レンタル12・エコ? それともエゴ?
朝。
ルーラーはいつもの日課を終えて、コーヒーを飲む。
すでに魔力は充実しているので、今日は久しぶりに新しい魔導具の開発でもと、頭の中で設計図を書き始める。
間も無く冬。
昨年は、この世界に来て初めての雪を見て、ルーラーは大人気なくはしゃぎ回ってしまった。
大通り公園の雪まつりを見学し、来年は市民雪像を作るのだと張り切っていたのだが、抽選会で敢えなく惨敗。
今年は自衛隊の大雪像を作るための協力という形での参加となってしまった。
「雪……か。そろそろ【雪除け】の結界の支度をする必要があるか」
アイテムBOXからいくつかの素材を取り出す。
トビトカゲの皮膜、ケルベロスの銀毛、スキップタイガーの髭etc……。
最後に魔導具の核である魔晶石を取り出し、それらを綺麗に地面に配置する。
──ブゥン
アイテムBOXから一振りの杖を取り出し、魔法陣に突き立てると、静かに詠唱を始めた。
「ルゥミ、ジャ、ボーリィ。ラーク・ロゥ、ヤ、ポーリィ……」
元の世界の魔法言語。
それを唱えつつ魔力を魔法陣に注ぐ。
やがて全ての素材が溶け合い、魔晶石の中に吸い込まれていくと、内部に魔法陣を描き始める。
「……ふぅ。これでよし。あとはこれを起動して」
──ブゥン
魔晶石に魔力を注いで魔法陣を活性化させる。
すると、魔晶石を中心に、『雪を溶かす』結界が浮かび上がった。
それを店内のカウンターのあたりに設置することで、店の前と母屋の部分には雪は積もらなくなる。
裏庭あたりには雪は積もるのだが、それは敢えて放置。
フェルリルのラグナ用の遊び場となるから。
「さて、開店準備でも始めるか」
腰を伸ばして入口に向かう。
すでに店内はひばりによって装備されていたため、朝イチでひばりが用意した書類に目を通すだけ。
「おーい。まだ開店しないのかぁ?」
すでに客が外で待っているらしい。
「師匠、まだ五分ありますが」
「構わんよ。どうせ朽木さんと飯田さんじゃろうから」
──カランカラーン
ひばりが扉を開くと同時に、朽木と飯田、そして西田の三人が店内にやってくる。
じいさんズは真っ直ぐに喫茶コーナーに向かい、新聞を片手にどっかりと座り込む。
そして西田はいくつかのポーションを手に、レンタルカウンターへ。
彼女の対応はひばりに任せて、ルーラーは喫茶カウンターへ。
「全く、暇な老人たちじゃな。いつものコーヒーで良いのか?」
「そうだな。トーストセットも頼む」
「やれやれ。ちょっと待っておれ」
すぐさま軽食の準備をしていると、ふと飯田がルーラーに問いかけた。
「しかし、魔法があれば水も電気も使い放題だろう? 今年の冬は寒くなるっていっていたから、娘たちが光熱費が高くなるってぼやいていたよ」
「俺の所もだよ。昨日から炬燵の用意がしてあったな。今年は燃料代が高いから、厚着をして炬燵でねって言われたわ」
「やっぱり、今年は寒くなるのか」
「全く世知辛いわ。冬はストーブをガンガンに焚いて、半袖半ズボンで室内でアイスを食うのが醍醐味だろう? ルーラーさんはどう思う?」
いきなりそんな話を振られてもと、ルーラーは苦笑い。
「どう思うと言われてものう。わしは常春の国から来たのじゃから、この寒さはきついというのが本音じゃが」
「燃料代が嵩むよなぁ。ルーラーさん、魔導具で暖房器具とか無いのか?」
「そんなものがあったら、使っているんじゃ無いのか?」
そう二人に問い詰められる。
とりあえずモーニングセットを出してから、ルーラーは懐から小さなお守りを取り出して見せる。
「魔導具というか、このお守り一つでなんとでもなる」
「これは?」
「お守り程度で?」
「うむ。これは【冷気遮断の加護】が付与されていてな、自分の体の周りに、うっすらと寒さを遮断する魔力が張り巡らされておるのじゃよ」
「「売ってくれ!!」」
二人同時に大きな声で叫ぶ。
そこまで必死にならなくてもと、ルーラーは店の棚を指差して一言。
「レンタル商品に並んであるわ。あそこのアクセサリーが付与前のもので、それに【冷気遮断の加護】を付与するだけ。加護は永続じゃ無いからな、定期的に書かなくてはならん……って、早すぎるわ」
食べかけのトーストも何のその、朽木がアクセサリーコーナーに向かって大量のお守りを抱えてレンタルコーナーへ向かう。
かたや飯田は、のんびりとコーヒーを楽しむ。
「やはり魔力は万能か。光熱費もかからないというのは、最高ですよね?」
「いや、わし、上下水道は支払っておるぞ? 電気は魔導具で生み出しているのじゃが、出力がなんたらとかで変換器を借りておる」
水程度はいくらでも出せるが、下水道関係はそうはいかない。
魔法により消滅させるにしては、コストが高くなる。
それなら、素直に上下水道の契約をしたほうが安全である。
そして電気については、大気成分から魔力を抽出して生み出す術式はあったのだが、そもそも大気に魔力が含まれていない。
だから、電気を生み出す魔導具を開発したのだが、出来上がったものは【直流】。
家電再販を使うためには【交流】にする必要があるため、一度【インバーター】を通して正常化させる必要がある。
それを購入して使ってみたのだが、ルーラーの魔導具から発する電力が膨大すぎて回路が焼き切れてしまった。
結果、北電から業務用大型変圧器をレンタルしている。
「……それって、電気の契約したほうが早いとか?」
「いや、余剰電力は売っているから、トータルでプラマイゼロ。むしろ少し儲かっているかもしれん」
「へぇ。魔法が使えるからって、気軽に自宅をオール電化するってことは無理なのか」
「そもそも、定期的に魔導具に魔力を注ぐ必要がある。普通の人間じゃ無理じゃな」
「やっぱり、魔法を学びたいところだな」
「まあ、わしが魔術講師をしている大学では無理じゃが。日曜日に定期的に行なっている【日曜魔術教室】なら、参加可能じゃが?」
壁に貼っているポスターを指差す。
それはルーラーが月に二度、近くの区民センターの一室を使って行なっている魔術教室の宣伝。
本気で魔術を学ぶのなら専門課程を勉強する必要があるが、簡単に魔術に触れ合えるのならと、ルーラーが定期的に開催している。
「まあ、気が向いたらいくとするよ」
「そうか。まあ、無理強いする気もないから、暇な時にでも顔を出すといい」
そんなやりとりの中。
両手に袋を下げた朽木がやってきた。
「いや、これで今年の冬は乗り切れるぞ。こんなに良いものがあるなんて、どうして早く教えてくれなかったんだ?」
「ワンシーズンに20個。それが政府との契約じゃから。なんでもわしに頼るのではなく、自分達なりに研究して【国産魔導具】を開発したいらしいからな」
それ故に、最高性能を誇るルーラーの魔導具が一般流通しても困るということらしい。
それ故の個数制限。
「そ、そうか? 俺、10個も買ったぞ?」
「買っただけではダメじゃよ。術式付与契約が必要で、一つにつき効果は一ヶ月、5800円の付与手数料が必要となる」
「それじゃあ、これ全部に施したら58000円!! 一月の暖房費の五倍じゃないか!」
「だから、本当に必要なものしか購入しない。それを買い占めおって……」
「へ、返品してくるわ」
「まだ術式付与前なら返金できるからな。必要な分だけ、購入すれば良い」
大慌てでカウンターに駆け込む朽木。
なお、その話をこっそりと聞いていた西田もまた、必要分以外のアクセサリーを返金するために戻っていったのはいうまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます