数制限には当てはまらない。
好きに使って良いという許可も貰ってあるが、ルーラーは店内の在庫は10本しか置いておらず、月産も30本に制限している。
「なるほどなぁ。しかし、今月の生産本数である30本は、すでに作り終わったからな。来月までは品切れにしておいてくれ」
「かしこまりました。でも、どうして本数制限をしているのですか?」
「疲労回復ポーションは、依存度が高くなる可能性がある。向こうの世界でも疲労回復ポーションは人気が高く、冒険者ギルド内でも常に品切れになることがあったそうじゃ」
一本飲むだけで疲労が全快し、寝不足も解消される。
ダンジョンに篭る冒険者たちは、出発前にこぞって疲労回復ポーションを複数本購入しては、何日も冒険を続けていたらしい。
こっちの世界でも、近所で新築工事をしている現場監督たちに頼まれて作ったのが最初で、以後、定期的に購入する人もいるので本数制限はしたが常駐するようにしてある。
「へぇ。それってよ、あっちにも効くのか?」
朽木がニシシと笑いながら問いかけるが、ひばりは真っ赤な顔で少々怒り気味。
「魔法の薬を、そんなことに使わないでください!!」
「いやいや、貴族たちには人気じゃったよ。一晩飲めば、朝まで全開フルパーじゃったからな。特に後継を必要とする貴族や王族には、定期的に『強度の高い精力剤』を調合したものじゃ」
「えええ!! そ、そうなのですか?」
魔法にロマンを抱いているひばりは、朽木の下衆な質問に答えるルーラーに驚いている。
「その精力剤って、作れるのか?」
「まあ、ちょっとだけコツがいるが……どれ、ひさしぶりに作ってみるか?」
──ガサゴソ
棚から六種類の素材の入った小瓶を取り出して並べる。
「ウンディーネの微笑を小匙ひとつ。サキュバスのツノの粉末を小匙半分……ドラゴンの肝の粉末は大匙ひとつ、オークの睾丸の干物を1グラム……」
一つ一つを説明しながら、ビーカーに入れていく。
その横では、ひばりが必死にメモをとりつつ、ルーラーの所作を眼に焼き付けようと必死である。
「そして、世界樹の雫を100cc。これを濾過して、出来上がりじゃな」
ゆっくりと出来上がった溶液を濾過する。
ビーカーの中には、透き通ったピンク色のポーションが、ゆっくりと溜まり始めた。
そして全て濾過し終わると、最後にルーラーが魔法を伝導して完成。
「へぇ。これで完成か。相変わらず手際がいいな」
「朽木さん、ルーラーさんは大賢者さんだからな」
「へいへい。それで、このポーションを全部飲めばいいのか?」
「まさか。ほんのひと匙、それで十分。サキュバスのツノの粉末の量を調整すると惚れ薬も作れるし、この量を全て一気に飲んでも、似たような効果は出るぞ」
そう説明してから、ルーラーは完成したポーションを小瓶に移し替えようとしたが。
棚には小瓶の在庫がない。
「そうか、小瓶は昨日、工房で作っていた分しかなかったか。どれ、ひばりさん、もうすぐ予約の客が来るから、カウンターを頼むぞ」
「はい、わかりました」
そのままひばりはレンタルカウンターへ。
ルーラーは二階の工房に向かう。
どうせすぐ戻ってくるからと、カウンターの上に精力剤の入ったポーションをおいたまま。
──バン!!
「ルーラーさん、私に武術が強くなる薬を売ってください!!」
そしてナイスタイミングで姿を表したのは、女子高生の西田。
そのまま喫茶コーナーにやってくると、朽木たちに頭を下げてから並びの椅子に座る。
「ルーラーさんは?」
「薬の小瓶を取りにいったぞ。しかし武術の薬? そりゃなんでまた?」
「西田さんって、マネージャーとして頑張ったから以前よりも先輩さんと気軽に話せるようになったって、嬉しそうにひばりちゃんやルーラーさんに報告していたよな?」
「そうなのよ。でも、やっぱり組み手とかで触れ合っている柳川さんには負けたく無いのよ!!」
マネージャーとして、先輩と近くて拳を重ねる柳川さんが羨ましいのである。
どうして自分には武術の才能がないのか?
それがあったら、私が先輩の近くで拳を交えられたのに。
そう考えて、西田は武術が強くなる薬を求めてきた。
「ちなみに、西田さんは武芸は?」
飯田が興味本位に問いかけると、矢継ぎ早に朽木も質問を重ねていく。
「そんなもの、やったこともないわ」
「体育の成績は?」
「ギリギリ3ね。五段階の三よ、真ん中よ」
「球技は?」
「見ている方が楽しいし、私は補欠のプロよ!」
「陸上競技は?」
「参加することに意義があると思っているわ」
「体操は?」
「あのプロポーションを維持できるなら、やってみたいけど無理ね」
つまり、普通にはできるが無理をしない。
「まあ、お嬢ちゃんには武術は無理だな。それならいっそ、惚れ薬とかを飲んだ方がいいと思うが?」
朽木、ここで余計な一言を放つ。
そしてこれが西田の心にダイレクトヒット。
「惚れ薬? そんなの売ってないわよね?」
そう朽木に問いかけると、朽木はニイッと笑って、目の前のカウンターに置いてあるポーションを指差す。
「これがそうらしいが。ルーラーさんが戻るまで待った方が良いぞ」
「そ、そうよね!! 勝手に飲んだら犯罪よね?」
ソワソワしつつ、時折ポーションをチラチラと眺める西田。
「……おや、西田さんもきていたのか。いつものクリームソーダかな?」
小瓶の入った鞄を持って、ルーラーがカウンターに戻ってくる。
「いえ、惚れ薬をください!!」
「なんじゃ、まだ懲りてないのか?」
「いえ、武術を身につけようとしたのですが、基礎がないと無理だってお爺さんたちが」
「朽木さんか。まあ、その話は合っているが、なんでまた惚れ薬を?」
そう問いかけると、西田はカウンターの上の精力剤を指差す。
「それが惚れ薬だって、朽木さんが教えてくれました」
「はぁ。この量を全量飲んだら、似たような効果はあると思うが……それよりも……」
精力剤を小匙一杯、別のビーカーに移す。
そこに癒しのポーションを半分加えてシェイク。
ピンクと水色が混じり合い、やがて透き通っていく。
「それは?」
「スタミナポーション。まあ早い話が運動などの持久力が強くなる。これを先輩にでも渡すと良い。運動前の方が効果は高いぞ」
「あ、ありがとうございます!!」
嬉しそうに小瓶を受け取る西田。
そしてルーラーは、レンタルカウンターを指差して一言。
「支払いはあちら。説明をちゃんと聞いてから、持って帰りなさい」
「はい!! これで柳川さんにも負けないわよ!!」
嬉しそうに走っていく西田。
それを朽木が見送りつつ。
「スタミナポーションってよ、ようは練習時間が長くなるんじゃねーのか?」
「そうじゃが。話に聞いた先輩さんなら、練習時間が増えると嬉しいのじゃないか?」
「それだけ、柳川ちょんとの組み手も増えるから。結果的には、西田さんは、敵に塩を送ったことになるんじゃないか?」
「「「…………」」」
一瞬の沈黙。
そして時間は再び、流れていく。
「まあ、結果は今度聞くことにしようかの」
「それじゃあ、俺たちはそろそろ失礼するよ」
「孫のお迎えを頼まれていたからな」
朽木や飯田も、店を後にする。
そしてルーラーは、残った薬を小瓶に移し、カウンター奥の棚に仕舞い込んだ。
まだ、これを売るには早いと、自分に言い聞かせながら。
なお翌日、西田が嬉しそうにスタミナポーションを買いにきたので、残った小瓶は全てスタミナポーションに変わったのはいうまでもない。
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