レンタル11・恋愛は、物理的に。

 西田と祭、二人がオールレントを訪れてから三日後。

 土曜日の午後、西田が不機嫌そうな顔でオールレントにやってきた。


──ダン!!

 買い占めたポーションを全てカウンターに並べると、レシートを取り出して一言。


「全て返品よ!! この薬を使っても全然効果がないじゃない!!」


 そうヒステリー気味に叫ぶ西田。

 その顔を見て、ルーラーはため息混じりに話を始める。


「複数のポーションを併用すると、副作用が出るという話はした筈じゃ。だから、その顔はわしのせいではないな」


 一度に一本、一種類のみ。

 それ以上に摂取すると副作用が出るという説明を受けていたにもかかわらず、西田は複数のポーションをまとめて飲んだ。

 

「そ、それは、先輩にモテるためよ!!」

「モテたのじゃろう?」

「ええ、ほかの部員やクラスメイトからはね。そりゃあラブレターも普段の三倍もあったし、三日で10回以上も告白されたわよ。でも!!」


──ダン

 西田は拳を握ってカウンターを軽く叩く。


「先輩からは、全く見向きもされなかったわよ。部活の間も、ずっと私の方を見てくれなかった……手作りのスポーツドリンクやタオルを渡しても、ありがとうって笑顔で返事をしてくれるのに……全部、柳川がいいところを持っていったのよ!!」


 柳川……。

 その名前には、ルーラーも聞き覚えがある。

 西田の後にやってきて、ハウスキーパーのスキルポーションを購入した子である。


「いい所とは?」

「あの子、女子空手部のくせに男子空手部のマネージャーのようなことをするのよ。部室の掃除とか洗濯、対外試合のスケジュール調整とか……まあ、その程度では部員たちの心は動かなかったみたいで、みんな私の近くにきていたけど……」


──プルプルプルプル

 拳を握って震え始める西田。


「よりにもよって、中桐先輩は、部室を掃除してくれたお礼って、彼女を映画に誘ったのよ!! 信じられる?」

「まあ、より部活にとって良いことをしたのだから、当然じゃな?」

「私は、部員のために掃除や洗濯をするために、空手部のマネージャーになったわけじゃないの!! 中桐先輩の近くに行きたかっただけなのよ!!」

「ふむ。それじゃあ仕方ないではないか?」


 あっさりと切り捨てるルーラー。

 明らかに下心丸見えで、近寄ったにも関わらず、中桐は西田に好意以上の物を持たなかったらしい。

 しかもいくら複数投与による効果半減だったとしても、ルーラーのポーションの効果に耐え切るだけの抵抗力。

 流石のルーラーも中桐の抵抗力に感心してしまう。


「まず。一度でも効果対象を設定したポーションは買戻しない。クーリングオフ対象外。病院の処方箋が合わないからと言って、薬局で薬をクーリングオフする阿呆がどこにいる?」

「ぐっ……」

「さらに、顔のニキビや肌荒れ、髪のパサつき具合は全てポーション複数本の副作用。わしはちゃんと注意したぞ?」


 淡々と説明を続ける。

 それでも、西田は納得のいかない表情である。


「そ、それなら、もうポーションの効果は切れているのよね? 今度こそ中桐先輩の心を射止めるポーションを頂戴!!」

「物理的に?」

「だから、それって死ぬわよね? そうよ、柳川の買ったポーション、あれを全て頂戴!!」

「予約済みのものもあるが、それ以外なら2本ある」


 その説明の直後、ひばりが棚の上の【ハウスキーパーポーション】を2本、カウンターに持ってくる。


「これよこれ。これがあれば、今度こそ中桐先輩の心は私に傾くわ!」

「それじゃあ、説明をするからな……まず……」


 契約の羊皮紙を取り出し、ポーションについての説明を始めるルーラー。

 二度目なので西田も適当に聞き流すと、すぐさま契約を終えてそのまま店を後にする。


「……師匠、どうして先輩さんにはポーションの効果は発揮しなかったのですか?」

「まあ、思い当たる節もあるが……と客じゃな」


──カランカラーン!

 西田が店から飛び出してから。

 十分後に柳川祭もやってきた。

 そしてカウンターでひばりと話をしているルーラーに話しかけた。


「あの、ハウスキーパーのポーションをください!」

「うん、たった今、お前さんのご学友の女性が購入していったが……」

「え? あ、西田さんが買っていったのか。よかった」


 よかった?

 そんな言葉が聞けるとは、ルーラーもひばりも予想外であった。

 だが、祭は本当に安心したような顔になっていたので、思わず話を聞いてみたくなった。


「話の流れから察するに。お嬢さんも先輩が好きなのではないか?」


──ドキーッ!

 そのルーラーの問いかけに、祭の顔が真っ赤になる。

 

「ど、どどどうしてそれを?」

「大賢者の直感じゃが。さっきの子がハウスキーパーのポーションを買っていったのに、悔しくはないのか?」

「はい。これで部活が安定して、先輩も大会に全力を出せそうですから。部室の汚れとかずっと気になっていたそうですけど、マネージャーが何もしてくれないって困ってましたので」


 その程度は、自分でなんとかせい。

 この場に中桐がいたらそう叫びたくなるルーラーだが、それもマネージャーの仕事なのかと思うことにした。

 

「しかし、そうなるとお前さんの恋路を手伝うものがなくなるが?」

「こ、恋路だなんて……でも、先輩と付き合いたいというのはあります」

「物理的に?」

「物理的に付き合う……それです!! あの、欲しいポーションがあります!!」


 何かに気がついた祭に、ルーラーが頷きながら、一本のポーションを取り出して見せる。

 

「これじゃろ?」


 そのラベルに記されていたのは『武術家』という文字。

 ルーラーの世界では数少ない『拳王』の称号を持つ男のスキルをコピーして抽出し、薄めたもの。

 ある程度の身体能力がないと効果が無いが、祭なら大丈夫だろうと取り出したのである。


「はい!! 物理的に先輩の力になります!!」

「それがいいじゃろ。何事も急ぐものじゃ無い。回り道かもしれないが、しっかりと基礎を固めるのも大切じゃからな」


 それは恋愛にも通用するのかと、後ろでひばりが苦笑している。

 だが、祭は笑顔で頷くと、契約を終わらせてその場でポーションを飲み干した。


「今から学校に戻ります!! ありがとうございました!」

「まあ、気をつけてな……」

「はい!!」


 笑顔で走り出す祭を見送って、ルーラーもほっと一安心。


「師匠の話していた、物理的にって意味はこういうことなのですね?」

「さあな。恋愛とは駆け引き、心の支えとなるか、物理的な力となるか。今回はたまたまじゃよ」


 そう笑いながら呟くと、ひばりも笑いながら仕事に戻っていく。



──そして一ヶ月後

 祭と西田の先輩である中桐はインターハイで優勝。

 団体戦は残念ながら3位に終わったものの、その名前を全国的に知らしめることができた。

 そして優勝インタビューでは、部活のために心を入れ替えて献身的に頑張ってくれたマネージャーと、幾度となく拳を交えて練習相手になってくれた後輩の女性部員に感謝しますと、声高らかに叫んでいた。


 なお、西田と祭、二人の恋愛競争については決着がつかずドロー状態のまま。

 中桐の心がどちらかに傾くことがあるのかは、また後日の話。《ルビを入力…》

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